白昼夢

※第2章最終回後の蘇芳兄妹の話。ネタバレ含みます。



 消灯時間をとうに過ぎた部屋で、凪斗なぎとはなにもない天井をぼんやりと見上げていた。

 凪斗の横には、腕につながった点滴。

 点滴も必要ないほど回復はしたが、寝ているときは点滴をしていろと医者に言われていた。

 一時は生死のさかいをさまよっていたこともあり、凪斗もしぶしぶ従っていた。


まこと、元気そうだったな……)


 同じ病院に入院していた生徒会の後輩が退院するついでに、見舞いに来たと誠が言っていたのを思い出す。

 ガイアでは、誠と貴一きいちも魔力切れになるほど異能力を使っていた。それでも自分が一番重症なのは、れいから受け取った薬のせいかと凪斗は鼻で笑う。

 そして、意識を取り戻したあと、凪斗と美凪みなぎは警察からすべてを聞かされた。

 すでに二人が知っていたことも話に含まれていたが、両親やそれに関わる事実を知ったとき、泣き叫びたい気持ちよりも虚無感の方が凪斗は強かった。

 零にだまされていたのは事実だが、一時的でも自分たちを救ってくれたことに変わりはなかった。

 そんな複雑な心情は美凪にしか理解してもらえないが、ただでさえ傷ついている美凪に、凪斗はこれ以上負担をかけたくなかった。


「……兄ちゃん」


 美凪のかすれた声が凪斗の耳に届く。


「なに?」

「起きてる?」

「答えてるんだから、起きてるよ」


 凪斗が答えると、「そうだよね」と小さく笑う美凪の声が返ってきた。

 二人がいるのは大部屋だが、病室には二人以外誰もいない。

 そのため、看護師が来なければ少しくらい喋っていてもさほど大きな問題にはならなかった。


「今日、誰かと会ってたの?」


 美凪の顔は見ていなかったが、声だけでも不安だという気持ちが凪斗にひしひしと伝わってきた。


「会ったよ。誠と……あいつに」

「…………そっか」


 隠す理由もなかったため、凪斗は素直に答える。

 貴一の名前こそ出さなかったが、美凪はあいつというのが貴一を指しているだとすぐに理解した。


「美凪、ごめんな。美凪はなにも知らなかったのに、黙って俺についてきてくれたよな」

「……うん」

「不安だとか思わなかったの?」

「ないよ。だって、兄ちゃんが選んだことなら間違いないもん」


 美凪は昔から凪斗にべったりだった。

 勉強を教えてほしいときや一緒に遊んでほしいとき、凪斗がやることは絶対自分もやると言うほど、凪斗にくっついていた。

 高校生になってもそれは変わらないのだと、凪斗は幼い頃の美凪を重ね合わせて笑う。


「あと……兄ちゃんにも置いてかれると思ったから」


 美凪の言葉に凪斗の表情が固まる。

 両親はもういない。残されたたった一人の家族である兄もいなくなったら、美凪は本当に一人になってしまう。

 美凪にそんな思いをさせていたなんて。そんな簡単なことにも気がつけなかったなんて。

 凪斗のその悔しさが、言葉の代わりに涙となってあふれてきた。


「泣いてるの?」

「……泣いてない」

「泣いてるでしょ」


 強がって返すも、涙声で泣いていることは美凪にすぐにバレてしまった。

 月城つきしろ学園にいたころはクラスメイトとヘラヘラ笑っていたのだから、それと同じようにすればいい。

 だが、それも凪斗は本心から笑っていたわけではなく、まわりと話を合わせるために過ぎなかった。

 手で目を覆っても、泣くこと自体がいつぶりか分からない凪斗の涙は簡単には止まらなかった。


「あたしが楽しい話してあげる」


 そう言って、子守唄を聞かせるように美凪は話し始める。


「昨日ね、久しぶりに夢見たんだ」

「……へぇ、どんな夢?」

「パパとママと兄ちゃんと、みんなでカレー作ろうっていう夢」

「楽しそうじゃん」

「あたしは辛いの苦手だから甘口がいいのに、兄ちゃんは辛口がいいって言って喧嘩してね。パパとママが困りながら止めてくれたの」


 その光景を思い浮かべ、実際にありそうな夢だと凪斗は思わず笑ってしまう。


「それからお肉とか野菜とか炒めたりして、みんなで作ってたの。でもね、カレーができる前に目が覚めちゃって、そこで夢なんだって気づいちゃった」

「……なるほどね。もう一回寝たら、その夢の続き見られるんじゃない?」

「見られるかな?」

「もう一度見たいって思えば見られるよ」


 凪斗は夢なんだから、と言いかけた言葉を飲み込む。

 たとえ夢でも、両親との思い出ができるのならとそれを否定したくなかった。


「そうしてみるね。おやすみ」

「うん、おやすみ」


 そして十分も経たないうちに、美凪の寝息が聞こえてきた。

 夢の続きが見られていることを願いながら、いつの間にか涙が止まっていた凪斗も寝ようと目を閉じる。


(夢、か……)


 凪斗は守護者ガーディアンになりたいという夢があった。

 幼い頃、異能力を使っていた犯罪者を守護者が捕まえるのを目の前で見たためだった。

 それに憧れた凪斗は、両親や周囲へ毎日守護者になると言っていた。

 その夢も、もしかしたら今回で絶たれたかもしれない。今後どんな生活を送るかも想像がついていないのに、将来のことを考える余裕などない。

 漠然とした不安が頭をよぎるが、それと同時に誠も守護者を目指していたことを思い出した。

 才能はないと言いながらも、誰より守護者になろうと努力していた。

 両親はいないと教えたときも、似たような境遇だと凪斗に寄り添おうとしていた。

 それくらいまっすぐに、がむしゃらに生きていれば、きっと守護者にもなれるかもしれない。


 そしていつか、同じように守護者になった誠とどこかで出会いたい。


 そんなことを夢見ながら、凪斗も眠りについた。

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