女3人よれば姦(かしま)しい


 12月になり、高見家は大忙しでした。

 師走とはよく言ったもので、地主ともなると役所から多くの書類が送られてきたり、大晦日と正月参拝の準備とかで神社の神主と打ち合わせがあったり、その他色々と来客がありました。

 とはいえ、これらは旦那様である良一様や長男のマサさん、次男のリョウジさんや三男のトシさんといった男性方のお仕事でして、来客の対応は長女であるヨシエさんが主に行っていました。

 では、私とミエちゃんはというと、家事はもちろんですが、その合間に冬越えの支度をしていました。

 冬は作物が少ないうえに、雪のせいで道が悪く、食料品が入ってきません。

 ですので、たくさんの保存食を作るのです。漬物とか魚の干物や燻しとかですね。

 朝から作業をしているのは、栗と豆をかまどの鍋で甘露煮にしています。

 今日は冷えるので、私とミエちゃんは厚手の甚平を着ての作業です。

 ミエちゃんは頭にほっかむりをし、私は菜の花飾りの髪留めで髪を後ろにまとめています。動き回るのに髪は邪魔になりますから。

 煮つけで長く火を使いますので、甚平だと少し熱いです。

 そして砂糖をたくさん使う料理なので気をつかいます。砂糖は最近になって値が上がりはじめ、高価なものなので、神経を使い、髪から汗がしたたります。

 火を弱めに調節して、「ふぅ」と一息つきます。そこで、鍋を改めて見て、ぽつりと言葉をもらします。


「栗と黒豆の甘露煮かぁ……あれ?これって」


 と首を傾げて煮つけていると、横でミエちゃんが小さく頷きます。


「せや、栗きんとんと黒豆の甘煮や。オセチ用やね」


 なるほど、と私は頷きます。続けてミエちゃんは言いました。


「喪中やけどもね、正月くらいは豪華なおせち食べたいやん。みんなにはいつも通りのおせちを振る舞いたいねん」


 いつも通り……去年はミエちゃんのお母さんと一緒に作ったのかな?と、私は思い、彼女の表情を横目で伺います。

 ミエちゃんはジッと鍋を見つめ、栗を焦げないように煮詰めていました。何を考えているのかは……読み取れません。

 しばらくの沈黙。台所にはコトコトと鍋が音を立てるのみで、余計に静けさを際立たせます。

 それに私は耐えきれなくて、口火を切りました。


「それにしても、作る量が多いね。ウチのところよりも何十倍は作っているよ」


 それに対し、ミエちゃんはさも当然かのように言います。


「高見家用と、いざという時の備蓄。それと多めに作って村に配る用やね。地主やから、色々と責務があるんやと」

「へぇ~、すごいね」

「そうやろか?毎年こういうもんやと思っとったから分からへん」


 ミエちゃんは声に抑揚なく言います。表情もやや硬いです。こんな調子が半月は続いていました。

 出会った当初はもっと明るい子だと思っていましたが……

 やっぱり、葬式があってから心を塞ぎこんでいるのでしょうか?

 ここのところは忙しいからというのもありますが口数が少ないです。このままの暗いミエちゃんではいけない気がしてきました。ミエちゃんには、明るくなってもらいたい。

 なので、私は明るい口調でミエちゃんとの会話を続けます。


「すごいよ、ミエちゃんは。歳の割にしっかりしているよ」

「地主の子やからな、色々あっても気丈に振る舞わなあかんねん」


 地主の子……この立場が幼い彼女に甘えを許さないのでしょう。

 私は場を和ませようと明るい口調で返します。


「そうなんだね、この前、ミエちゃんは十一才になったし、数えで十二才だから裳着(もぎ=成人)だものね。しっかりしているわけだ」

「ふふっ、裳着て、いつ時代やねん」


 ミエちゃんのツッコミ、そこに少し笑いが含まれていました。


「てか、それトシ兄にも似たようなこと言うてなかった?」

「そうでしたっけ?覚えていません」


「トシ兄が言うとったよ、アッコちゃんが来た時、えらい啖呵切る子が来たもんやと」

「と、トシさんが?無礼と思われたかな?」


 私は焦りました。確かにトシさん相手に何か言った記憶があります。

 トシさんは無神経な所があるとはいえ、奉公先の子息。あまり悪い印象を残すのは仕事上、よろしくありません。

 そんな心配をよそにミエちゃんは話を続けます。


「けど、トシ兄はちょっと前にこうも言っとったで。啖呵切る分、根が強い子や、って」

「それ、ほめてるんかな?」

「さぁ?けどウチもそう思うで、この忙しい時期にアッコちゃんが来てくれて、色々と支えてくれて、音もあげへんし、辛抱強くて、ほんま助かった。ありがとうな」


 急に感謝され、私は少し照れくさくなりました。ミエちゃんをはげますつもりでしたのに、逆に私がはげまされている気がします。


「う、うん、いえ、その……どういたしまして」


 出た言葉がこれで、続く文が見つかりません。

 私が照れてどうするの?と困っていると、ミエちゃんがほっかむりを外して額を手でパタパタと仰ぎます。


「しっかし、あっついなぁ、これ。冬でも鍋の前にずっとおったらこたえるわ」


 確かに、土間のかまどは火をくべる所が下にあり、熱気が上へ上へと運ばれます。これが長時間となると中々に根気のいる作業です。


 ミエちゃんが髪を袖でぬぐっているのを見て、私はあることに気付きました。


「ミエちゃん、ずいぶん伸びたね、髪の毛」


 するとミエちゃんは背まで伸びた髪の先を指で一つまみします。


「あぁ~、ここ最近忙しくて気にするヒマもなかったしなぁ」

「そうなの?てっきり忌中は髪の毛を切ってはいけないのかと思ってた」


「せやからアッコちゃんは考え古いねんて、自分一人なに時代よ」

「ふふっ、じゃあこれは笄礼(けいれい)かな?」


 言って私は菜の花飾りの髪留めを外し、ミエちゃんの髪へ留めてあげる。

 ミエちゃんは戸惑っている様子で、髪留めを触ります。


「えっ、えっ?なになに?どしたん?」

「あげる。菜の花好きだったよね?」

「ええのっ!?」


 ミエちゃんの顔が花開くかのように明るくなり、私は頷きます。


「うん、それにミエちゃんの誕生日、気付いたら過ぎていたもんね」

「そ、それは、喪に服してたし、色々忙しかったし」


 そうなんです。私が奉公に来た時、ミエちゃんは10才でしたが、この半月で気付いたら11才になっていたのです。ですが、お葬式の後だったり、年末だったりで、忙しさに流されていました。

 とはいえ、大正時代当時はお誕生日をお祝いする風習はあまりなく、お赤飯を食べるくらいなものでした。ですが、それすらできなかったので、


「そう、お祝いできなかったから、その代わりなの」

「け、けど、大事な物とちゃうん?アッコちゃんのお母さんからの贈り物やろ?」

「うん。けどまだ何本かあるから、いいの」


 ウソ、それ一本だけ。だけどウソも方便です。


「よく似合うよ」

「ほんま?ありがとう……」


 照れて言うミエちゃん。この顔を見ることができただけで、髪留めをあげたことに惜しい気持ちはありませんでした。


 と、その時です。土間の勝手口がガラガラと開きます。


「ちゃ~っす、魚屋で~す」


 言って入ってきたのは甚平の上に大きな藁でできた蓑を着た10才の女の子。ですが、ふくよかでかつ、がっしりとしていた上に簑姿だったので、一見、小さな熊かと思い、ギョッとしました。

 それに、その女の子の肩には縄で縛った鮭が三匹も担がれていましたから。


「「セッちゃん!」」


 私とミエちゃんが驚いて言います。セッちゃんは二マリとして入ってきます。


「うん、久しぶりやな。半月ぶり?正月用に新巻鮭持ってきたで!しっかしええ時に来たもんやね。なに?この甘い匂い、栗かいな?」

「そうなんよ、できたら後で少しつまんでいく?」


 ミエちゃんがかまどの火を確認し、鍋に蓋をしてセッちゃんの簑を預かりにいきます。


「鮭持って甘いものに誘われるなんて熊みたいやな」


 ミエちゃんが言うと同時に、私は「ブフゥッ!」と笑いを吹きだしてしまいます。


 だって、私も同じことを思っていても、口に出さずにいたことをミエちゃんにサラッ言われてしまったもの。

 それに気付いたセッちゃんが私を指さします。


「アッコちゃんもクマや思たやろ」

「な、なんのことやら?」


 ピシャリと言われ、口から出たのはごまかしにならない言い訳。すぐにミエちゃんが助け舟を出してくれます。


「で、セッちゃん。この鮭どうしたん?立派やね」

「ああ、うん、おとんがな、良一おじのとこ持って行きってな」


「おじさまが?ありがたいわ。セッちゃんとこの年末の仕事は終わったん?」

「ある程度はね。けど子供のウチにできることはそんな無いから、ウチの方はもうええねん。ほんとはもっと早く手伝いに来たかってんけどな」


「それでも十分助かるわぁ~。あ、セッちゃん、寒かったやろ?茶室からお茶の葉、取ってくるから待っといて、アッコさん、鍋お願いね」


 言ってミエちゃんは茶葉を探しに土間から草履を脱いで廊下へと上がって行きました。

 トタトタと足音を立てる彼女の背を、セッちゃんと私は見送っていました。

 そして、音が聞こえなくなると、セッちゃんが私の方へ振り向きます。


「実は心配しとってん、ミエちゃんのこと。けど大丈夫そうやな」

「うん。ここのところ、暗かったけどね、少しは立ち直れたのかな?」


「アッコさんのおかげ?」

「どうだろ?そうだったらいいけど」


「そうか……」

 セッちゃんがうつむき、しばらくして頷きます。


「なぁ、もうちょっとだけ、ミエちゃんと一緒におったってくれへん?」


 真っすぐに私を見つめ、続けて言います。


「ウチもずっとおりたいけど、ちょい忙しいし、年下のウチよりも年がちょい上でしっかりしたアッコさんの方が頼りになるし、話ができると思うねん」


 それを聞き、私は驚きました。話の内容に、というより、セッちゃんがかなりしっかりしていることに。とても10才とは思えません。

 私はセッちゃんの頭を撫でて言います。


「うん、もとから来年の春まではいるつもりだったよ。女学校が始まるまでの年季奉公だったから」

「そうなん?けど正月は?」

「安心して、年末年始、謹んで奉公させていただきます」


 本当は師走の中頃から来年の睦月中頃まではお家に帰りたかったのだけれど、それよりも高見家のみんなの支えになりたい。その思いの方が強かったのです。


 セッちゃんはそれを聞き、心をなで下ろして「よかった~」と柔らかな笑顔をみせます。次いで、ニヤリと怪しい笑みをみせると、

「高見家のオセチ料理はゴチソウだから、それが目当てやね?」


 などとアゴに手を乗せて言ってのける。対し私も怪しくニヤリとし、

「ご明察」

 と返す。


 すると、二人で大きく笑い合いました。

 そこにミエちゃんが戻ってきて、不思議そうに首を傾げます。


「え?なになに?なんかあったん?」


 そんなミエちゃんにセッちゃんが気付き、頷きます。

「うん、正月はミエちゃんとこの正月料理を食べて過ごそうかって、アッコさんと話してたんよ」

「ほんとっ!?」


 ミエちゃんがほっぺをふっくらさせた笑顔でいいます。それを見た私もほっぺがゆるみ、ニコリとしてうなずきます。


「うん、そうなの」

「年末年始も?」


「来年の春まで」

「嬉しい!」


 ミエちゃんが私の胸に飛びつきます。

 初めて見たミエちゃんの年相応な振る舞い。

 お正月に親元へ帰られないのは寂しいですが、ミエちゃんの笑顔を見ると、これで良かったんだと思います。


「だから、お料理いっしょにがんばろうね」

 私が言うと、ミエちゃんは大きくうなずきます。

「任せてや!」


 そして、その横でセッちゃんが明るく言います。


「こりゃ、今年の正月が楽しみやな!二人ともガンバれ!」

「セッちゃんも手伝いに来たんやろ!」

「そうやった!」


 ミエちゃんがツッコミ、セッちゃんがとぼけて言います。

 その二人のやり取りが寄席の色物万才(今で言う漫才)みたいでおかしくて、私は大きく笑い、そしてミエちゃんやセッちゃんもつられて笑いだします。

 まるで神社の鈴が鳴り響くように明るくにぎわった土間。そこに突如、低い声が響きます。


「おう、こら、三人とも、仕事はちゃんとしとるんかいな?」

 声の正体はトシさんでした。彼は廊下からじろりとこちらを見ています。

「まったく、女三人寄れば姦(かしま)しい、なんてよく言ったもんや」


 嫌味を込めて言うトシさんに、ミエちゃんは腕を組んで言い返します。

「なんや、女の仕事場をのぞきに来るなんて、品のない兄やわぁ。この、すけべえ」

「すけべえ!」

「すけべぇ」


 セッちゃんと私も続けて言うと、トシさんは顔を真っ赤にします。


「な、なんやねんそれ!俺はお前らがちゃんと仕事しとるかやな」


「きこえへん」

 ミエちゃんが耳を塞ぎ、その横でセッちゃんが目を両手で隠します。

「みえへ~ん」

 続けて私も口を手で覆います。

「むぅ~」

 見ざる聞かざる言わざる。日光東照宮のおさるさんです。


 それを見て、トシさんはあきれて言います。

「なんやねんそれ、まったく。仕事しとるならええんやけど、なんや鍋が吹いとるで」

「あっ!?」


 言われ、私は慌てて鍋を見ると、フタの隙間から小さな黒い煙が上がっていることに気付き、急いで鍋を持ち上げます。


「な、鍋敷き!」


 言うと、ミエちゃんがすぐに台に鍋敷きを置き、そこに鍋を乗せます。


「コゲた?」

 セッちゃんが聞き、私はうなずきます。


「たぶん、すこし」


 恐る恐る鍋のフタを外すと、甘い匂いが広がると同時に、少しのコゲ臭さが混じります。

 木のヘラで鍋の底を探ると、コツコツと何かに当たる感触がします。


「やってもた……」


 コゲているのが確定した感触。冷や汗が額から噴き出します。


「ほら、いわんこっちゃない」

 トシさんが冷ややかに言いうと、廊下を歩き、離れていきます。

 私は肩を落として鍋をみつめます。すると、ミエちゃんが私の背中を軽く叩きます。


「気にしなや!」

 ミエちゃんからのはげましの言葉。逆に私がはげまされるなんて……


 鍋のほんのりとした苦い香りに、私は思わず苦笑いをしました。

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