第11話 試験
試験日の朝、水崎さんが一人で教室にいた。
普段なら信と一緒に登校してくるので、この光景は珍しい。
「あれ? 水崎さん? 早いね。信は一緒じゃないんだ」
「あ、
「ああ、なるほど。あいつ朝弱いからさすがに連れてけないわけか」
「しょうゆこと」
そういいながら、カバンからおもむろに醤油瓶を取り出して机の上に置いた。
「なんでそんなん持ってんだよ!? つーか、古くねーか、そのネタ……」
「まあまあ、これはマイ醤油だよ〜。今日は食堂で魚焼き定食を食べるから、それについてくる大根おろしにこれをかけるの。私、大根おろしは九州の甘口醤油じゃないとだめなタイプなのよね〜」
「そ、そっか……よかったな」
そう言うと醤油瓶に続いて、カバンから腑抜けた面構えのこけしこけしをとりだした。
「まてまて、なんだそれは」
「ん? こけしー!」
いや、まて。醤油瓶まではギリギリ理解できたが、さすがにこけしこけしが必要な意味は分からない。
「かわいいでしょうー?」
ニンマリとしながらニシシと笑いかけてくる。はい、かわいいです。
「やっぱりこれがないとだめよねー」
「いや、なんでや!」
この俺をツッコミ役にさせるとは、やはり水崎さんは天然なところがある。
「今日のラッキーアイテムなの! 占いでやっててさー、ゲットするのに苦労したんだから!」
「ああ、なるほど。そういうことか」
ようやく察しがついた。今日は数学のテストがある。
例の如く水崎さんは勘で問題を解くので、運気を高めるために持ってきたのだろう。
早朝に参拝してきたのもおそらく同じ理由だ。
「まあそんな話は置いておいて」
「ん? どうしたの?」
「実は
首を傾けながら、お願いするように聞いてくる。
水崎さんが俺に相談とは。なんて素敵な出来事だろうか。どれどれ、おじさんがなんでも聞いてあげちゃおう。
「うん、もちろん」
「あのね、
「そ、そう?」
「うん、西園寺さんとクラスで一番仲良しなの、
「まあ、確かによく話しはするかな」
「でしょ! それでね、どうやって仲良くなったのか教えて欲しくて……」
「どうやって……かぁ」
「私さ、西園寺さんと仲良くなれるかな?」
「何か不安なところとかあったりするの?」
「ほら、西園寺さんってなんだかすっごく頭いいでしょう?」
「ああ、俺もそう思う」
「正直、どれだけ頭がいいのかすら私には分からないレベルだと思うんだけど、そんな私がちゃんと仲良くなれるのかなって……ほ、ほら、私、そんなに頭良くないからさ、西園寺さん、本当はいつも私に合わせてくれてるんじゃないかって心配になっちゃって」
何故だろうか。ここまで性格も思考回路も違うのに、二人はどこか似ているところがある。
西園寺さんもまた、自分の頭の回転が早すぎるが故にコミュニケーションがちゃんととれないのではないかと感じていた。
確かにこれは問題かもしれない。
けれども、お互いに示しを合わせたように同じ問題に悩み、その悩みの根幹に仲良くなりたいという願いがあるというのは、なんとも微笑ましい状況でもあった。
互いの胸のうちに同じ問題と、同じ思いを抱えている。だからこそ断言しよう。
「大丈夫だよ。全然、心配いらない」
「ほんと!?」
ガタリと音を立てながら勢いよく立ち上がった。
「私、いっつも西園寺さんに色々と教えてもらってばっかりなのに!? 大丈夫かな!」
「大丈夫大丈夫! 問題なっしんぐ! 西園寺さんってああ見えて話したがりで教えたがりなんだなーこれが」
「え、そうなの? いつもは大人しくてお淑やかな感じだから、あんまりおしゃべりさんおしゃべりさんなイメージはないけど」
「ああ、そこはキャラ設定の問題だから、気にしなくていいよ」
「キャラ設定?」
「あ、いや! まあとにかく西園寺さんはおしゃべりするの、本当は好きな人だよ」
「そうなんだ。確かに
「どうって、別に悪くは思ってないよ。むしろ西園寺さんの方から仲良くしたいって思ってるんじゃないかな」
「ほんと!? じゃ、じゃあさ、どうしたら仲良くなれるきっかけつくれるかな!」
「うーん、そうだな……」
考えていると西園寺さんご本人が登場した。
「浅野くん、おはよう」
いつも見せてくる悪魔的な笑みと比べると、朝の挨拶に相応しいにこやかで優しい笑顔だった。
やはりみんなの前では西園寺玲亜はおしとやかな美少女なのである。
「おっはよー、西園寺さん。くぅー、今日もマブいっす!」
「ええ、そうね……じゃなくて、全く、浅野くんは今日もお世辞が上手ですね」
俺の前だからか若干、素が出そうになっていたのが内心おもしろかった。
「水崎さんも、おはよう。今日は早いんですね?」
「お、おっはー、西園寺さん! 今日はテストだから張り切っちゃって!」
「朝からテスト対策ですか? えらいですね。ちゃんと赤点は回避してくださいよ?」
「大丈夫大丈夫〜、今日はこの子がいるから!」
例のこけしの頭を誇らしげに撫でてみせた。
「え、あの、これは……」
西園寺さんの頭蓋の内側でフル稼働しているスーパーコンピューターがショートしかけていたので、俺はすかさず耳打ちすることにした。
「あれ、ラッキーアイテムなんだってさ。ほら、今日数学のテストだろ?」
「ああ、なるほど……って、水崎さん、勉強の方はちゃんとしたのかしら?」
「あ、それは……やったり、やらなかったりでして……」
水崎さんの目が見事に泳いでいく。やはりこの子は素直で分かりやすい。
俺は『助けてあげてください』と西園寺さんにアイコンタクトをとった。
すると彼女はため息をつきながらも少し嬉しそうにして
「もう、しょうがないですね。ほら、教科書出して?」
「えっ?」
「いいから。今からでも山張れるところ、教えてあげます」
「いいの!?」
「はい。水崎さんだけ一緒に進級できなかったりしたら夢見が悪いじゃないですか」
「あ、ありがとーーー」
やっぱり教えたがりである。この調子ならお互いに今抱えている心配が杞憂であると分かるのも時間の問題だろう。
机をくっつけて教えてあげている様子は、なんとも尊い景色であった。
そうこうしているうちに試験の時間が近づいてくきた。いつものように信が遅刻ギリギリでやってくる。先生は朝礼を済ませて早速テストを開始した。
「はい、じゃあはじめるぞー。机の上は筆記用具だけなー」
みんながカバンに参考書をしまっていく。
「こけしちゃん、よろしく頼んだよ」
水崎さんは相変わらず念を込めていた。
「おい、水崎? なんだそれは。関係ないものはしまっておけよー」
「あ、センセ! これはとっても関係があると言いますか」
「どういうことだ?」
そう言われるとおもむろにこけしこけしの頭を外していく。
すると頭から鉛筆が伸びており、ちゃんと書き物として使えるようになっていた。
なんだその珍品は。
「じゃーん! ちゃんと筆記用具なんですーかわいいでしょうー?」
「な、なんだそれは……ま、まあよかろう。最近の女子高生の流行りは分からんな」
いいえ、先生。これは女子高生の間で流行っているわけではなく、水崎さん特殊な儀式なんです。と伝えたいところだが、試験がはじまるので大人しくしておく。
まあなんにせよ、こけしの脊髄をつまみながら解答用紙を埋めていく美少女の姿は、なんとも珍妙なものであったが、一生懸命な様子は見ていてかわいらしい。
さすが水崎さん。なんでも似合う。
しかし、まさか、今日のこの日を境に、クラスの女子の間でこのこけしペンこけしペンが本当に流行り出すなんて思ってもみなかった……。
さて、試験も無事終わり、いつもの日常が戻ってくる。
水崎さんはまた部活がはじまってしまったので、勉強会は一時解散。
俺は次の作戦を西園寺さんと立てることになっていた。
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