お正月を一緒に迎える
お話を大正の時代に戻しますね。
私ことアッコはお正月も高見家でお世話になりました。
この日はみんな服装を整え、男性は黒の紋付袴姿。女性も着物に袴です。色合いは喪中ですから、暗めの色が多いですね。
私はヨシエさんから紺の着物をお借りしました。
正月ですので、オシャレに髪を後ろに結い、お香の入った袋を胸元にしまいます。
そして、みんなで和室にそろって長い座卓(低い机)に向き合うように並び、オセチの入った重箱を前に座ります。
流石は地主で、食材は豊かにあり、オセチは豪華なものとなりました。
お雑煮の餅は米騒動で少ししかなかったのですが、もち麦を混ぜて代用しました。
これは私の案で、高見家の皆さんはずいぶんと喜んでくれました。
栗きんとんも美味しくできましたし、黒豆も甘くておいしいです。
あとセッちゃんが持ってきた新巻鮭も焼くと香ばしく、辛めではあるものの美味しかったです。
雇い主である良一様からも満足したとのお言葉をいただき、一安心でした。
ただ、去年の料理はどうだったかをヨシエさんに聞くと、去年のオセチはもっと品目が多かったのだそうです。
ミエちゃんのお母さんはお料理上手だったのでしょうね。
それでも私からしたらゴチソウでした。
長男であるマサさんはお酒が飲めないのをグチっており、リョウジさんが「喪中だから」と、たしなめていました。
まぁ、その代わり料理にはたくさんのお酒を使ったのですけども……と、ミエちゃんと目を合わせてクスクスと笑います。
幼いヨシ子ちゃんとアキちゃんとサチちゃんも楽しそうにオセチをつついています。というか栗きんとんばかり食べていますね。
ヨシエさんから、ナマスやゴボウ巻きも食べなさいと叱られ、渋々食べるも眉間にしわが寄り、口が「イーッ」ってなっていました。幼い子には苦手な味なのでしょうね。
それを見て、トシさんが笑います。
つられてみんなが笑います。笑顔のあふれる食卓の風景です。
ここ最近、忙しくてどこか遠くに置いてきた風景。それが戻ってきたかのように感じます。
食事が終わったら、皆で部屋を移り、お仏壇の前で数珠を手に合掌します。
遺影の肖像写真には女性の微笑む姿が映っていました。ミエちゃんのお母さんです。その柔らかな笑顔からあたたかい人だったのかな?と思います。
残念ながら生きてお会いすることはなかったので、お話はできませんでしたが、今は手を合わせて祈ります。
『高見家で家事のお手伝いをしておりますアッコです。微力ながらみんなを支えたいと思いますので、どうか安らかに見守っていてください』
顔を上げ、皆の顔をみます。みんな真剣に何かをお話していました。
そんな静かな中で、玄関から大きく明るい声が響いてきます。
「あけましておめでとー!」
「セッちゃんだ!」
ヨシ子ちゃんとアキちゃんとサチちゃんが声の正体に気付き、急いで立ち上がって廊下へ出ていきました。
みんな「やれやれ」と腰を上げて、幼い三姉妹の背中を追います。
玄関にはセッちゃんと、その後ろには大きな男の人が何人も立っていました。
ほんと、熊がゾロゾロと入ってきたのかと思うくらいです。
この人たちは高見家の分家、つまり高見良一様の弟家族と、それに従兄弟の人たちで、ミエちゃんの叔父や従兄弟や又従姉妹の方々でした。
男性の方々が新年のあいさつをする中で、セッちゃんはヨシ子ちゃんとアキちゃんとサチちゃんに大きな凧を見せつけていました。
「でかいやろ~、ウチが作ってんで!糸も長いしごっつ飛ぶで!」
それを聞き、幼い三人は目をキラキラと光らせていました。
高見良一様は困り顔で首を傾げ、「行っておいで」と一声かけると、あっという間に4人の姿が消えました。
「ミエ子、お前も行ってこい。あいつらに無茶さすなや」
「うん、分かった」
ミエちゃんが出ていくのを見送ると、次いで良一様が私に目線を送ります。
「あの子たちをお願いしてもいいかな?」
そうお願いされると、私は「はい!」と二つ返事で返します。
正直なところ、凧あげ、やりたかったのです。
次いで、良一様は声をあげました。
「トシ、お前も行ってこい。ここのところ野犬もおるし、しっかりついて行け」
それを聞きトシさんは静かに首肯して上りかまちを下り、玄関でわらじを履きます。
それから、踵を返して私に言いました。
「なにしとんねん。はよ追わな、あいつらどこまでも行くで」
その声にドキリとして私もイソイソとぞうりを履いてトシさんの背中についていきます。
この時、私の心臓は早鐘を打つかのように脈を打っていました。
栗きんとんをコがしたあの時以来、ろくにトシさんとお話ができていないのです。
お正月の準備も忙しかったですし……いえ、ヒマな時もありましたが、何を話したらいいのか、そもそも、どう話しかけるべきなのか、聞きたいこととかあるけれど、女性の方からズカズカ聞くのははしたないというか、なんというか。
なんなのでしょう?トシさんがあんなことをしたばっかりに、私はなんだか頭が変になってしまいました。
私が悶々と独り言ちながら玄関を出た時には、トシさんは既に家から離れた坂の上の土手に上がり、青空の中でこちらに大きく手を振っています。
「ほら、遅いねん。山育ちやから足は丈夫なんと違うんか?」
そんなことを大きな声で言ってきます。
あんな周りに聞こえるように、私が山の田舎育ちであることを言いふらすかのようにです。
ほんとうに、ほんとうに、粗野!
私はイソイソと小走りで坂を上がって土手へと上ります。すると、山から下りてくる冷たい風に身を少し震わせました。
日が照って気持ちはいいですが、乾燥した空気はすっかり冬なんだなと実感します。
そんな寒空の下、原っぱを駆け回っている元気な……トシさん!?
トシさんが凧を上げ、その後ろをセッちゃんとヨシ子ちゃんとアキちゃんとサチちゃんが追いかけています。
「凧を返せやトシ兄~!」
「かえせ~」
「かえせ~」
「かえちて~」
全力で追うセッちゃん。その後ろを子ガモの様に三姉妹が着いて行きます。
「なにやってんだか」
気付けばミエちゃんが私の隣にいて、呆れた声で言葉を漏らします。私は笑ってそれに返します。
「でも楽しそう」
「せやけど、地主の男児があんなに小童みたいにはしゃいでどないすんねん。トシ兄も15やで、家の恥じやわ」
私は首を傾げました。ミエちゃんの年でお家の事を考えるのは立派なことですが、肩肘を張りすぎな部分があります。
あくまで予想ですが、お母さんを亡くされて、地主の子はかくあるべしという気負いが際立っているのだと思います。
それが彼女を強くしているのだとしても、力を抜く時は抜かなきゃ爆発します。
だから私はミエちゃんの手を取りました。
「そうね、だからトシさんを追いかけなきゃ!面倒を見ろと言われた手前ね」
言って、二人で土手から河川敷へと駆け下ります。
そして、青空の中を飛ぶ凧を追って野原を全力で走りました。
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