第五章:真実は残酷で
休日、人気の少ない公園のベンチにライカは腰を掛けていた。
座りながら時計台に何度も視線をやる。
「ライカさん」
優しい声を掛けられると、ライカは嬉しそうな顔をして振り返った。
「ルギオンさん!」
「すみませんね。待たせてしまって」
「ううん、いいんです」
ライカは立ち上がる。
「今日は何処に行きましょうか?」
ルギオンに尋ねられると、ライカは悩む仕草をする。
「じゃあ、この近くにラベンダー畑があるんです。行きましょう?」
「……ラベンダー畑?」
「あ……ラベンダー、嫌いでした?」
ライカは恐る恐るルギオンに尋ねるが、ルギオンは静かに首を振ってから微笑んだ。
「いえ、好きですよ」
「よかった、じゃあ行きましょう」
嬉しそうに走っていくライカを、ルギオンは穏やかな微笑みを浮かべたまま見つめる。
そして、ゆっくりと歩いてライカの後を追った。
青紫のラベンダーの咲き誇る庭園でライカは嬉しそうに歩き回っていた。
「このラベンダー四季咲きなんですって」
「遺伝子操作種ですね」
ルギオンの言葉を聞くと、ライカは悲しみの色に顔を染める。
「でも、我が儘ですよね。これって」
「ええ、そうかもしれませんね」
ルギオンは優しく微笑んだままライカの肩に触れる。
そして、髪を優しく撫でた。
「本当に貴方は優しい方ですね」
「いえ、そんなこと……」
「優しい方、ですね」
ルギオンは何処か遠くを見つめて呟くように言う。
ライカは不思議そうな顔をしながらルギオンを見た。
「ソロネさん、でしたっけ?」
「ええ、彼女もとても優しい人でした。ですが、それ故に死にました」
「え?」
ライカが驚いてルギオンを見上げると、ルギオンは悲しそうな顔をして遠くを眺めていた。
「彼女は、それ故死んでしまいました。もうずっと昔のことです」
ルギオンはそう言うと、ライカの髪を再度撫でる。
「だから貴方はどうか死なないで下さい」
「だ、大丈夫ですよ」
ライカは内心驚きながらも笑ってみせる。
それを見て、ルギオンは嬉しそうに微笑んでライカの頬を撫でる。
しばらくラベンダー畑を散策してから二人は別れた。
後日、会う約束を交わして。
温かな日差しに包まれた日、ライカは公園を訪れた。
公園にはルギオンの姿があり、ライカはルギオンに向かって手を振る。
ルギオンは微笑みを浮かべながらライカに手を振り返す。
「ルギオンさん、今日は何処に行きますか?」
「私は植物園に行きたいんですが……宜しいですか?」
「ええ、良いですよ」
「じゃあ、少し車で移動しましょう」
「はい」
ルギオンはタクシーを捕まえると、ライカと一緒に乗り込んだ。
タクシーが着いた所は、温室の植物園だった。
建物に入ると、色取り取りの花々が咲き誇っていた。
ライカは、花の香りを楽しみながら鑑賞する。
「ルギオンさん、とても綺麗ですね」
「ええ、そうですね」
ルギオンは花に触れ、じっと見つめる。
「こんなに綺麗なのに何時かは枯れてしまう」
「そうですね……でも、仕方ないんですよね。命あるものは何時か死ぬんですから」
「ライカさん」
ルギオンは微笑みを浮かべた表情から、真面目な表情になりライカを見据える。
ライカは驚いた様な顔をしてルギオンを見た。
「ライカさんは、苦しみの生と安らかな死。どちらがいいですか?」
「どっちか、ですか?」
「ええ、どちらか、です」
ルギオンに念を押されると、ライカは唸って考える。
そしてしばらく唸った後、ライカは顔を上げた。
「私は、どっちか選ばなくてはならないなら苦しみの生を選びます。死ぬのは、足掻いてからでいいから」
「…………」
その答えを聞いたルギオンは目を丸くしてから、薄い笑みを浮かべてライカの髪を撫でた。まるで、愛おしい者に触れるように。
「やはり貴方はソロネさんの後継者だ」
小声で呟くと、優しげな笑みを作る。
「ライカさん」
「はい?」
「私と、一緒に来てくれませんか?」
「え?」
ルギオンは手を差し出して、ライカに言う。ライカは戸惑って答えを出せずにいた。
ルギオンの言葉にライカは、何処か恐怖を感じた。
「ど、どういう意味……」
「ライカさん、私と一緒に……」
銃声が鳴り響き、ルギオンの右肩がえぐり取られる。
血と肉が飛び散り、ライカの顔に血が掛かる。ライカは、尻餅をついて震えた。
「あ、あ、あ……」
ライカは視線をさ迷わせる中で、ルギオンの後ろにいる人影に気がつき目を疑った。
紅い目、黒い髪、白い肌、端整な顔立ち。
其処には銃を構えるフォルトが立っていた。
フォルトの持っている黒い銃は煙を銃口から立ち上らせている。
「フォ、フォルト……さん? な、なんで……!」
「ルギオン、ライカから今すぐ離れろ」
静かな声でフォルトがルギオンに向かって言う。銃口をルギオンに向けたまま、彼に近づきながら。
「酷いですねぇ」
ルギオンは笑いながら大量の血が流れ出している肩に触れる。
すると、肩の肉が盛り上がり、ルギオンの肩は急激に再生した。傷一つ残さず。
ライカは目を見開いてその様を見てしまい、声を失う。
「まさか貴様がライカと既に知り合っていたとはな」
「私こそ、貴方がライカさんの知り合いになっていたとは思っていませんでしたよ」
ルギオンも懐から銃を取り出してフォルトに向けた。
ライカは其処から動けず、二人が銃を向け合う様を見ていた。
銃弾が放たれ、植物園の花を散らせていく。
ライカは震える身体を引きずるように物陰に移動させてから、身体を丸めて耳を塞いだ。
硝子が壊れる高い音、木の枝が折れる鈍い音、風を切るような音が空間を支配する。
音が静まると、ライカは恐る恐る物陰から顔を出す。
そして、目の前の光景に目を疑った。
フォルトが胸を押さえた途端、彼の身体を何発かの銃弾が貫通し、そして崩れるように地面に倒れ込んだ。
ライカは無我夢中で飛び出してフォルトに覆い被さる。
撃たれるという恐怖から目を閉じるが、銃弾の放たれる音は鳴り響かなかった。
「…………」
ライカはゆっくりと顔を上げると、苦り切った表情を浮かべるルギオンが其処にいた。
「……フォルトさん、貴方は二度も大事な人に庇われてますよ?」
フォルトはうめき声を上げながら動かない。
ルギオンは冷たい目でフォルトを見つめてから、ライカに悲しそうに笑いかける。
「私とは来て、くれませんか?」
「……行けません。ルギオンさんとは行けません。私はフォルトさんの……」
ライカは一息ついてから口を開く。
「パートナーですから」
ルギオンは寂しげに笑って、その場を後にした。
ライカはルギオンの後ろ姿を見送ってから、フォルトを揺さぶる。
「フォルトさん、フォルトさん!」
フォルトは苦しそうに息をするだけで、答えることはなかった。
病院の集中治療室で眠り続けるフォルトを、ライカはじっと見つめていた。
フォルトは時折苦しそうな表情を浮かべ、荒い息をする。
ライカはその度手を握りしめ、呼びかけた。
冷たくなった頬に触れて、ライカは深い溜息をついた。
「……どうして」
病名も何も解らないと医師に言われ、絶望しきっている時扉が開いた。
「ライカ!」
「……レイヤさん?」
「フォルトが倒れただと?」
ライカが頷くと、レイヤは医師を呼び出してカルテを見せて貰う。
そして、顔色を変えて鞄から点滴用のパックを取り出す。
「それは?」
「……聞くな。だた今のフォルトには必要なものだ」
レイヤは慣れた手つきでフォルトに液体を点滴で投与する。
苦しそうな息をは消え、静かな呼吸音になった。
ライカは安堵の息をつくが、すぐにレイヤを睨んだ。
「レイヤさん、何か知ってるでしょう?」
「……何を、だ?」
「ふざけないで下さい!」
ライカは声を荒げて言う。
「何を隠してるんですか! フォルトさんこの症状について知っているんでしょう!」
レイヤは目をそらし、逃げるように病室を後にした。
「レイヤさん!」
ライカの声が届く前に、扉が閉まった。
ライカは扉の前でがっくりと項垂れた。
静かになった病室で、ライカは眠るフォルトを見つめた。
白い顔を優しく撫でながら溜息をつく。
「何よ……みんなして私に隠し事して……」
ライカは項垂れる。
そして、何もすることがなくなったことからフォルトのカルテに目を通し始めた。
カルテには詳細に基準値が記されており、ライカはすぐに異変に気づく。
「え……?」
偏差値よりも遙かに高い数値が検出されている項目が何カ所もあり、それは全てその値より低ければ危険であることを示すものだった。
ある程度の高さは理解できるが、桁から違うことに違和感を感じると、ライカは荷物をまとめて病室を後にした。
グリーンプラント本部に着くと、ライカは迷わず社長室へと足を向けた。
社長室に着くと、ライカはノックをして返事も待たず扉を開ける。
「ライカ? どうしたんだ一体」
レイヤが不思議そうな顔でライカを見つめると、ライカは無言で歩み寄りフォルトのカルテを机に叩き付けるように置いた。
「どういうことですか? これは」
ライカはレイヤを睨み付けながら言う。
レイヤがカルテをライカを交互に見ると、ライカは数回深呼吸をして、口を開く。
「何カ所か数値があり得ない程高い箇所がありました。あれは、どういうことですか?」
「さぁ、何の事かな?」
「とぼけないで下さい!」
ライカは怒声を張り上げて、カルテとは違う別の紙をレイヤの目の前に突きつける。
それを見て顔色を驚愕の色へと変化させるレイヤをを睨んだまま続けた。
「この薬、全部劇薬じゃないですか! とぼけても無駄ですよ、調べたんですから! こんな恐ろしい薬フォルトさんに投与していたんですか!」
「そ、それは……」
言葉を失うレイヤに、ライカは追求する。
「フォルトさんの発作の原因は全部薬の副作用なんじゃないですか? そもそも、私とパートナーやるまでのフォルトさんの経歴は一切不明。私に何を隠してるんですかレイヤさん! いい加減答えて下さい!」
「…………」
答えないレイヤにしびれをきらしたをライカは、机を力を込めて叩く。
「……もしかして、人体実験とかしていたから言えないんじゃないでしょうね!」
僅かにレイヤの視線が逸れたのを、ライカは見逃さなかった。
そして、歯を食いしばってからレイヤを見据えた。
「この……人でなし! 最低!」
ライカはそう吐き捨てると社長室から飛び出した。
「ライカ!」
レイヤの声が届く前に、扉が音を立てて閉まった。
ライカは、社長室を後にすると自動操縦車に乗り込み、病院に向かう。
病院につくと、迷うことなくフォルトの病室に行き椅子に腰を下ろした。
眠りにつく、フォルトを見てライカは深い溜息をつく。
「……みんな、勝手だよ。本当に、勝手だよ」
ライカは項垂れてから、フォルトの顔に触れた。
冷え切った顔に身震いしたが、その冷たさを我慢して顔を撫でる。
「どうして、何も言わないの?」
ライカは再度溜息をついて、手を離す。
そのまま、病室を後した。
病院の屋上に行くと、ライカはボーッと空を眺める。
茜色に染まった空を眺めている内に、ライカは頬に伝う雫に気がつき服の袖で頬をぬぐった。
「何で、泣いてるんだろ」
「何を泣いてるんだ?」
「ラルフ……」
ライカは声に反応して振り返る。屋上の入り口にラルフが立っていた。
「親父の見舞い返りに見覚えのある顔を見かけたからな。どうした、泣いて」
「何でも、ない」
「何処がだ」
ライカが涙をふききれていないのを見て、ライカにハンカチを渡した。
「ありがと」
「どうした、仕事関係か?」
「……そっちもあるけど、プライベートな方もね」
「あのムッツリ野郎が泣かせたのか?」
しかめっ面をして言うラルフに、ライカは苦笑しながら首を振った。
「ううん、違う。違うの」
「じゃあ、誰が泣かせた」
「ちょっと、何か嫌になってきて」
ライカはそう言って、屋上から見える景色に視線を移動させる。
屋上の向こう側は茜色に染まった高層ビルと、人工的に作られた自然が広がっていた。
「ライカ」
「何?」
「社会に出るってのは、こういうことだ。人間の嫌なところも見てしまうし、気がついたら汚いことに荷担させられているってことがある。それが社会に出るってことだ」
「…………」
「社会に出るのは、社会の汚れを身に纏うことでもあるんだよ」
ライカはラルフを見る。ラルフはライカと同じように屋上からの景色を眺めだした。
「でも、私が思っているのはそんなことじゃない」
「じゃあ、どういう事だ」
「社長……が、酷いことする人だとは思わなかった」
「あの人か?」
ライカの言葉を聞いたラルフは悩むような仕草をする。
「……お前にか?」
「ううん、私じゃなくて……」
「そりゃあお前にはしないだろうな」
「え?」
ラルフの言っている意味が理解できず、ライカは首を傾げる。
「俺もお前が社長と行動取っているのは何度も見てきたさ。なんて言うか他の連中を見る目とお前を見る目が明かに違うんだよ。他の人間は冷静に見つめているのに、お前を見ている時は感情丸出しで、優しさとかそう言うのが含まれてるんだよ」
「私を……見る時だけ?」
「それに、優しいだけじゃ社長は務まらんからそう言う汚いこともやってるんじゃねぇかな? いくらグリーンプラントが他の企業よりも真っ当だと言ってもさ」
ライカはそう言うラルフをじっと見つめる。
ラルフの顔は夕焼けの色に染まっていた。
「……で、どうしたんだ社長が」
「あの人、一人の人にだけ凄い酷いことをしたの。だから凄い嫌になって……」
「酷い事って、まぁ解らないけど其奴の事嫌いなんじゃないか?」
「嫌いだからって限度があるよ!」
ライカは怒声を張り上げた。その声に反応し、ラルフは硬直する。
「あ、ごめん……」
「いや、まぁ……お前の仕事内容は俺も知らないからな。その中で知ることになったって事はかなりヤバイことだから聞かないが……其奴はどう思ってるんだ?」
「……何も、言わない」
「じゃあ、はっきり聞いておいた方がいい。其奴が許しているんなら許せばいい。許してないなら、許さなくていい。それだけだろう?」
ラルフの台詞に、ライカは「そうか」と呟いて考える。
そして、ラルフを見据えた。
「有り難うラルフ。私その人に聞いてみる」
「おお、そうだ」
「何?」
何かを尋ねようとしているラルフに、ライカは先に問いかける。
「親父達に、同棲……のことは言ったのか?」
「一応ね」
「そうか、それともう一つ」
「何?」
「不順異性……」
最後まで言葉を紡ぐ前に、ライカはラルフの頭を殴る。
「一片死ね!」
そう言ってずかずかと歩いて屋上の入り口に向かう。
「……有り難う」
小声で呟くとライカはドアを閉めた。
ライカは階段を急いで下りていくとフォルトの病室に向かった。
病室では、既に目を覚ましたフォルトがベッドから起きあがっていた。
「大丈夫ですか、フォルトさん」
「ああ」
ライカはフォルトの顔に触れる。
前触れたときよりも温もりがあった事に安堵してからフォルトを見つめる。
「フォルトさん、教えて下さい」
「何をだ?」
「とぼけなくて結構です。今回フォルトさんが倒れた件についてはレイヤさんから聞きました」
「レイヤが……?」
「正確には問いただして、行動から判断したんですが。薬物の後遺症なんですよね」
ライカが言うと、フォルトは目を伏せようとした。
ライカはフォルトの顔を掴んで自分から目を背けないように固定する。
「誤魔化さないで下さい」
ライカは微笑みを浮かべる。
「私だけのけ者ですか?さっきレイヤさんと喧嘩して飛び出してきたのに謝る気にもなれないじゃないですか、このままじゃ」
「……言った所で何も変わらない」
「そんなの言ってみないと解らないじゃないですか。第一ルギオンさんの件といい、私には何にも話してくれないし。しらない方が幸せかもしれませんが、今の私にはそんな論理は通じませんよ」
ライカは顔を近づけてフォルトに詰め寄った。
フォルトは深い溜息をついてライカを見つめる。
「……今日は休ませてくれ、明日話す」
「じゃあ、明日話して下さいね、話してくれなきゃ本当に針千本飲ませますよ」
「ああ、解った」
フォルトが頷くのを見てライカは満足そうに笑って立ち上がる。
「じゃあ、また明日」
「ああ」
フォルトに微笑んでライカは病室を出て行った。
「……ソロネとはこういうところが違うな」
ライカが居なくなった後、フォルトは自嘲気味に笑った。
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