色彩の守護者+
桜井愛明
勿忘草①
※ 誠の両親の話。八尋たちは出てきません
「ここ、か……」
スーツ姿の男性――
目の前には改築されることなく昔の姿のままであろう木造の小学校が建っていた。
異能力教育は主要都市を中心に進んでおり、それ以外に異能力の教育が行き届いているかといえばそうではない。
特に都市部を離れた地方では、異能力教育が満足に受けられる施設や人材は整っていなかった。
そんな現状を打破すべく、守護者協会は全国各地に守護者を派遣して未来の守護者を育成するための異能力教育プログラムを行っていた。
大和もそのプログラムに関わる一人であり、住み慣れた土地から離れた郊外に派遣されていた。
(指導する立場なら私ではなく、もっと適任がいたはずだけど……)
大和自身も教壇に立って異能力を教えている身ではある。
しかし、人付き合いは苦手であり、しかも誰も知らない土地となればそれはなおさらだった。
それでも仕事ならやるしかない、と改めて決意を固めて門をくぐり抜ける。そして職員室を探す大和の元に、一人の女性が大和に駆け寄ってきた。
「あの、緑橋先生ですか?」
「はい、緑橋大和です。本日からこちらでお世話になります」
「お待ちしていました! 今日からよろしくお願いします!」
女性は深々とお辞儀をし、「ご案内しますね」とにこやかな笑顔で彼女は歩き出す。
大和はその後ろをついていくが、女性はなにかを思い出したようにピタリと足を止める。
「すみません。私、
「私が今はこの学校で異能力の授業を受け持っているんです」
「そうでしたか」
「と言っても、私は守護者ではないので座学しかできないんですけどね」
「実技を教えられる守護者は都市部に集中していますから、仕方ありません」
校長に挨拶をして、そのまま若菜に構内を案内される。
全校生徒は大和が本来籍を置いている学校の一学年ほどで、数が少ないからこそ教師と生徒が身近な距離で関わることができる、ある種理想的な学校だった。
「今日から皆さんに異能力を教えてくれる、緑橋大和先生です」
早速、大和は異能力の実技授業のため、ある教室の教壇に立っていた。
都市部から教育のために守護者がやってきたことは噂になっていたようで、生徒たちはその張本人を不思議そうな目で見つめていた。
「よろしくお願いします。おそらく皆さん、今まで異能力は具現化するなと言われていたでしょう。しかし、私の目の届くところであれば具現化をしても問題ありません」
そういう資格を持っていますので、と大和が続けると、生徒たちから感嘆の声が上がる。
「座学については草壁先生が教えていたそうなので、このあとの実技をしながら習熟度を確認しようと思います」
「いきなり実技やるんですかー?」
「座学で知識はつきますが、それを生かすのは実際にやってみること。異能力で実技に勝るものはありません。それに……」
「それに?」
「皆さんも異能力を使いたいでしょう?」
大和の言葉に、生徒たちからわっと歓声が上がる。
普段はとっつきにくいと言われる大和だったが、一度教壇に立てば誰もが大和の言葉に耳を傾け、尊敬の眼差しを向ける。
博識であること、異能力の才能があること、人を惹きつける才能があること。それは大和が教師であるのに十分すぎる理由だった。
校庭に集まり、生徒たちは念願の異能力が使えるという事実に浮き足立っていた。
一方で、本来なら異能力が暴発しても被害が抑えられるように、防護壁などがある施設で異能力を使うことがほとんどだが、そのような設備はここには一切ない。
異能力も安全に使える環境を整えていかなければ、と校庭で走り回る生徒を見ながら大和は考えた。
「さて、皆さん。今私は異能力のひとつである魔法を使っています。このように、異能力を使うにはどうすれば良いでしょうか?」
「えっと……魔分子の具現化?」
「その通り。今日は具現化のやり方について学びましょう」
大和は手元で自身の異能力である《魔法》を具現化させる。
その後、初日の授業とは思えないほどに盛り上がり、大和と生徒たちはあっという間に打ち解けた。
「お疲れ様でした! 初日なのにあの子たちがあんなに異能力を使えるなんて、さすが緑橋先生です!」
「とんでもない。あの子たちの意欲的な姿勢があってこそです。それに、きちんと座学を教えていた草壁先生のおかげでもあります」
「いやぁ、そう言われると照れちゃいます……へへ」
「今後草壁先生にお手伝いを頼むことがあるかもしれませんが、その時は何卒お願いします」
「は、はい……分かりました!」
それまで嬉しそうにしていた一瞬若菜の表情が曇ったように見えたが、若菜の
それから一ヶ月が経ち、生徒たちは異能力を当然のように扱えるようになっていた。
「草壁せんせー!」
ある日の放課後、渡り廊下を歩いていた若菜はどこからか呼ばれた声に足を止める。
声の主であった生徒たちは校庭から若菜の元に駆け寄り、嬉しそうに若菜を取り囲む。
「俺、緑橋先生の真似できるようになったんだよ! ほら見て!」
「こら、緑橋先生がいないところで異能力を使わないの」
男子生徒は魔法を具現化させるが、若菜の反応を見てしぶしぶ具現化を解除する。
生徒たちが自主的に異能力を鍛えていること自体は素晴らしいと褒めたかったが、大和の監視下以外で異能力を使うことは認められていない。
若菜が撫でようとする手をぐっと抑えていると、別の女子生徒から「ねぇねぇ」と尋ねられる。
「草壁先生は異能力使わないの?」
「え?」
「先生の異能力は知ってるけど、先生が使ってるの見たことないなーって」
「緑橋先生が教えてくれるから私は使わないよ」
若菜がそう言うと、生徒からブーイングに近い声が上がる。
自分の異能力が《刀》であることは生徒たちには伝えていたが、それを生徒に見せたことは一度もない。生徒たちに異能力を使って欲しいと言われるのも過去に何度かあった。
しかし、今は大和という誰よりも適切に異能力を教えてくれる人がいる。
「ダーメ。授業の質問なら聞くけど、異能力が見たいなら緑橋先生に見せてもらうこと」
「いーじゃん! 一回だけ!」
「みんな先生が使ってるとこ見たいよ!」
「ちょっとだけ!」
「お願い!」
「先生と一緒に異能力使いたい!」
一歩も引かない生徒たちに若菜は反論しようとするが、お願い、と懇願する子供たちのキラキラとした瞳に勝つことはできなかった。
なにより、自分の目の前で生徒たちが異能力を使っていることが、若菜にとってうらやましく感じていたのは事実だった。
いつも表情を崩さない大和の顔を思い浮かべながら、生徒たちの分もあとで怒られようとため息をつく。
「……本当にちょっとだけだよ。緑橋先生には内緒ね?」
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