苦くて甘い栗きんとん
陽のあたる縁側、時刻は3時。そこで私はおやつ休憩をいただきました。
おやつは栗きんとん……のコゲた部分。新聞紙に包まれたそれを私はカリカリとかじります。
「……苦甘い」
幸い、コゲた部分は鍋底の少しで、「あとは大丈夫」なのだと、セッちゃんが味見して言っていました。
で、コゲさした私は責任を感じ、コゲて堅くなった部分をいただくことにしました。
12月でも西から陽の差すこの時間は温かく、私は足をブラブラと振り、空を眺めては堅い栗きんとんをかじります。
空の雲は西日が当たり、やや黄みがかっています。ふかふかな金色のおふとんのよう。西遊記に出てくる『きんとうん』ってあんな感じなのかな?
とか思いつつ、手元にある栗きんとんを見ると、重いため息がでます。
「なんでこんな失敗したのかな」
気落ちしつつ、もらした言葉。それを飲み込むようにまた一口、栗きんとんをかじりました。
そんな私の背に、重くなるような言葉がさらに乗りかかります。
「どうなんや?おいしいん、それ?」
さも鼻で笑わんとする言い方で聞いてくるのはトシさんでした。
私はトシさんを横目でとらえ、鼻息を立てて言い返します。
「ええ、美味しくできました。私が生まれた山の方では少しコゲさせて食べるものなのです」
「へぇ、そら知らなんだ」
とぼけるように言うトシさん。まったく、人が落ち込んでいるのに、他にかける言葉は持ち合わせていないのかしら?それとも、持っていないだけの『とうへんぼく』(気の利かない人のこと)かな?
彼をほっといて私は視線を栗きんとんに落とし、カリカリとかじっていると、不意に予想外の言葉が耳に入ります。
「ありがとうな」
「へ?」
言われ、トシさんを見ます。
キョトンとする私の隣に腰を下ろすトシさん。彼は言葉を続けます。
「ミエ子のことや。最近、なんや張りつめとったからな。あいつとあんなやりとりは久しぶりや」
「やりとり?」
「売り言葉に買い言葉みたいに言い返してきたことや。ここ最近、素直に黙々と家仕事しとったからな」
「そう…ね。地主の娘だからって気丈でいるって気を張っていましたから」
「そうでも思わな、辛いんやろな。あの年で母親亡くしたら心に穴が開いて、そうそう立ち直れへんで。その穴を埋めるミエ子なりの方法なんやろ。落ち込まれるよりはええけどな」
「トシさんは、立ち直ったの?」
まるで他人ごとのように言うトシさんに違和感を覚え、私は聞いてみました。
すると彼は首をゆっくり傾けます。
「ん~、覚悟しとった、言うか、そんな気がしとってん。それに、そもそも俺のおかんと違うし」
「ミエちゃんとはお腹が違うの?」
「そうや。せやからやろし、幼い時に自分の母親で経験していたからかもな」
そっか。と私は納得します。彼は言葉を続けます。
「ただ、俺の場合、実のおかんが亡くなった時は数日ですんなり立ち直れたんよ。やから半月もミエ子の顔がずっとかたいままで言葉も少ないからどうしたもんかと悩んでたんや。どう言葉をかけたもんかってな」
「うん、私も不安だったし、迷ってた。ミエちゃん、辛いだろうに頑張り詰めだったもの。でもこの師走の時期の高見家は忙しいみたいだし、そういうものだと思ってた」
「そやな、この時期は気を張らなあかんけど、暗くあらないかん言うこともないねん。そんで、さっきミエ子が嬉しそうに廊下を歩いているんに気付いて土間を見に行ったんよ」
見張りじゃなくて?という言葉を私は飲み込みます。
「ミエ子の頭の髪留め、あれアッコさんのやろ?すまんな。いつか別の形で返すから」
「いえいえ、いいですよ。好きであげたのですから」
「そうもいかん。借りも返さんでは男として立つ瀬がないからな」
そういうものなのかな?と私はうなずき、「わかりました」と返します。
するとトシさんは一仕事終えたかのように両手を広げ、背を伸ばします。
私と一つしか変わらないのに、とても大きな体です。広げた腕が私の頭にぶつかりそうになり、思わずのけぞってしまいます。
すると拍子に、栗きんとんを落としそうになり、ワタワタと拾いあげます。
それにトシさんが気付くと、彼は言いました。
「なんや、まだ食べ終わらんのか、その栗きんとん」
私はムッとして言葉を返します。
「レディーはゆっくりとつつましく食べるものなんです」
しかしトシさんは聞いてないのか、
「それくれや、人足(体で物資を運搬する労働者)みたいな仕事が多くて小腹が空いとるねん」
「え、あ、それ!コゲてて!苦くて!」
気付けば新聞紙に包まれていた栗きんとんが私の手からなくなっていました。
「へぇ?山ではコゲた栗きんとんを食べるんと違うん?」
意趣返しか軽口か、どちらにせよ私はトシさんに憤慨します。
まったく、育ちがいいくせに、人のモノを横取りするだなんて!しかも人の失敗を笑うだなんて、なんて粗野!野伏せり(山賊)!
私が顔を真っ赤にしていると、次の瞬間、私は怒りとは別の感情で頬を赤くしてしまいます。
トシさんはガツガツと大きな口でその、栗きんとん、私の食べさしの栗きんとんを食べて、あぁ、
「そ、それ、私、くちをつけて、かじって、へ?あの……あ、ぜんぶ、たべ」
「うん、まあまあやな。ごっそさん」
言ってトシさんは立ち上がり、私に背を向けて離れていきました。
私は何を言おうとしたのかを忘れ、座り呆けていました。
手持無沙汰になった両手を頬に当てると、とても熱くなっていたのを覚えています。
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