第59話 長い一日の終わりに

 さて、初雪に伴う諸々の騒動も、これで片付きつつある。一応、状況の終息を確認するまで、この避難所は近隣の拠点として運用する流れだ。

 そのため、不測の事態に備え、ここに詰める人員もそれなりにいる。俺たちはというと、戦勝の慰労ということもあって、街へ帰還することに。

 冒険者の先輩方にとっては、アシュレイ様や隊員さんたちに早く帰還していただいた方が、報告書の仕上がりが早くなって好都合だろう。


 そういうわけで、笑顔の先輩方にどことなく急かされるように、俺たちはこの避難所を後にしようとして……

 見知った顔に出会った。俺が今回の諸々に巻き込まれる――いや、自分から首を突っ込んだんだけど――その原因となった方々、要救助者のご夫妻と、プロの山ガールのお姉さんだ。


「皆様、ご無事で何よりです」


 旦那さんが深々と、俺たちに一礼してくるけど、俺は少し戸惑った。一度、この避難所へ来た人々は、雪が止むのと同時に街へ向かったはずだ。

 実際、そういう流れはあったのだけど、このお三方は、俺たちが戻ってくるまで待つことを選んだのだとか。

「晴れ間の下で待つなら、そう気を揉むこともないから」とお姉さんが微笑を浮かべて言った。

 確かに、待つかどうかを決めることになったのは、俺たちが勝ったと知ってからのことだ。いつ雪が止むかもわからないような苦境とはわけが違う。

 それでも、特にご夫妻は消耗とかあっただろうに、わざわざ待っていただけたというのは……ありがたいやら、申し訳ないやら。


 ただ、俺たちを待つという選択は、心情的な理由とは別に合理性もあったらしい。気苦労が解消された中、ゆったりとした時間を過ごしたおかげで、ご夫妻はかなり回復したように映る。

 これには、お二人に付いて世話したお姉さんの働きも大きかった。魚を焼いて、他の食料を温めて……時には、他の救助者の面倒も見て、と。


「他の皆さんに分けてたら、途中で魚がなくなっちゃってね。ハル君のやり方で釣る……のとは、だいぶ違うけど、どうにか確保できたわ」


 三脚をタモ代わりにして、魚すくいしたアレだ。話しぶりからするに、他の人々の分まで確保するべく、何度かあの湖と往復したらしい。

 このお姉さんも大概タフだな。


 立ち話もなんだからと、俺たちは避難所に残る方々に声をかけ、温かなねぎらいの言葉を背に立ち去った。

 街への道中、今回の苦労話が互いの口から漏れ出る。今となっては気軽に話せる、話の種でしかない。こうしてみると、ちょっと昔の話のようで、ほんの数時間前の出来事なんだけど。

 大勢が通ったのであろう帰路の山道は、数え切れない足に踏まれていったようで、雪道の中にはところどころ地肌ものぞいている。

 おかげで、後続の俺たちは雪を踏みしめる労苦もなく、楽に道を進むことができた。


 やがて、山道を抜け――眼前に平野部が広がった。

 街道があった場所は、今でもそれとわかるように踏みつけられた道が、広い雪原の中に走っている。

 でも、人の足からなる道を外れれば、すぐそこからは大雪原だ。見渡す限りの白い大地に茜が差し、わずかな地面の起伏を反映し、夕日の中で浮き彫りになる陰影が雪原に波打っている。

 雪に苦しめられた一日だったけど、目を奪うような光景には、確かな美しさがあった。


 山間やまあいを抜ければ、街へはもうすぐ。実際にはそれなりに距離があるんだけど、山あり谷ありの今日の長旅に比べれば……ってところだ。

 しかし、一行の先頭を行くアシュレイ様の歩調が少しずつ緩まり、完全に立ち止まられた。


「どうかなされましたか?」


 やや緊張感を以って尋ねる、年配の隊員さん。一方、アシュレイ様は微笑を浮かべ、俺たちの中にかすかに沸き起こる不安に先制なさった。


「いや、大したことでは……というと失礼か。少し待っていてほしい」


 そう仰ると、アシュレイ様の右手に淡い光が集まり始め――みるみる内に、輝く魔力が人の姿を成していく。

 俺たちの前に顕現なさったカルヴェーナさまは、「ラクにしてよいぞ」と開口一番に宣された。

「雪路で膝をつかせ、頭を下げさせる趣味はないのでな」


 それで、何かしらご用件はあるのだろう。アシュレイ様のご様子から……緊急だったり深刻だったり、そういう感じではなさそうだけど。

 いきなり現れた女神さまを前に、それでも緊張をしてしまう俺たちを前に、アシュレイ様はご自分の女神さまをチラリと一瞥いちべつなさった後、軽く咳払いなされた。


「ハル君に、お話があるそうでね。他の一行には先に行ってほしいというご意向だ」


「俺に、カルヴェーナさまが?」


「嫌かな?」


 穏やかな微笑で、とんでもない事をお尋ねになってくる。「まさか」と俺が答える前に「まさか」とお答えになるカルヴェーナさまも、中々にこう……

 面白いお方であらせられるとは思うけど。

 ただ、単に冗談のつもりで、俺と話す機会を求められたわけではないご様子だ。


「勝ちはしたものの、私の助言で面倒に巻き込んでしまった面はあるのでな。我が使徒が助けられた礼もある。そのねぎらいも込め、良ければ、いくらか話に付き合ってもらいたく思うのだ。構わないか?」


 朗らかでありつつも、凛とした涼やかさと少し真剣な雰囲気を伴っておられる。何かしら重要な話もあるのでは――そう直感し、俺はうなずいた。


「光栄です」


「うむ、そなたは素直で良いな~っ!」


 我が意を得たりとうなずかれ、カルヴェーナさまが俺のそばへススス……と寄ってこられる。

――「そなた」って表現に、何か含みを感じないでもない。


「では諸君、ハルベールを少し借りるぞ」


「ええ……ハル君。何かあれば、遠慮なく大声で叫ぶんだ」


「私の心配はしないのか?」


 互いに挑発的な軽口を叩き合った後、この場で誰よりも高貴なお二方が、揃って皮肉っぽい笑みを浮かべ、鼻で笑われる。

――言っちゃ悪いけど、お互い様というか……

 でも、良い間柄のようには思える。神と、その使徒という、肩書からすると少し考えられないような仲だけど。


 さすがに年配の隊員さんも、話を振られない限りは横合いから口を挟むこともなく、お二方の応酬はお二方だけのものに終わった。

 アシュレイ様は街の方へ向き直られ、「では、行こうか」と事もなげに仰った。やや戸惑い気味の皆さん方が後に続いていく。

 人影が小さくなるまで見送り、声が届かなくなるまで待ってから、俺たちも街へと歩き出した。


「いきなりで済まなかったな、ハルベール」


 二人きりになるなり、まずは謝罪。だいぶ砕けたお方のように思っていたけど、アシュレイ様とセットだとそうなるってだけかもしれない。

「いえ……」と答えるも、それ以上の言葉を続けられなかった。たぶん、カルヴェーナさまの方から、色々と話されるはずだ。

 実際、間を置くことなく、お話が始まった。

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