不人気底辺VTuberに僕だけがガチ恋してた
汐留ライス
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時間と体力と精神を粉チーズでも作るみたいに極限までゴリゴリ擦り減らして、それでも社会には何一つ貢献することのない仕事。
座りすぎてお尻に激痛が走るまで働けどじっと手を見れど終わりは見えず、残りの仕事は明日(※1)の自分に託して、会社を出るなり駅へと猛ダッシュ。
肺がぶっ壊れそうなくらい疾走する全力少年でギリギリ間に合った終電は、僕みたいな末期の社畜と泥酔者がぎゅうぎゅうに詰めこまれたちょっとした地獄みたいな閉鎖空間の中。
その中で僕は、ドアのガラス面に顔をぐいぐい押しつけられながらスマホを取り出す。起動したYouTubeでリストの1番上に出てくるおすすめ動画は、VTuber(※2)
『まあ大体そんな感じで、サロル肉食ってりゃどうにかなるもんなんですけど』
途中から聞いても話の流れが全然わからないけど、今はそれよりも画面上でひょこひょこ動くアニメ絵のアバターに夢中。彼女が動いて何か言ってる姿が見られれば、それだけで癒されるんだ。
だって僕は、サロルにガチ恋(※3)してるんだから。
†
丹頂サロルは鶴が人間化したっていう設定のVtuberで、テンションは基本的に低め。
歌枠(※4)は少なく、雑談やゲーム実況がメイン。所属や他の事務所に所属するVtuberとのコラボもあまりない。
コミュ力そのものがあまり高くないみたいで、日常生活にも支障が出てるのが雑談なんかから察せられる。
切り抜き(※5)からさらに抜粋すると、例えばこんな感じ。
『サロルこの前コンビニ行ったんですけど、そこでサンドイッチ買ったのね。なんか、アボカドとチーズの入ってるやつ。あとサラダチキンとコーラ。で、レジ行くじゃないですか。そしたら、店員に聞かれるワケですよ。「お箸つけますか」って。でもおかしくない? だってサンドイッチとサラダチキンだよ、どこに箸使う要素あるの? そう思ってサロル、その店員に言ってやりましたよ、コミュ障なのに勇気出して「結構です」って。そしたら店員、そのまま手に持ってた箸を袋に入れやがんの。じゃあなぜ聞いた? って思ったけど言いだせなくて、そのまま箸もらってきちゃった。たぶん聞こえてなかったんだろうね。しょうがないからサンドイッチとサラダチキン、箸で食べてやりましたよ。食べにくかったぁ』
†
そんな挙動不審を具現化したようなサロル、歌わせたらキャラが一変して超絶美声を響かせる――なんてこともなくて、決して下手ではないものの、素人でそこそこカラオケの上手な人くらいのレベル。
なのに僕はそんな彼女の歌ってる動画を一目見て、ハートを持ってかれちゃったんだから世の中わからない。
というのも彼女、おせじにも人気があるとは言えない。むしろ決して大手とは言えない所属事務所の中でも、かなり不人気な方に位置してる。
見た目がかわいいのはアバターだから当たり前だし、先述の通りメンタルはクソザコなもんで、話はボソボソしてて聞き取りづらいし、内容も特に面白いワケじゃない。加えて歌唱も素人レベルでは、そりゃ人気が出る方がおかしいってもの。
同接(※6)が100人いくこともめったにないし、深夜の配信なんかでは10人ちょいなんていう屈辱的な数字になることさえある。
チャットを見ても常連ばっかりだし、その常連も定型文を繰り返してるだけで、早い話が熱を感じない。
そんな不人気VTuberのサロルに惹かれちゃった以上、可能な限り配信はリアタイ(※7)するしスパチャ(※8)も送る。
彼女に喜んでもらえることが僕の喜びでもあり、ブラック企業で魂を削られた僕の癒しにもなってるのだ。
†††
※1:日付が変わってるから、厳密には今日。
※2:バーチャルYouTuberの略。配信者が実際に姿を見せる一般のYouTuberとは違い、2Dや3Dのアバターを通して架空のキャラクターを演じた上で配信を行う。
※3:推しに対して、本気で恋愛感情を抱くこと。VTuberに限らず、一般のアイドルや芸能人に対しても使われる。
※4:歌唱をメインで行う配信。他のアーティストやボーカロイドの楽曲をカバーしたり、(あれば)オリジナルの楽曲を披露したりする。
※5:配信された動画から、面白い部分や重要な部分だけを抜粋して、字幕をつけるなどして再編集した動画。公式が作る場合も、視聴者が勝手に作る場合もある。
※6:同時接続の略。配信をリアルタイムで視聴している人の数。人気の配信者だと、1万人を超えることもしばしば。
※7:リアルタイムの略。「リアタイする」は「リアルタイムで観る」の意味。
※8:スーパーチャットの略。YouTubeの機能で、視聴者が配信者にお金を贈れる。チャットの内容は配信者も見てるから、お礼を言ってもらえることもある(※9)。
※9:必ずではない。夢見んな。
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