第10話『ギャンブル』

 闇でできた横に長い走行機械は、煙突から煙をはきだしながら、砂漠の表面を蹴りあげるように、不規則だが意志をもった無数の足が空中をかきあげてゆく。甲板にはイビツな椅子とテーブルが所狭しと乱雑に在る。怪物は甲板の真ん中にあるイビツな椅子に腰をかけている。テーブルの真ん中には金属の器があり、器からは煙があがっている。タイプライタ類は甲板の隅でじっと動かない。


「こちらに来なさい」


 ツナギを着た男は、怪物の向かいに座る。怪物はポケットからある物をとりだす。


「ここに角ばった六面体がある。これらの面は現実だ。そして、この中には想像力がつまっているらしい」


 怪物は六面体を振る。もちゃもちゃと鈍い音がする。中身は柔らかい液体みたいな感じかもしれない。怪物は、テーブルにある金属の器に入った液体に六面体を浮かべる。六面体は少しずつ膨らんでいるように見える。


「このまま放っておけば角がとれて、いつしか、平面が無くなる」


 怪物は立ち上がり、金属の器から六面体をひろいあげる。六面体が透けはじめる。六面体の中に世界が在る。ゆっくりと各々の面のところどころが隆起してくる。怪物は、イビツな六面体をツナギを着た男の眉間にめり込ませてゆく。眉間から、砂鉄が混じった油があふれる。六面体は、ツナギを着た男の頭の中をぐるぐるとまわりながら落ちつく場所をさがしている。ツナギを着た男は、六面体が静止するまで、目を見ひらいたままじっと動かない(怪物は、タイプライタ類を抱えあげ、そろそろかなと放り投げる。タイプライタ類は砂漠の真ん中に落ちる)。ほどなくツナギを着た男は微笑んで語る。


「表面にある現実と現実の繋ぎ目を鋏で丁寧にきって、時間の流れも重力も空間も無視して、部分部分を重ねながら平らにつなぎ合わせて、一団の平面にすればいいでしょう。どうせ中身は空っぽなんだから。最期に僕を現実の向こう側に連れていってくれませんか」 


奥にピエロ男があらわれる。


「いいですよ。こちらに来てください」


 ツナギを着た男の頭が、少しずつ大きくなっているように見える。

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