異世界転生三代目~作ろう! 異世界攻略マニュアル~
レモン塩
第1話 その血の運命
夜空の如く漆黒の、シャツからムキムキのぞく双丘。大胸筋の霊峰が雄々しい谷間を削り出す。少女の脚ほどある腕に、幾何学模様を紡ぐ血管。鉄と張り合う骨の上、上腕二頭筋がアーチを描く。
考える人のポーズをとる、葦原助の肉体はまさにダビデかビルダーか。
何と堂々たる筋肉か、何と完成された肉体美か。肩にちっちゃい重機載せてんのか。
トイレの便器に座してなお、筋肉たちは曇ることなく輝きを放つ。いや、比喩でなく本当に輝き始めている。
ズボンを降ろしたキレキレボディが眩い光に消えてゆく――
「キャアァー!!」
バシッ! 甲高い悲鳴。シバかれる尻。
「あぁぁぁぁーー!!」
尻を打つ慣れない感触に、思わず情けない悲鳴を上げる。
驚いて後ろを見ると、杖を振り下ろすのは小柄な少女。見たところ俺より頭一つくらい小さい。そんな少女が、長い銀髪を右へ左へ振り乱し、べしべしと尻を叩いている。非力な娘なのか別に痛くは無いが、悲しくなるのでやめてほしい。
白いローブを羽織った少女に、生まれたままの桃尻を叩かれる。場所が場所なら金銭の発生するプレイだろう。
どうしたものか、尻を振って打撃を受け流しつつ考える。俺は18歳の誕生日、誕生日祝いの席を中座して用を足していた。それがいつの間にやらピンクに暗い、試験管散らばる狭い部屋に景色が変わっている。部屋は理科室を思い出すつくりで、いくつかの黒いテーブルに実験器具と思しき容器や毒々しい色をした草の束、謎の角などがごちゃごちゃと置かれていた。
ついに俺にも『その時』が来たのだろうか。
一番に思い出すのは俺の父親。異世界転生帰りの親父のことだ。俺の家系は18歳を超えるといつ異世界から召喚されてもおかしくないという。原理は全く不明だが、祖父の代からそんなことになっているらしい。
「やっぱり、これは……?」
「変態さんですか!? 早く下着を履いてください!」
推理の間にも尻への追撃。
パンツを履くのが先か、状況を整理するのが先か。
考えるまでもない……後者だ。
しかし、召喚と言うのは随分と急に行われるらしい。事前の通告も何もないから、こんな格好で召喚されてしまう。
何にせよ、俺は異世界に召喚されたと考えて間違いないだろう。
考え込むうち、またまた少女から一撃。
今回はよほど力を込めたのか、杖が異音を発し、折れた半分が空を切る。
振り返るとヒュンヒュンと音を立て、飛んでいく杖の残骸――
「グエッ」
つぶれたカエルのような声を上げ、銀髪少女の倒れる音が怪しい理科室に寂しく響いた。
「なぜあなたは下を着ていないんですか! さっさと服を着てください!」
起きた少女が赤くなって目を背けながら叫ぶ。
「トイレ中だったんだ。召喚するならそのくらい想定してくれないと困る」
そりゃ召喚先の状態なぞ知るべくもないわけだが、異世界召喚は初めが勝負、ナメられたら終わり……らしい。親父曰く。
「何言ってるんですか! この変態! すけべ! 変態!」
「俺たちの世界では下半身露出が普通なんだ。常識だ、そんなもんだ」
全くの嘘である。日本に下半身を隠さない文化は無い。
「そ、そうなんだ……。世の中いろんな文化があるんですね……。」
あるわけないだろ、なんて純粋な奴だ。見た目中学生といった感じだが、この性格は世に出て難儀するだろう。
「いや、まあ嘘だけどな」
「ちょっと! からかうのはやめてくださいよ、知らないんですから異世界の文化なんて」
「俺だって親父の解説がなければ知らなかったよ」
と、言いつつ下を履く。
異世界の文化、というか異世界そのものについて知っている人間はごく少数に過ぎない。世界に百人が関の山、異世界転生業界はそれほどに狭い。
「解説? 解説ってこの世界についてですか?」
ローブの少女は明らかに訝しげな表情をする。なんなら眉をハの字にして半笑い。若干バカにしているようにも見える。
まあそれが自然な反応だろう。俺だってまだ自分が異世界に召喚されたことを信じ切れず、浮ついた気持ちでいる。
「そう、この世界について、俺は親父から耳にタコができるくらい聞いてきた。俺の親父もこの世界に召喚されたことがあるらしいぞ」
親父の解説では、この世界ではあまり言葉に気を遣う必要がない。ことわざさえそのまま通用するとのことだ。
俺の言葉を聞いていたのかいないのか、少女は腕を組み、むむむ、としばらく唸りながら、首をジョイスティック並みにぐるぐるし始める。綺麗な銀色の髪がしなやかな白刃のように振り回される。
「変態さんがこの世界をご存知の理由はよくわかりませんが、とにかく私の召喚魔術は成功したんだと思います。異世界から最強の武人を呼び寄せるよう設計したはずですから」
「最強? 俺が?」
とぼけて見せたが、内心はワクワクが止まらなかった。何せ親父から十年以上も異世界最強の剣士になるため修行を付けられてきたのだ。岩場や断崖での修行で死にかけたことも一度や二度ではない。友人と遊べる時間も少なく、文字通り骨折り損かと腐りかけていた。
それがようやく、ようやく報われるかもしれない。
「私は私を信じています! 呪文にも、結果にも誤りはなかったと!」
胸を張り、自信に目を輝かせる銀髪少女。その純粋な自信を、俺はとても眩しく感じた。俺が最強と言うのならその期待に応えてやりたいと、そう思ってしまった。
「そうかい。よろしく、異世界住民さん。俺はタスク、タスク・アシハラだ」
「タスク、覚えましたよ! 私はノエル、ノエル・エンデュミオンです」
そうして俺は、怪しい少女と力強く握手をしたのだった。
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あとがき
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