第六章:隠された言葉
朝、ライカは目を覚ますと病院に向かった。
そして、静かに病院内を歩いてフォルトの病室に入る。
「フォルトさん、お早うございます」
「お早う」
ライカは微笑みを浮かべてフォルトを見つめると、近くにあった椅子に腰を掛ける。
「さて、洗いざらい話して貰いましょうか」
「その前にドアを閉めてくれ」
フォルトに開けっ放しのドアについて指摘されると、ライカは慌ててドアを閉める。
閉めてから、再び椅子に腰を掛けた。
「では、話して下さい」
「……どれから、話せばいい?」
「レイヤさんがフォルトさんを嫌っている理由から」
ライカがそう言うと、フォルトは静かに息を吐いた。
静かに息を吐いてから、フォルトはライカを見つめた。
「……レイヤの本当の名前を知っているか?」
「いいえ?」
「アイツの名前は本当はレイヤではなく、レイシャだ。それを知っているのは俺とルギオン、それと死んだ俺たち共通の友人だけだ。ここで重要なのはその友人だ」
フォルトはポケットから一枚の古びた写真を取り出す。
其処には一人の女性が映っていた。ライカによく似ている若い女性が。
「この人……」
「君に似ているだろう?それが俺たちの共通の友人で、俺がレイヤに憎まれている理由の原因となっている女性、ソロネだ」
「ソロ、ネ?」
呆然としているライカを見て、フォルトは頷いた。
「同姓同名じゃない、彼女の名前はソロネ・フィナノ。君の祖母の姉に当たる女性」
「ちょ、どういう……」
「運命の女神とやらは本当に気まぐれだな。俺たちの争いの発端になった女性そっくりの血縁者をこの世に送り出したんだから」
自嘲気味に笑ってから、フォルトはライカを見つめる。
「彼女は、戦争で死亡した。これは知っているな」
「はい、お祖母ちゃんから聞きました。ソロネって人は戦争で他の人を庇(かば)って亡くなったと」
「それが俺だ」
フォルトは驚くライカから視線をずらし、写真に目を落とす。
「彼女も、俺と同じ『DOLL』乗り、『人形師』でな……俺を庇って死んだ」
「な、何で」
「そして、レイヤがもう一人憎んでいる男がいる。それがルギオン。実際ソロネを殺した男だ」
フォルトは写真を力強く握りしめながら言う。言葉を失ったライカを見つめながら。
「俺は早々簡単に死なない身体だ。そんな俺を庇(かば)ってソロネは死んだ。それが許せないらしい……レイヤに取ってソロネはかけがえのない人間だから」
フォルトはそう言って写真を仕舞った。
呆然としているライカを見て、フォルトは悲しげに笑う。
「他に聞きたいことは?」
「……その人、ソロネさんは何か言ってましたか? 死ぬ直前とか」
「ああ、何か言っていたな。最後の『でね』しか聞こえなかったが」
ライカは暫く無言になって考える仕草をした。フォルトはそれを眺めた。
「フォルトさん、私が知っているソロネさんのこと言っていいですか? 祖母から聞いた話なんですけど」
「構わない、教えてくれ」
ライカは思い出すように天井を見上げた。
しばらく、天井を見てからライカは口を開いた。
「お祖母ちゃんから聞いたんですけど、ソロネさんは凄く穏やかな女性だったそうです。滅多に怒らず、叩かず、叱らず、優しく諭すような女性だったと聞きました」
「ああ、確かに」
「お祖母ちゃんの家は大家族で、ソロネさんはその一番上のお姉さんだったそうです。どんなに悪さしても叱らず、それどころか代わりに謝ってくれるような優しい方で、お祖母ちゃんも尊敬していたそうです。曾お祖父ちゃんや曾お祖母ちゃん達よりも」
ライカは時折上を見て、思い出すような仕草をしながら続けた。
「人の役に立ちたいって理由で、看護師と社会福祉士の試験受けて両方とも一発合格しちゃう程頭も良かったそうです」
「それは俺も知っている。学友達の話を聞いた、真面目で努力家だと」
「人が良いせいか恨む人は誰もいなかった。それくらい優しくて真面目な人だった」
「ああ」
「そして気配りもできて、他人のことなら何でも解っているんじゃないかと言われるほど観察力に優れていた。お祖母ちゃんもエスパーだったんじゃないかって冗談言ってましたから」
ライカの話すソロネの事に、フォルトは何度も頷く。
「で、其処で思うんです」
「何だ?」
「そんなに他人の事を解っているソロネさんなら、レイヤさんがこうなることも解っていたんじゃないかと?でも、庇ったって事はそれ程フォルトさんが大事だったことを証明することでもあります」
「大事……か」
「で、そんなソロネさんが最後に言う言葉は何だったか、一つしかありませんよ」
「何だ?」
フォルトが尋ねると、ライカは呆れた様な顔をした。まるで、本気で言っているのかと。
「『憎まないでね』と言ったんだと思いますよ?ソロネさんに取って三人とも大切な友人、憎み合うかもしれないから『憎まないで欲しい』そういう願いを込めたメッセージしかありませんよ、三人に伝えようとする言葉は」
ライカの言葉に、フォルトは目を丸くした。
顔は驚愕の色に染まる。
フォルトの耳に声が聞こえた。
『憎まないでね。私、自分の意思で貴方を守ろうとしたの。だから誰も、憎み合わないでね』
優しい声が、フォルトの鼓膜を刺激する。かつて聞くことのできなかった言葉が繰り返し流れた。
ライカは、フォルトの目から透明な雫がこぼれ落ちるのを見た。
涙は大粒の雫となって頬から落ち、シーツを汚す。
ライカは、優しくフォルトを抱きしめる。
「フォルトさん、もう自分を責めないで下さい。ソロネさんならそう言いますよ。貴方が大好きだった……ううん、今でも大好きな優しいソロネさんなら……」
嗚咽を漏らして涙を流すフォルトを、ライカは優しく慰めた。フォルトの涙が、こぼれ落ちなくなるまで。
ようやく、落ち着いたフォルトを見てライカは安堵の表情を浮かべた。
「大丈夫、フォルトさん」
「ああ、すまない」
目を更に赤くしたフォルトを見て、ライカは苦笑した。
「私はソロネさんみたく人間ができてないから、優しくなんで上手くできないんですよね」「いや、それでいい。君は君のままで」
ライカはフォルトにそう言われて、苦笑いを浮かべた。
「レイヤさんに、昨日酷いこと言っちゃったしなぁ」
「……ソロネにそっくりな君に言われたんだ、かなりのダメージだろう」
「可哀想なことしちゃったなぁ」
「構わんだろう、良い薬だ」
しれっと言うフォルトを見て、ライカは呆れの笑いを作る。
「……フォルトさん、結構根にもってます」
「六十年近く大人しくレイヤの復讐の対象になっていたんだ。これくらいは良いだろう」
「結構良い性格してますね」
「レイヤほどじゃない」
フォルトは咽の奥で笑った。それを見て、ライカも笑う。
「そう言えば、フォルトさんはいつ退院できるんですか?」
「今日退院する。病室のベッドは嫌いなんだ。研究所のベッドに似ていて」
「あはは……じゃあ、レイヤさんに『言い過ぎましたごめんなさい』って伝えてくれます?」
「構わない」
「有り難うございます、じゃあ」
ライカは椅子から立ち上がり、ドアノブに手を掛けて止まる。
「ああ、そうそう」
何かを思い出したようにベッドの上にいるフォルトの方を振り返った。
「これも伝えて下さい『憎しみは憎しみしか生まない』、『憎むのも人だが、許せるのも人』って」
「解った」
ライカは満足げに微笑むと病室を出て行った。
ライカがいなくなった病室で、フォルトは再びソロネの写真を取りだす。
「……ソロネ、何とか前に進んでみるさ」
フォルト薄い笑みを浮かべてから、写真を仕舞うと荷物の整理を始めた。
誰もいない社長室で、レイヤは蹲るように机に突っ伏していた。
髪はぼさぼさになっており、酷く取り乱したことが解るような痕跡が社長室の様々な箇所にあった。
「…………」
レイヤが机に突っ伏していると、誰かがドアをノックする音がした。
「……どうぞ」
レイヤはドアに見向きもせず小声で言う。
レイヤの声が聞こえたのか、ドアが静かに開いた。
「随分と酷い様子だな」
「五月蝿い」
レイヤは静かに言うと、声の主――フォルトを見た。
フォルトはレイヤを見下ろし、近づきながら言う。
「ライカにこっぴどく言われたらしいな。彼女が言っていた」
「……もう、駄目だ。いっそ死のう」
「俺たちがそう簡単に死ねるか。寝言は寝て言え」
「……お前も随分と酷い言い方だな」
「昔に戻っただけだ」
フォルトはラベンダーの花束をレイヤの机の上に置いた。
「レイヤ、ソロネはこの花が好きだったことはしっているな」
「ああ、勿論」
「だが、彼女はこの花が嫌いでもあった。理由が解るか?」
「……何故?」
「本当に好きな花は別にある。こんど話してやるからそれまで考えておけ」
「……何がいいたい?」
レイヤが問いかけると、フォルトは肩をすくめた。
レイヤはフォルトの存在に嫌気がさし、肩を震わせる。
「もういい、出て行け!」
「ソロネの遺言だ」
「……何?」
レイヤは顔色を変えた。その表情には驚きと戸惑いが宿る。
「ライカが言うまで気づかなかった、俺も相当な馬鹿だな」
「……どういう意味だ?」
「俺たちは彼女について全てはしらないが、彼女は俺たちのことを全て見通しているような人だった。そんなソロネが俺たちが憎しみ合う今を予想できないと思うか?」
レイヤは、息を飲んだ。
「ライカはそんなソロネが残す遺言なんて限られているって言った。『憎まないでね』それが遺言のはずだ、と」
「『憎まないでね』……?」
「俺がルギオンを憎むのも、お前が俺とルギオンを憎むのも、ルギオンが俺達を憎むのも解っていたんだろうな。彼女は全て解っていたはずだ。それでも俺を庇(かば)ってくれた……そしてそうならないように言葉を残そうとした……それが俺にとって何よりも嬉しいことだ」
レイヤは呆然とフォルトを見上げた。
ふと、レイヤの耳の奥に声が甦る。
『レイシャ、貴方は結構根に持ってしまうのね。人の性は変えたりするのが難しいから私も言わないけど、もう少しだけ心持ちを良くしてみない?すこしだけ、人に優しくしてみたら、きっと世界は変わるはずよ』
優しい、咎める声ではなく、諭す声が響いた。
レイヤは、無言になり項垂れた。
「……思い出したか?」
「ああ……彼女は、何でも見通していた。だが……」
「憎むのは止められないか」
「……ああ」
悲しげにうつむくレイヤをフォルトは静かに見下ろした。
「俺は憎まれて構わない、俺もまだ奴が許せないからな」
「なら……」
「俺は、今はライカのパートナーだ。彼女のサポートをしなければならない。だから俺のことは二の次だ。これから彼女はルギオンと戦うかもしれない。もしそれを選ぶのなら俺はそれに従うし、逆に選ばないならそれにも従う」
「……自分の憎しみを捨ててか?」
「ああ。……もし悩んでいるようなら俺は彼女に答えが出るようにする。どちらか選ばなければならないからな」
「そうか……」
フォルトはそう言って社長室を出て行こうとした。
しかし、ドアの取っ手に手を掛けた途端動作が止まる。
「そうだ、ライカからの伝言をすっかり忘れていた」
「何だ?」
「『言い過ぎました、ごめんなさい』。それと『憎しみは憎しみしか生むまない』、『憎むのも人だが、許せるのも人』だそうだ」
フォルトはその言葉を述べると、社長室を出て行った。
一人になった社長室で、レイヤは静かにフォルトが言ったライカからの伝言を口にしていた。
「『憎むのも人なら、許せるのも人』……か」
何度か唱えながら、静かに目を閉じた。
目の前に、一人の女性がいた。白いブラウスに、水色のスカートの美しい女性が。
「ソロネ……」
レイヤは泣きそうな声でソロネを求めるが、ソロネは悲しげな顔をしてレイヤを見つめるだけだった。
「……夢の中の君がほとんど泣きそうな顔をしているのは、私が憎んでばかりだから?」
レイヤが尋ねると、ソロネは静かに頷いた。
ソロネが頷くと、レイヤは悲痛に染まった顔でソロネに手を伸ばす。
「じゃあ、私はどうすればいい? 貴方を失った日から私は独りぼっちだ。独りぼっちで誰も私を理解しようとしてくれなかった……この寂しさも、貴方がいなくなった悲しみも、奪われた憎しみもどうやって癒せばいい……?」
ソロネは静かに首を振り、優しげな微笑みを浮かべてレイヤの頭に手をやる。
レイヤは頭を撫でられた感触を感じることは無かった。
『許すことを覚えて欲しいの』
「できない、悲しすぎて、憎まないと生きていけない……!」
『許すことができなくても、憎しみを癒す方法はあるわ』
「どうやって……?」
レイヤが顔を上げてソロネを見ると、ソロネは笑っていた。
その笑みは慈母のように優しいものだった。
『誰かを愛する事は、できるでしょう? 私の代わりではなく、誰かを友人にすることはできる。もっと人を愛してあげて』
「でも……」
『大丈夫。レイシャ、貴方はとても優しい人よ。優しすぎて憎んでしまうだけ、だから大丈夫よ……』
ソロネは黒い闇に溶けるように消えいく、レイヤは泣きそうな顔のまま手を伸ばすが手が届くことはなくソロネの幻は闇に霧散した。
レイヤは目を見開いた。
自分が眠っていたことに気付き、頬に伝う涙を拭(ぬぐ)った。
「許せない……でも、私は……」
『誰かを愛する事は、できるでしょう?』
夢の中のソロネの声を思い出し、レイヤは小さく名前を呟く。
「ライカ……」
ソロネによく似た少女の名前を言うと、静かに立ち上がる。
そして、部屋を後にした。
病院を出て、自宅に戻ったライカは一人自室にこもっていた。
ベッドの上に体躯座りになり、静かに考えていた。
「……戦争……起きるのかな……」
最近のテロが多発している事がニュースになっており、無差別なそのテロによる死傷者は増加をたどる一方だった。
「さっきの電話で……あのテロが全部ルギオンさんの仕業だった言ってたし……」
フォルトからの電話の内容を口にする。
フォルトからの電話の内容は、テロが全てルギオンの仕業で近いうち戦争が起きかねないと言うものだった。
「人がたくさん死んだ……」
ライカはそう言うと自室にあるテレビに電源を入れた。
『速報です、先ほど火星のセントラルパークにて謎の「DOLL」によるテロが発生しました。迎撃に向かった「DOLL」は全て破壊され、パイロットの死亡が確認された模様です。このテロで死者は一万人を越えました』
「一、万、人?」
人数を反芻すると、ライカは急いでテレビを消した。
「何で、そんなに人を、殺すの?」
ライカは何故其処までしてルギオンが人を殺すのか理解できず、身体を震えさせる。
「ルギオンさんを……止めるには戦う……でも、止められる?」
ルギオンさんはどうして人を殺すのか、私には理解できない。
でも、ルギオンは優しかった。とても優しくて、温かい人。
だから、信じたくなかった。
『一緒に来てくれませんか?』
そう言ったルギオンさんは、とても悲しそうな目をしていた。
『貴方は死なないで下さい』
この時も、悲しげな目をしていた。なのに、どうして人を殺すのか理解できない。
どうして、あんなに花を慈しむことができるのに、あんなに動物に優しいのに、人を平気で殺すことができるのだろう。
「ルギオンさん……」
ソロネさんが死んだことが全ての憎しみの始まりだと、聞いたとき、似ている私は非常に複雑な気分だった。
似ているだけで、ドロドロとした憎悪の舞台に巻き込まれるのは正直嫌で、逃げようと思った。
だけど、フォルトさんが来るそうだから逃げず、自分の意見を言えた。
けど、問題は今からで、どうすればいいのか解らなかった。
ライカは一人考えるのを止めて、キッチンに向かった。
夕食の準備をしていると、突然チャイムが鳴り響く。
「はーい」
ライカは急いで玄関に向かい、ドアを開くと目の前に気まずそうな顔をしたレイヤが立っていた。
「レイヤ、さん。どうしたんですか?」
「その、会いたく、なって」
「……まぁ、こんな所でも何ですから中にどうぞ」
「ああ」
ライカはレイヤをリビングへと案内した。
そして椅子に座るように言う。
「で、どうしたんですか?」
「いや、その、すまなかった」
突然レイヤに謝罪され、ライカは目を丸くしたがすぐに苦笑を浮かべる。
「レイヤさん、それは私じゃなくてフォルトさんに言って下さいね」
「いや、その、奴に言うのは何か嫌で……」
「コラコラ、大の大人が……」
ライカは呆れたように言ってから安堵の溜息をつく。
「ライカ?」
「いえ……ちょっと一人でも考え事に押しつぶされそうになっていて」
「……何が、あった?」
レイヤが心配そうに尋ねると、ライカは顔を上げる。
「ルギオンさん、なんですよね? フォルトさんからも聞いたんですけど……今回のテロの主犯で単独犯、あの人なんですよね?」
「……ああ」
「どうして、ルギオンさんがそんな事をするんですか?」
「……あいつは、元は医者だった。しかし、戦争で患者達を皆殺しにされ、その時に何かあったらしい。それが、アイツが狂う原因になったそうだ」
「皆殺し……? どうして!」
ライカは顔を青くして尋ねる。
「……さぁな、おそらく病院に敵軍の幹部クラスの連中がいたのかもしれないし、ただの無差別爆撃の標的になったのかもしれないし……わからん」
レイヤの言葉を聞いて、ライカは身体を震わせた。
「何で、戦争なんか……」
「互いの利益の奪い合いだ。今もあるだろう? 組織同士でデータの奪い合いや暴力の応酬。あれの発展したものが戦争だ」
「……じゃあ」
「その内、戦争みたいな争いが日常になるかもしれんな……」
レイヤの言葉に、ライカは自分の身体が凍り付くように感じた。
数日後、ライカとフォルトは試合会場の控え室にいた。
「ライカ、どうした?」
「……あ、いえ……別に」
「何があった?」
フォルトが尋ねるが、ライカは首を振って作り笑いを浮かべる。
「そうか……ライカ」
「何?」
「一人で、悩むな」
「あ……」
「さぁ、試合だ。行こう」
フォルトが部屋を出るのを見送ると、ライカは小声で感謝を述べ、フォルトの後を追った。
合金の壁で覆われた舞台に、黒の「DOLL」、赤の「DOLL」が立っていた。
『さぁ、今宵のメイン。「戦神のマリオネット」リベリオンVS「鮮血の薔薇」ブラッディローズ! 現在全戦全勝のリベリオンに、ブラッディローズは土を付けることはできるのか!』
舞台に司会の声が響きわたる。
『さぁ、では試合開始です!』
電子モニターが秒を刻み始める。
そして、数字が零になると同時に、二体の「DOLL」は激突した。
リベリオンはチェーンソーと同じ原理でできたナイフで、ブラッディローズはビームを剣状に固定したサーベルで斬りつけ合う。
剣と剣がぶつかり合うと、リベリオンのナイフがビーム状の光を帯びブラッディローズのサーベルを弾く。
『おお! 流石、リベリオン。相手の武器については対策がしてある! さて、ブラッディローズはどう攻める?』
ブラッディローズはリベリオンに向かって、ビームを放つライフルで距離を取りながら攻撃するがビームはことごとく避けられ、リベリオンに傷一つ負わせられなかった。
ブラッディローズと距離が出たリベリオンは目の前にバリアを展開すると、そのままブラッディローズに突っ込み、ナイフでブラッディローズのライフルが装着された左腕部を斬り落とす。
そのままブラッディローズの頭部を握り潰すと、右腕部にライフルを密着させ、零の距離からビームを放ち、ブラッディローズの右腕を吹き飛ばした。
『決まったぁあ!』
司会の声と同時に、電子モニターに勝者と敗者の名前が映し出された。
勝者の名前はリベリオン、敗者の名前はブラッディローズ。
『強い、強すぎるぞリベリオン! このまま連勝記録を何処まで伸ばす……』
司会の声は突然途切れ、会場内に振動と爆音が走る。
その直後、リベリオンとブラッディローズの上の天井が崩れ落ちた。
「何?」
ライカは慌ててコクピット内のモニターに頭部から映像を映し出す。
映像は煙と粉々になった金属片が落ちてくる様子が映っていた。
「……ライカ、避けろ!」
フォルトが煙の中にいる物体に気付き、声を張り上げた。
ライカはその声に反応して、反射的に「DOLL」を操作し後ろに下がらせた。
下がると同時に、目の前に一筋の光が落ちる。
それがビームだと、ライカは直ぐに理解できた。
頭上から、紫に近い黒い色の、歪なフォルムの「DOLL」が舞い降りる。
同時通信が入り、ライカは慌ててバイザーを下ろして顔を隠し、その後通信のスイッチを入れる。
『久しぶりですね、フォルトさん』
「……やはり貴様か」
穏やかに笑うルギオンの顔がコクピット内のモニターに映し出される。
ライカはそれを見て震えた。
「……ライカ、落ち着け」
フォルトはライカの耳元で囁いてから、モニターを睨み付ける。
「何の用だ?」
『何の用? では、単刀直入に……貴方の大事なパイロットを私にお渡し下さいな』
「何の事だ?」
モニターの向こうで芝居がかった動作をするルギオンを見据えたまま、フォルトは尋ねる。
ルギオンは肩をすくめて、嘲笑う。
『そのパイロットを、ライカさんをお渡し下さいな』
ライカは言葉にならない声を上げて、パイロットのシートからずり落ちそうになる。
「ライカ、落ち着け」
『これでも情報収集は得意でしてね。それに、貴方が生体媒介をやるような人物はライカさん以外にいないでしょう?』
「……推理が当たっていたとしても、俺には貴様にライカを渡さなければならない義務はない。まして渡す気もない、下手をすればライカが死んでいた」
『機体に衝撃が行く程度のビームですから、絶対死にませんよ。もし当たっているようでしたら、貴方にはライカさんを守る権利がないと言うことが確定したんですがね……』
鈍い金色の目が、ライカを見つめる。
「……さっさと逃げたらどうだ?」
『何故です?』
「警備隊が来るからだ」
フォルトがその言葉を述べると同時に、深い青色で統一された「DOLL」が数体会場に下りて来た。
「ライカ、直ぐに逃げるぞ」
「う、うん……」
警備隊の「DOLL」が歪な「DOLL」を攻撃したと同時にライカはリベリオンをその場から離脱させた。
会場の天井にできた穴から抜けて脱出し、会場から離れるとライカは安堵の溜息をついたが、爆音によってそれは無かったものとされる。
「ど、どうしたの?」
「…………」
無言になるフォルトにライカは何度も尋ねるが、フォルトは尋ねずモニターに視線を向けていた。
モニターには、爆音を上げて燃え上がる試合会場が映し出されていた。
そして、近づいてくる黒い影が一つ存在した。
『もう、逃げないのですか?』
「あ、あ……」
「……ライカ?」
「いやぁあああああ!」
ライカは絶叫し、そのまま無我夢中でリベリオンを操作しはじめた。
『……ライカさん?』
「ライカ、落ち着け! 奴は君を傷つけない! 落ち着け!」
「殺された、殺される、死にたくない、此処にいたくない、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ!」
フォルトは自分の身体に絡みついているコードをちぎるとライカを抱き寄せて操作を中断させる。
そして、耳元で何度も「大丈夫」と囁き、目を押さえる。
「何も見なくていい、大丈夫だ。だから落ち着け……」
荒い息をするライカは、身体を震わせたままフォルトのスーツを掴んだ。
『ライカ……さん』
「ルギオン、何を勘違いしている。ライカはソロネに似ているがソロネじゃない。それにライカはソロネと違う意味で『死』に敏感なんだ。あんな形で人が死ぬのを確認させられたんだ。錯乱しないほうがおかしい。解ったら早々に失せろ」
『……私は、諦めませんよ』
通信が途絶えると、ルギオンの『DOLL』はその場から立ち去る。
「ライカ、大丈夫だ。奴はもういない……だから、休め」
フォルトの声に安堵したのか、ライカはそのまま気を失った。
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