実験都市のガーディアン

南阪渚

Prologue 日常

 私、椎津衣織の1日は早い。普通にご飯を食べ、普通に髪を整えて、普通に高校に行って、普通に授業を受けて。ただ、放課後は少し変わってるかもしれない。

 私の本業は学生ではない。まあこの「アーベニアポリス」で暮らしている高校生のうち、半分近くは学生が本業ではない。高校に通いながら会社に勤めている人もたくさんいる。このダークオーシャンという日本企業によって作られた実験都市はユーラシア大陸にあり、世界にどこの国にも属さない特別行政区として認められていることからあらゆる国の法律が適用されず、独自の「条例」という名の法によって社会が成り立っている。通貨は日本円とレートが同一のアーベニア円、言語は日本語。この都市において学生が職についていることは何ら不思議ではない。でも問題は私が就いている仕事だった。

 放課後向かうところは高くそびえ立つセントラルタワー。アーベニアポリスの中心部にある行政組織が集まったビルで、ありとあらゆる情報はここの地下にある巨大サーバーで管理されている。そのビルこそ、私の勤め先だ。

 私の仕事は「ガーディアン」。この都市を管理する中心システム「ザ・バーテックス」の巨大サーバーとアーベニアのセントラル地区を統括する組織だ。一応SEとしてシステムの保守も行うが、ガーディアンたちには他にも大切な仕事がある。バーテックスの防衛、およびセントラル地区の治安維持だ。

 アーベニアポリスのセントラル地区以外のノース・カントリー地区、イースト・ポート地区、サウス・ファーム地区、そしてウエスト・マウンテン地区にはそれぞれ地区警察がいるがセントラル地区はガーディアンが警察の役割を担っている。理由は簡単、その方が手っ取り早いからだ。バーテックスをハッキングしてアーベニアポリスを支配しようとする輩は多い。バーテックスはリレーを繋げてもオンラインでは侵入できないような仕組みになっているから、近くまで接近しないと侵入ができない。そんなシステムを乗っ取ろうとする輩を街中で発見、拘束するためにはどうしても警察権が必要なのだ。

 その関係で、ガーディアンはこの都市の治安維持組織の中で唯一アーベニアポリス全域の調査介入権も持っている。

 セントラルタワーに着くと、私はエレベーターにスマートフォンをタッチし、15階、ガーディアン本部を選択する。扉が閉まったエレベーターが上へと動き出す。微かな振動とともに10秒ほどで目的の階に到着し扉が開く。小さな部屋にチェックゲートが置いてあるので、そこにもスマホをタッチし通過する。その先の廊下に並ぶドアのうちの一つ、更衣室でユニフォームである紺の防弾服に着替える。ちなみにこの服はその場所の明るさによって色の明度が変わる特殊素材で、昼間の地上では青色になり、逆にある程度暗い場所では黒に近い色になる。これにより普通の服より暗い場所に隠れやすくなっている。

 そして今度は待機室へと入室する。すると

「お、おはよう衣織」

タッグの保津三春乃先輩が話しかける。

「おはようございます春乃先輩。まあつってももう夕方ですけども」

「まあまあ座りたまへイオリ。ぼちぼちいかなきゃなんないけど眠いから30分だけ寝させて欲しい」

「いやいや先行ってから寝てくださいセンパイ!」

まあいつもこんな感じだ。全くこの先輩は真面目に仕事する気があるのかと心配になるが、この先輩やる時はやる。

 いつも私の学校の話なんかをしたりしながら地下にあるバーテックスの周りや外を巡回し、外からの損傷やシステムの点検、セントラル地区のパトロールをしたりする。今日はバーテックスの周りを巡回していた。

「————で私の担任の先生が最近ちょっと脚を痛めてしまって」

「ほーそりゃ大変だねぇ。でも衣織?そうしてるとキミも脚痛めるかもよ?」

「えなんでですか?」

「そりゃあそこにドローンがいるから」

「っ!?」

うわぁ気づかなかった。ホントじゃん物陰にハッキング用のドローンいるじゃん。

 形から見て一般的な自立して動作するハッキング用のドローンだ。基本的に静音性が高く、ただでさえ見つけづらいのに警戒人員から隠れるように行動する為見つけづらいことこの上ない。そして基本隠れるが、見つかったと搭載システムが判断した場合応戦してくる。今も搭載してある小型銃を自分達の方向に向けてきている。

「させるかっ」

脚にインプラントしてあるアシストモーターを全開にしながら走って撃たれる前に制式銃のACRアサルトライフルをセミオートでドローンに2,3発撃ち込む。ただしコンピュータウイルスが入っているはずの場所は避けてできる限り駆動部と銃の部分に撃ち込む。動かなくなったドローンを拾い上げたところで後ろから

「へーすごいじゃん。コイツ一発も撃たずに無力化させられちゃったよ」

先輩が声をかけてきた。私は後ろを向いて

「いやいやすごくないですよ。気づかなかったんですもん」

と答える。

「あーそれね、普段からドローンが隠れやすそうな場所確認しておくといいよ。そこに注意しとけばすぐ見つかるからー」

「なるほど……参考にします」

しかしそれにしても最近侵入してくるのはこういうドローンが多い。

「しっかし最近はコイツ多いなー」

……同じこと言ってる

「ですねー。やっぱり気を付けておかないとかな」

「だねー。そのうち総力戦とか仕掛けてくるかもよ?」

「いや冗談になってないんでやめてもらえますか」

「ゴメンゴメン」

そういう雑談をしながら巡回を終えて待機室へ戻ってきた後、解析部に撃墜したドローンを引き渡す。

 春乃先輩はこれから帰るそうなので、私もセントラルタワーのバス停の列に並び帰路につく。混みまくったバスに揺られていると最寄りの駅に着く。そこで新都市鉄道セントラル環状線、ウエストシティ線と乗り、ベッドタウンのリポスタウンへと帰る。ここで私は一人暮らしをしている。ちなみにアーベニアポリスでの成人は15歳なので私は成人して1年経つことになる。

 晩御飯を適当に食べた後、学校の課題をそこそこにお風呂に入りベッドの布団に潜り込む。カーテンの隙間から明るい月の光が漏れていた。いや、街の明かりだろうか。そんなことを考えながら眠りにつく。

 これが私の日常だ。

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