第60話 女神さまの素顔
誰よりも余裕のあるイメージのカルヴェーナさまだけど、今回ばかりはご様子が違う。いたく真剣な感じで、まっすぐに言葉を発してこられる。
「改めてになるが、そなたにまでリスクを負わせる提言は、やはり申し訳なく思っている。ただ……あれで人死が出れば、近隣を守る指導層は大なり小なり責められる。そうでなくとも、あの子は気にするだろうしな」
カルヴェーナさまの口から初めて聞いた、「あの子」という表現が誰を指すのか。問うまでもないことだった。
「私だって気にしますよ」と応じると、カルヴェーナさまはニコリと微笑まれ、仰った。「あまり堅苦しくならなくていいぞ」と。
それからすぐ、表情を引き締められる。
「……話を戻すが、そなたに手伝ってもらうように仕向けたのは、結局のところ、私にとってはあの子がいちばん大切だからだ」
「それは……使徒をお持ちの神々であれば、ごく普通のことなのでは?」
かすかに罪悪感のようなものを
「神にも色々といてだな……使徒を大事にしない者は、さすがに聞いたことがないが……使徒のひとりひとりへの入れ込みようは、いくらか違いがある。その点で言えば、私はだいぶ愛情深い方だ」
それから、イイ笑顔で「自分で言うのもアレだし、普段の私たちも結構アレだがな」と続けられた。やっぱり、そういう自覚はおありのご様子。
ただ、互いに憎まれ口は叩きつつ、内心は憎からず思っておいでだろうってのは感じていた。
続いて話は、例の山神様に関するものに移った。「アレを最初に討伐したのは、アシュレイの一家の始祖でな……」と、近隣一帯の歴史の講釈が始まる。
港町アゼットができる前から、このハスタール王国としては抑えておきたい要所という認識があった。
というのも、東の森林地帯に端を発すると思われる魔獣の軍勢を迎え撃つのに、近隣の地勢が好都合だからだ。南には海、北から北西へは山岳地帯。付近に平原が広がりつつも、海と山に挟まれた
しかし、大問題があった。
敵は魔獣だけじゃない。秋から冬に差し掛かる頃、雪を操る大巨人が山に棲まうという。山に人を寄せ付けないその存在は、近隣の民から山神様として恐れられていた。
そこで、山神様なる存在と交渉――事の次第では調伏――するために、国の中央から実力者が派遣された。アシュレイ様のご一家、コードウェル伯爵家の第一代目だ。
結果的に、伯爵は山神様との対話を断念。「話にならない無法者」として討伐を決意。精兵を引き連れての激戦の末、山神様の討伐に成功した。
とはいえ、現代にも伝わる通り、ただ倒しただけでは存在が消滅しない。豪雪が一時的に収まるものの、それだけ――だと思われていた。
他方、自身を打ち破る存在、それも取るに足らないと思っていた人間という生物に、山神様は興味を惹かれたという。
「話にならない」超常の存在が、「一応は話が通じる」ところまで降りてきた。
そうして、伯爵と山神様との間で、幾度となく対話と戦闘が繰り広げられた結果、ひとつの密約が設けられた。
――やりすぎない程度の
昔話に一息ついた後、カルヴェーナさまは山へ軽く振り向かれた。
「あの山には魔獣が一匹もいないだろう? 東の森にはいくらでもいるというのに」
「……もしかして、《源素》を山神様が独り占めにしているとか?」
「おそらく、正解なのだろうな」
小さなため息の後、お言葉が続く。
「実のところ、アレだけの《源素》を『一応は話が通じるバカ』が集中的に持っているおかげで、助かっている面はある。多量の《源素》が山中に散れば魔獣が増えて、薬草取りも大変だろう。それに、ヤツが暴れるのは冬季限定だ。そもそも自然と外出が減るおかげで、経済的な損失はさほどではない」
大地の彫刻家との異名を取る女神さまの口から「経済的」という文言が出てきて、少し意外に感じたものの、話の筋は納得できるものだった。
心情的にはともかく。
「ヤツが言う
しかし、カルヴェーナさまの口調は、山神様の肩を持つって感じではない。同じ超常的存在への、ある種の理解を示しつつも……落ち着いた態度の中には、やりきれない感情が揺らいでいるように感じた。
「そういった諸々は、アシュレイたちも認識している。もしかすると、国や街の上層部のみならず、領民たちもうっすらとな。『山神様は、いないよりはいた方が……』と」
そこで言葉が途切れ、続きにはいくらか時間を要した。
「それでも、人死は出る。毎年、出るかどうかというぐらいにまで、皆がきちんと対応できているが……」
そして……そういうことが起きてしまった年のアシュレイ様を、カルヴェーナさまは何度も見続けておいでだったのだろう。
少し間を置き、「ありがとう」と優しいお言葉が胸に響いた。
俺に手伝わせたのは、この地の領民のため、ひいてはアシュレイ様の心情のため。
結果論として勝ちはしたものの、俺がヨソ者としては不要なリスクを背負ったのも事実。
しかしまぁ……やってよかったと思う。
ただ、カルヴェーナさまにとってはご自身の使徒が一番大事ということで――その宣言自体は、俺にとっても喜ばしくあるのだけど――俺のことを気にかけていなかったというわけでもないらしい。
「こう言うと、おためごかしのようだが」と、苦笑いで前置きなさる。
「あの子の性格から言って、戦利品の《源素》はそなたが一番多く受け取れるよう、取り計らうだろう。そなたが遠慮するのも見えていたが、たぶん、あの子が押し切るだろうと」
実際、自然な流れでそうなったわけだ。俺にとって、タダ働きなんかじゃなくて、得たものはしっかりとあった。経験とか出会いもそうだけど、実利的な要素としての戦利も。
単なる「神の使徒」ではなく、自らの魔力で神を顕現させることのできる「勇者」、そのステップアップのため、さらなる《源素》が俺には必要だから。
そこで俺はハッとした。
「もしかすると、これで足りたんでは……」
「それはわからんが……大きな足しになったとは思う」
実際、どうなってるのかはわからないけど、かなりの前進には間違いない。達成感を新たに、胸を躍らせる感じも味わう俺だけど――
にこやかだったカルヴェーナさまの顔が、少しずつ曇っていく。変に思う俺の前で、ついに「すまん」と謝られた。
「そなたの栄達に
すごく申し訳無さそうに発せられたお言葉に、最初は不思議な違和感があった。
俺の神さまは、ほとんど誰にも知られていない。
でも、カルヴェーナさまは――きっと、リーネリアさまの親友のように思える。
だから……カルヴェーナさまからすれば、俺のことを気にかけつつも、実際には利用してしまったという認識がおありなんだろう。
では、誰のために利用したかというと、主にアシュレイ様とリーネリアさま。
ご自身の使徒の前とは大違いで――なんて思うのも超失礼だろうけど――誠実に謝意を示してこられる女神さまを前に、俺は少し考えた。
「少し思ったんですけど……別に問題ないのでは?」
「……というと?」
「いや、俺とカルヴェーナさまとで、色々と利害が一致しているように思いますし。別に、利用されたとかそういうのは……」
もちろん、カルヴェーナさまの中で、俺の優先順位はアシュレイ様とリーネリアさまの下だろう。
でも、そこにケチつけるのは、なんというか傲慢だ。このお二方が超特別なだけで、俺だってカルヴェーナさまにとっては、それなりに特別な存在かもしれないし……
あるいは、今日のこの一件で、そうなれている、認められているかもしれない。
少なくとも、ご自分の使徒のいない前で、直々に声をかけてやる程度の者にはなっている。
それで十分なんじゃ?
「ま……なんていうか、役得かもですね」
「役得?」
意外な言葉を受け、不思議そうになさるカルヴェーナさまに、俺は意識してイジワルな笑みを向けた。
「珍しいものを見たというか」
アシュレイ様に似せた挑発に、カルヴェーナさまは少しの間、ポカンとした真顔になった後……困り気味の微笑を浮かべられた。
「フフ……これは困ったな。私の像が崩れてしまう。頼んでばかりで済まないが、二人だけの秘密にしてほしいな、ハル君」
ほんの少しだけ、声音に甘さを忍ばせ、整った美貌で頼み込んでくる。こういうことでは明らかに
でもまぁ、ノリが戻って何よりか。「仕方ないですねー」と応じた。
それから二人で静かに歩いていって……出し抜けにカルヴェーナさまが仰った。
「頼んでばかりで申し訳ないが、少し聞いてもらえないか?」
「もちろん。何でしょう?」
頼み事の中身にも興味があって、俺は快く耳を傾けた。
「遠からず、そなたは使徒から勇者への昇進を果たすだろうが……リーネリアを顕現できるようになったら、私にも会わせてほしい」
しかし……カルヴェーナさまは俺が応諾するものと思っておいでだったらしい。即答しない俺に不安そうなお顔を向けてこられる。
実のところ、その件については少し考えていることがあった。
「実はですね――」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます