フローレス学園の百合と薔薇 〜禁断(?)の花園へようこそ!〜
紫陽花
第1話
王国中の貴族子女が通う名門フローレス学園。
ここでは今、四人の美男美女が生徒たちの注目を集めていた。
「見て! 皆様が揃っていらっしゃるわよ!」
「まあ、珍しいわね! 四人揃うと眩しいくらいの神々しさだわ……」
「おい! 今、エレノア様が微笑まれたぞ……!」
皆の視線をさらっているのは、エレノア・オルディス侯爵令嬢、フェリシア・エインズワース男爵令嬢、カーティス・ガーランド侯爵令息、デリック・シェラトン子爵令息の四名だ。
エレノアは艶やかな黒髪と切れ長の赤い瞳が理知的な印象を与える、スタイル抜群の美女。
フェリシアはふんわりとしたホワイトブロンドと淡い水色の瞳を持つ、妖精のように可憐な令嬢。
カーティスは、さらりとしたアイスブルーの髪と鋭い金色の瞳がよく似合う、クールな雰囲気をまとった細身の美形。
デリックは鮮やかな赤い髪に緑色の瞳で、がっしりとした体つきながら、ややあどけなさのある笑顔が目を引く美男子だ。
四人はその整った華やかな容姿から花に喩えられ、エレノアは黒百合、フェリシアは白百合、カーティスは青薔薇、デリックは赤薔薇、四人まとめて「フローレス学園の四輪の花」と呼ばれていた。
フェリシアがカーティスとデリックに向かって話しかける。
「お二人は今日も仲がよろしいですわね」
「はは、俺たち案外気が合って。カーティスにはなんでも話せるんです。というか、フェリシア嬢とエレノア嬢もいつも一緒じゃないですか」
「ふふっ、私たちも共通の趣味がありまして……」
「共通の趣味ですか?」
カーティスが質問しようとしたところで、エレノアがフェリシアの手を引いた。
「フェリシア、あまりお喋りしてると迷惑になるわ。もう行きましょう」
「あっ、そうですわね……。ごめんなさい、お姉様。それではカーティス様とデリック様、私たちは失礼いたします」
「いや、俺たちのことは気にしないでください。では、また!」
別れ別れになった二組を眺めながら、生徒たちは嘆息する。
「ああ、もう別れてしまったわ」
「いつもすぐに別々になってしまうのよね……」
「でも、レアな場面が見られて運が良かったな」
「今日はいいことありそうだ」
◇◇◇
「まったく、あなたはすぐ余計なことを口走るからいけないわね、フェリシア」
「ごめんなさい、お姉様。お二人にお会いしたらつい浮かれてしまって……」
学園の裏庭のベンチで、エレノアがフェリシアの口もとを軽くつつく。
フェリシアは丸い瞳を潤ませながら上目遣いでエレノアを見つめた。
「その気持ちは分かるけれど、わたくしたちの気持ちは決して気づかれてはならないのだから、充分注意しなくては」
「そうですね、これから気をつけます……」
反省している様子のフェリシアにエレノアが小さく微笑んだ。
「でも、フェリシアのおかげでいい台詞が聞けたわ」
「ですよね、お姉様……!」
「「"カーティスにはなんでも話せるんです"……ですって!!!」」
エレノアの落ち着いた声とフェリシアの可憐な声が綺麗にハモる。
「"カーティスだけにはすべてを曝け出して甘えられる"ってことですよね……!?」
「ええ、そうね。"カーティスはどんな俺でも受け止めてくれる。そんな彼を俺は決して離さない"ということね」
「んああああ……! 最っ高です、お姉様……!」
「ちょっとフェリシア、あなた鼻血が出てるわよ。これでお拭きなさい」
興奮のあまり、涙とともに鼻血も流してしまったフェリシアにエレノアがハンカチを差し出す。
「すみません。この間、屋上で抱き合うお二人を見てから妄想が捗ってしまって……」
「分かるわ。カーティス攻めと見せかけてのデリック攻めの下剋上……。味わい深いわ」
「ああ、お姉様……! 最高の理解者に出会えたことを神に感謝いたします……」
「わたくしも、あなたという同志に出会えてとても幸せよ」
「お姉様っ!」
カーティスとデリックという美男子二人の秘めた恋心を陰から愛でて悶えるという共通の趣味で結ばれたエレノアとフェリシアは、その腐り切った瞳を真っ直ぐに見つめ合わせながら、にっこりと微笑むのだった。
◇◇◇
「……おい! 見たか、今の!?」
「見た」
「最高すぎだろ!?」
「最高だった」
目立たない裏庭のベンチが見渡せる学園の屋上で、デリックとカーティスが声を震わせる。
「エレノア様がフェリシアの口もとをツンッて……何あのスキンシップ! どういうご褒美?」
「そのあとの上目遣いでエレノアを見上げるフェリシア嬢の表情もよかった……」
デリックは額に手を当てて天を仰ぎ、カーティスは目を瞑って先ほど目にした光景の余韻に浸っている。
「涙を流したフェリシアにハンカチを渡すエレノア様もツンデレみがあってマジで尊いしさぁ」
「二人でしばらく見つめ合う姿はまさに汚れなき黒百合と白百合……。プラトニックで神聖な雰囲気があって非常に理想的だった」
「分かる、分かるよ、カーティス……!」
「君なら理解してくれると思ったよ」
デリックとカーティスが固い握手を交わす。
この二人もまた、エレノアとフェリシアの秘密の恋を陰ながら全力で守ると誓い合った百合愛好家の同志だった。
◇◇◇
「まあ、カーティス様、デリック様、ご機嫌よう」
「エレノア嬢、フェリシア嬢、良い一日を」
百合と薔薇の背景を背負った令嬢二人と令息二人が、今日もすれ違いざまに挨拶を交わす。
互いの信念──百合と薔薇の間に挟まってはならないという強い想いから、いつも会話は最低限だ。
そんな彼らの姿を見て、何も知らないその他の生徒たちは羨望の溜め息をつく。
「ねえ、ご覧になった? あのお互いを見つめる眼差し……」
「ええ。隠しきれない秘めた想いが感じられるようでしたわ……」
「私はエレノア様とカーティス様がお似合いだと思うのよね」
「分かる……。僕はフェリシア嬢とデリック様が相思相愛だと思うんだ」
たしかに秘めた想いは存在するが、残念ながらそれは一般生徒たちの期待とはあまりにもかけ離れている。
カップリング予想も全くの見当外れであったが、皆そんなことを知る由もない。
「皆様、これからも『フローレス学園の四輪の花』の恋模様を見守っていきましょうね……!」
「ええ、もちろんよ!」
「当然さ!」
こうして、今日もフローレス学園の生徒たちは誰も彼もが、麗しく芳しい幻の恋模様に酔いしれるのだった──。
フローレス学園の百合と薔薇 〜禁断(?)の花園へようこそ!〜 紫陽花 @ajisai_ajisai
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