第二十二話 理由

「むうう!」


 コビンからすれば、楽しい時間を邪魔された形になるからな。

 ほっぺた膨らませすぎてフグみたいになってる。

 

 昨日もかなえさんを送る間ずっと服に仕舞われていたから、なおさらか。

 とりあえず、コビンにはまた服の中に入ってもらって。


「むむー」

「あとでなんでもするからゆるして」


 よし、静かになった。

 コビンには悪いが、この場を治めるにはこれしかない。

 

「で、話はそれだけか?」

「……色々聞きたいことはあるけどね」


 聞かないでください。


「俺にも聞きたいことがある」

「っ! 何でも聞いて!」


 質問される前にしてしまえばいいのだ。

 お礼を言われる側の立場を存分に利用させてもらおう。


「一人で来たのか?」

「一人よ」


 そうか。

 周りに人がいないのは確かだな。


「昨日言っていた一人じゃ移動できないってのは噓だったってことか?」

「いえ、嘘をついていたわけじゃないの」

 

 ほう。


「私の職業、剣士は剣を持っていないと何もできないの。剣を持っている間は戦えるけどね」


 ほへえー。

 そりゃなんともまあ。

 職業ってのは、案外難儀な力なんだな。


「昨日は、あいつらに不意打ちで剣を奪われて、起きたら剣がなくなってたから」


 あれ?

 もしかして、かなえさんが1人で帰れなかったのって俺のせい?

 昨日すぐにあいつらから没収した剣を渡しておけばよかった。

 多分、俺のアイテムボックスの中に入ってるよな。


「その腰に差してる剣はどうしたんだ?」

「これは、鍛冶師っていう職業の人が作ってくれたの」


 ほう。

 そんな職業もあるんだな。

 すべてが戦闘職ではないわけか。


「それじゃあ、この剣もその鍛冶師が作ったのか?」


 言いながら、アイテムボックスから剣を取り出す。

 あいつらが持っていた武器は、この剣のほかは斧やらナイフだったからな。恐らく、これがかなえさんの武器なんだろう。

 

「そ、それは!」


 うむ、驚いてるな。

 

「どうなんだ?」

「ダンジョンの宝箱で見つかったらしいわ」

「らしい?」

「それはもらった物なの」


 やっぱり、俺が出てきた場所以外にもダンジョンってあるんだな。

 そうでなきゃ、こんなに大量のモンスターが地上にいるわけがない。

 

「そうか」


 話しぶりからして、ダンジョンの中に入って宝箱を手に入れてる奴がいるってことか。

 人間の中にもダンジョンを攻略している奴がいるってのは驚いた。

 恐らく、それなりの強さあるんだろう。

 

「これは返しておく」

「えっ、いいの?」

「ああ、俺には必要ないからな」


 剣よりも俺の拳の方が固い。

 それに、剣なら他に持ってるからな。ダンジョンで見つけたやつ。

 

「ありがとう」

 

 剣を抱きしめながら、お礼を言ってきた。

 相当大事だったんだな。


「話は終わりだな。悪いが、俺は忙しいんだ」

「待って!」

 

 うん、なんかそんな気はしてた。

 昨日に続き今日だからね。


 はやくしてくれないと、またコビンが怒りそうで怖いんだけど。


「お礼をしにきた分際で言いづらいんだけど」

「今度はなんだ?」

 

 来た理由は、お礼だけじゃなかったってわけか。

 ま、そうだろうな。

 わざわざ俺を探してまでお礼だけを言いに来るわけがない。

 

「実は、お願いがあるの」

「ほう? 聞くだけ聞いてやろう」


 それを受けるかは別だがな。

 もしかしたら、俺にもメリットのある話かもしれない。

 

「私を強くしてほしい」

「なにか、勘違いしてないか? 一度助けただけで、俺はお前の仲間になったわけじゃないぞ」


 そもそも、俺がかなえさんを強くする理由がない。

 メリット皆無だ。

 

「本当に図々しいのはわかっているけど……」


 よくわかってるじゃないか。

 

「どうしても強くなりたいの。そのためなら、なんでもするわ。お願いを聞いてくれたら何だって!」

「ほう」

 

 昨日と違って、今日は随分と殊勝な態度なんだな。

 しかしね、年下から言わせてもらうが、そう簡単に何でもするなんて言うのは感心しないよ。

 あんまり誘惑せんといてくれ。

 こちとら元オークだぞ。

 

「あいつらがしようとしてたことも、あなたになら」

「いや、いい。その前にそこまでして強くなりたい理由を話せ」


 俺の理性が強くてよかったですな、かなえさん。

 俺はそう簡単に願い事は安請け合いしない主義なんだ。

 

「恩を、返したい人がいるの」


 なるほどな。

 ただ、俺には関係ない。

 

「返せばいいじゃないか」

「今の私では、弱すぎて無理なの」


 そうきたか。


「その人は、この世界に魔物が現れるようになったばかりのころ、殺されそうになった私を助けてくれた人なの」


 ふむ。

 それが恩、か。

 

「彼女は今も、魔物が現れる原因だと言われているダンジョンを最前線で攻略しているわ」

 

 へぇ、そんなことをしているのがいるんだな。

 自分たちを守るのに精いっぱいだと思っていた。


「だから、強くなりたい、ね。その恩人はそんなに強いのか?」

「私の知る中で一番強い人」

「ほう、どんな奴なのか気になるな」


 ん?

 俺の言葉を聞いたかなえさんが、急に後ずさったんだが。


「……あの人と戦うために学校襲ったり、しないわよね?」

「するわけないだろ」

 

 俺をなんだと思ってるんだ。

 そこまで戦闘狂じゃない。

 

「なら、良かったわ。私よりも年下の女の子なんだけどね。すごい可愛い子なの」

「へぇ」


 急に饒舌になったね。

 そこまで聞いてませんよ、俺。

 

「この剣も、その子からもらった物なの。こんなことになる前は、高校2年生ぐらいだったはずよ」

 

 高校生2年生か。

 となると、俺と同じ歳ってことか、その恩人とやらは。

 もしかしたら、俺の知ってる奴かもしれない。

 

「そいつの名前は?」

「名前は高宮あかね。学校で唯一、賢者という職業の人よ」

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