地味な彼女がシンデレラになりました
@normal42
第1話 地味なヒロイン、小野小春との出会い
古川瑛太は簡素なデザインの校舎を前に向き直った。
この百舌学園こそ今日から瑛太が通うべき場所だ。
特に緊張してはいないが、目立たず騒がずがポリシーの瑛太は今から周りに不快にならない程度の第一印象を与えられるための振る舞いをシミュレーションしていた。そこまで人間関係にこだわるつもりもなかったが、かといって周りとまったくつるまないのも寂しく、最低限の話し相手をキープしておきたいのが本音だった。一人ぼっちでいるよりは親もその方が安心してくれるだろう。
瑛太は一息をつく。
新しい学園には期待も不安もなかった。親の事情で転校してきたが、前の学園と同じように友人と遊んで、勉強をして、体づくりのために運動をするだけだった。適度に運動すれば勉強する気力や能率もよくなる。全ては将来働くであろうどこかの場所のために、自分の能力を上げるだけだった。そこには社会的な義務感しかない。
そう、毎年咲いては散っていく桜のように。
よくもまあ春には花を咲かせて散り、秋や冬にはむき出しの枝をさらして寒さに耐え忍び、四季が移ろえば桜の木も同じ顔を見せるものだ。自分に照らし合わせて他人事とは思えなかった。
今もそこかしこに舞い降りる桜の切片。
ひらりと流れるピンク色の花びらを横目に、瑛太は同級生との顔合わせの時間を守るべく、校舎の中に足を踏み入れるのだった。
「古川、入ってきていいぞ」
担任の教師から声をかけられた。
瑛太は特に気負わず、教室の扉を静かに開けると、廊下から中に入って進んでいく。コツコツと自分の足音が鼓膜を打った。教壇の前に立つと、周りが瑛太に注目しているのがイヤでも分かった。教室に整然と並べられた無数の席にクラスメイトが座り、ひたすらこちらを見ていた。
「転校生の古川だ。来たばかりでまだ右も左も分からない状態だ。みんな仲良くしてくれよ。ほら、古川も挨拶を」
担任が友好的に振る舞って周りとの橋渡しになってくれた。その気遣いに応えるべく、瑛太は深呼吸をすると同級生たちと対面した。
「初めまして、俺は古川瑛太。趣味はスポーツと読書。初めて尽くしで人の手を借りるかもしれないが、それでもよければ仲良くしてくれるとありがたい」
瑛太の自己紹介が終わり、それまでの静けさが嘘のように教室がざわめき始める。
「おおっ、面白そうなやつだな」
「どこから来たんだろ?」
一部の男子生徒たちは机から身を乗り出してこちらを視界に入れる。
肯定的な意見もあれば一方で。
「なーんか地味な男。あたしはパスかな」
「私も」
女子たちの意見はおおむね否定的だった。瑛太の顔をじろじろと品評すると、興味を失ったように視線をそらしてくる。
(正直な女たちだ。そうは言っても、これは予想通りか)
瑛太は肩をすくめる。年ごろの女性だ、男を外見で判断するのはよくあることだ。それにそれを踏まえた上で瑛太は地味な容貌に身をやつしているのだから。瑛太の顔自体は中の上ぐらいと言ったところだが、おしゃれもしてないし、髪形も派手にはしていない。人前に出る礼儀として、最低限の清潔感は出すようにしているが、これでは女子やおしゃれな男子たちからは目にも入れてもらえないだろう。
(まあ、おしゃれがなければこんなもんだろ)
瑛太は唇をへの字に曲げる。
別にスクールカーストの上位に行こうとは思わなかったし、そういうのは前の学園で経験して興味がなかった。おしゃれをすれば瑛太も自分がそこそこ見栄えが良くなるのを知っているし、自分で言うのもアレだが前の学園ではそこそこモテた。ただ悲しいことに本命にしたい女子と付き合うことになったのはいいが、自分の中身を見せてがっかりされたことがある。
「もっと面白い人かと思ってた」
胸にしこりを残す本命からの一言。
その時の瑛太は彼女とのデートに舞い上がるだけで、自分のことばかりを話し、相手の身をおもんばかる行動を取ることができなかった。今思えば振られるのも当然だ。つき合うきっかけがあっても、中身が伴わなければ後は続かない。痛いほど学ばせてもらった。それが原因でしばらくは女子から好かれるのははばかれたし、何ならおしゃれもしなくなった。着飾った自分に寄ってくる女性は勘弁だ、どうせ期待値を上げ過ぎた中身に幻滅されるのがオチだろう。ありのままの自分を好きになってくれる相手なんてそうはいない。
そんな訳で転校した先で地味だと批判されようが気にはしなかった。
「それじゃよろしくな、古川。席は、あの女子、小野の隣が空いてるからそこに座ってくれ」
担任は後ろの窓際の席を顎でさす。
隣には小野と呼ばれた女子が、緊張しているのかピンっと背筋を伸ばしていた。その顔色はどこかぎこちない。じろじろ見るのも悪いし、瑛太は担任から指定された席に足を運ぶことにした。
自分の席に腰を下ろすところにまで来ると、小野のシルエットが鮮明になる。何とも個性的なその姿に瑛太は驚いて言葉を失った。
(不思議な髪形だな。マンガでも今時あんな外見の女はいないぞ)
セーラー服に身を包むまでは特に特徴のない量産型の女子高生だが、ある一点において尋常ではない個性を発揮している。前髪がやけに長く伸びて目を隠しているのだ。狙っているのかどうかは知らないが、こういう髪形の女子はいないから逆に目立ってしまうだろう。
彼女の口があわあわしながら動く。
「よ、よろしく、古川君……」
「ああ、よろしく」
瑛太は一先ず挨拶を返す。礼儀はどんな相手にも欠かしてはいけない。威圧的にならない程度に小野の目を真っ直ぐに見つめた。
(声は悪くないし、顔の造詣自体は悪くないのかもな。もったいない)
特徴的なシルエットに目を奪われがちだが、小野の髪質は艶めいていて後ろ髪は肩で切りそろえられている。頭頂部の天使の輪が可憐に光っていた。卵形の顎は丸い曲線を描いていて、ほっそりとしている。つんっと尖った鼻は慎ましやかな主張をしている。それにその目、前髪に隠れてよく窺えないが、二重まぶたのぱっちりした目がキレイで印象に残った。おっとりとした感じのたれ目が怖々とこちらを視界に入れている。
これだけでは美形かどうかまでは判断できない、ただ美女に見慣れた瑛太をもってしても小野は磨けば光る原石と言ったところと思わせた。
そこまで考えたところで自虐的になる。
しょせん顔は記号に過ぎない。きっかけであっても親しくなりたいと思わせる決定打ではないのだ。とりあえず話し相手にはなっても、仲良くなれるかどうかは小野の人柄次第か。
「あはは……」
笑顔を取り繕う小野。
瑛太はそんな彼女から視線を逸らすと、今日の予定を話す担任に静かに眺めるのだった。
(転校初日にしては悪くないスタートか)
休み時間は一部の好奇心旺盛なクラスメイトたち(男ばかり)から質問攻めされた。転校前の学校はどこに通っていたのか、ペットは買っているのか、好きな本は何か等々。当り障りのない会話しかしていないが、とりあえず相手の印象を減点しないように笑顔を交えて答えたつもりだ。もとより人と話すのは嫌いではない。せっかく瑛太に親しみを寄せてくれるのだから、そういう相手には心を開いているのだとアピールした方がいい。何十億人もいる人類の中でせっかく縁ができた人たちでもあるのだから。クラスメイトの大半は瑛太に無関心だし、余計にそういう好意的な同級生は大切にしたい。
(それはそうと問題なのは授業だよな)
一通りこのクラスで行われる授業は体験させてもらった。教師から解いてみろと出された問題のレベルや実際にそれに解答する同級生の風景を分析したところ、このクラスの平均的な学力偏差値は55ぐらいだと見積もった。トップのレベルは70前後だろう。
(……なるほどな)
学力で人を判断するのは浅はかではあるが、そうは言っても学校に所属する人間からしてみれば興味のある話題であるには違いない。正直目立つのは好きではない瑛太からしてみればなおさら。
瑛太が以前通っていた学校は全国でも有数の進学校である。学力の偏差値が70を超す生徒が特に珍しくはない程度には。その中においては瑛太の偏差値は並みに落ちるが、この学校のレベルならトップをはれるだろう。
ただそれは瑛太の望むところではない。
転校してきたよそ者がそのコミュニティの空気を壊そうものなら、色々と面倒な事態に発展するだろう。
それは羨望であれ嫉妬であるかもしれない。良くも悪くもクラスのしきたりを変えてしまう。困ったことに瑛太は上に立つには器が足りない。それはメンタル、リーダーシップ、コミュ力、役職との志向性などの面でだ。一目置かれるだけの度胸は自分にはない。
伸び伸びとした学生生活を望む瑛太としては、周りに埋もれる方が気が楽だ。周りからのプレッシャーにさらされながら能力を鍛えるのは勘弁願いたいところだった。
そこで自分の目的にとって最良の手を打つ。
今は物理の授業中でちょうど教師から問題を2問解けと指名されたところだった。内容は基本と標準の問題で解説を受けた公式と定理を利用するもの。前の学校ですでに履修済みだったのもあり、特に問題もなく解けるものだ。が、基本ならともかく、この学校の偏差値ではじめて学ぶであろう単元の標準問題をいきなり解いてしまえば余計な注目を集めてしまう。それは避けたい。
ひとまず瑛太は公式を当てはめるだけの基本問題だけを解き、標準問題はあえて間違った解答をした。教師からはもっと頑張れよと祝福された。これで周りから浮くことはないだろう。
良くも悪くもその他大勢の一人として認識されるはずだ。
一仕事終えて胸を撫で下ろしていると、隣の席から戸惑いの声が聞こえる。
小野だ。問題を指名されたらしい彼女は、顔を引きつらせながら教師と教科書を交互に見つめる。
「どうなんだ、小野。事前にあてておいた問題だろ? 時間はたっぷりあったはずだ」
物理の教師が淡々と告げる。
「え、えっと……」
小野の顔が赤くなる。今にも泣きだしそうな雰囲気だった。
「小野もかわいそう。あの教師厳しいんだよね。当てた問題ならなおさら。あれを解けなかったら課題いっぱい出されそう」
クラスメイトたちがささやき合う。
(なるほどな)
瑛太は天井を仰いだ。小野が勉強を得意かどうかはまだ分からないが、耳にした情報によれば彼女は努力家ではあるようだ。そんな小野をもってしても解けない問題のようだ。ぱっと見た感じはそこそこ難しいかもしれない。
確かに初見でこれは酷い。やや特殊な舞台設定を把握したうえで複数の公式を利用しなければならず、しかもこれまでに習った単元を横断した作りだ。難易度は上の下ぐらいはありそうだ。とは言え、似たような問題を数多く解いてきた瑛太としては別に脅威は感じない。種が分かっていれば数分で終わる内容だ。
「うぅ……」
「どうした?」
視線を外したり合わせたりを繰り返す小野を、教師はただ見つめていた。
(どうしたもんかね?)
これはあくまで小野の問題だ。問題を解けなかった結果、課題のペナルティーを出されるのであればそれはそれで仕方ない。教師も生徒にできるようになって欲しいと願うからこそ、厳しくあたるのである。可愛い子には旅をさせよ、と言う言葉もあるし、温かく見守るのが筋だ。
とは言え、あくまで理屈で捉えるならだ。
小野のうろたえようから推測すると、できなかった場合の課題とやらは面倒なものであるようだ。難儀な話だ。何も勉強だけが学生の本分ではないし、部活や友達との交流も貴重な人生経験のうちだ。いい年になって性の芽生えた小野も周りと同じようにあり余る青春を謳歌したいに違いない。
それは理解できる。
個人的には同情した。本当はこういうのはよくないし彼女のためにもならないが、瑛太は小野に手助けをすることにした。綺麗さより速度を優先、ギリギリ人の認識できる程度に文字や数式を紙に書き込み、解答の筋道と答えを示し終えると、その紙をさりげなく小野の机に置いた。
「え?」
小野が目をしばたたかせる。
彼女と視線が合った。瑛太は無言のまま口や手を使って、渡した紙を見て欲しい旨を伝える。小野がそれを問題の解答と認識すると、驚きと喜びのない交ぜになった顔をした。
「小野そろそろいいか? いい加減話しを進めたいんだが」
「は、はいっ」
小野は時折よどみながらも解答の筋道と答えを発言する。瑛太はその光景をあくびを噛み殺しながら眺めた。教師はやればできるなと小野を上機嫌に褒めながら、教科書の解説に戻った。
「あの、古川君」
小野がひそひそと話しかけてきた。
「……ん?」
「さっきは……ありがとう」
「恩を感じる必要はない。俺が好きでやったことだ。人助けとは微妙に違うしな」
「私は助かったよ」
「そうかい。まあ、でも解答の復習はしておけよ。小野が自力で解けるようにならないと意味ないしな」
「うん」
小野ははにかんだ。
ややあって彼女は黒板に向き直る。
(初対面の相手になにやってるんだろうな。でも放っておけなかったし)
偽善的かもしれないが、人の役に立てるのは気分がいい。自己肯定感にも関わってくるし、日常的に善行を積み重ねるのも悪くない。優しくするのも人から認められたい気持ちから来るのだろうか、それとも見返りを求めない無償の愛なのか、どちらかは分からないがいずれにしても自分のためなのだろう。自尊心がくすぐられるのだから。
瑛太は教師の抑揚のついた声を聞きながら、とりあえず解説を聞くだけ聞くことにしたのだった。
「悪いな、古川。これもお前を信頼してのことだ。頼んだぞ」
担任の教師がそう言い残して去っていく。
放課後、掃除を終えて帰ろうとしていた瑛太に頼まれごとがやって来た。
準備室に資料を戻しておいて欲しいとのこと。分量は片手で持てる重さしかないので楽と言えば楽だった。別にすぐ帰宅する必要もないし二つ返事で了承しておいた。さて目的地に向かおうとしたところではたと気づく。
準備室はどこにあるのだろうか。
聞き忘れていた。転校してきたばかりの自分はこの学校の地理には疎い。どこに何があるのかまだ把握していなかった。人から場所を聞こうにも周りには顔見知りが誰もいない。静まり返っている。いるのは面識のない人がぽつりぽつりと。
さすがにまったく知らない人に話しかける勇気は瑛太にはない。相手がどんなタイプなのかまだ分からないのだから。無理に話しかけて後の関係にヒビが入るのも困るし。これは参った。
担任の教師にいたってはすでに影も形もなくなり、どこかにいなくなってしまった。とりあえず担任がいそうな職員室に一縷の望みをかけて向かうことにした。
廊下をしばらく歩いていると見覚えのある顔が目に入った。
あれは……。
「古川君……!」
髪で目の隠れた小野だった。彼女は瑛太と目が合うやこちらにやって来る。
「やあ、小野」
瑛太はにこっと笑顔を作ってみせる。
「こんなところで……どうしたの?」
「担任の先生から頼まれたんだ。資料を準備室に置いといてくれって」
「そうだったんだ。働き者……だね」
「周りに俺しか頼り人がいなかっただけだ……っと」
そこで思い至る。神様がいるならなんて粋がいい。ここにいるのが小野でよかった。彼女なら転校生の瑛太を邪険には扱わないだろう。せっかくの巡り合わせだ、これに頼らない手はない。
「ちょっといいか?」
「うん」
「実はどこに準備室があるのか分からなくてさ。ほら、まだこの学校に馴染んでなくて。よければ場所を教えてくれないか?」
「いいよ……!」
小野はイヤな顔一つしなかった。
人間であるから拘束されるのは避けたいだろうに。ぽっと出の瑛太のために彼女はその時間を使ってくれる。ありがたい話だ。第一印象はそうでもないが、実際につき合ってみると悪くないタイプなのかもしれない。
「小野は良い奴だな」
「そ、そうかな……」
小野が照れた。
「そうだよ、お賽銭を上げてお参りをしたいぐらいには」
「私……仏様じゃないよ……?」
「それぐらい感動したんだ」
「へ、へぇー……」
喜びを隠せないのか、小野がにへらとした。
「それはともかく……一緒に準備室に行こうよ。案内ぐらいならできるから……」
「助かる」
瑛太は感謝した。別に口頭で説明してくれるだけでもよかったのだが、実際につき合ってくれるのならそれに越したことはない。そちらの方が正確だ。
瑛太は小野の隣を歩きながらあてのない道を進む。
「…………」
小野の表情がどこか硬かった。理由は不明だが、もしかしたら無理をしているのかもしれない。出会ったばかりの瑛太といるのが苦しいのだろうか。
「悪いな、俺のトークが上手ければいいんだが。窮屈だろ?」
「え……なんで?」
「顔に出てるからな」
「あ、こ、これは……!」
「ささやかながら後で何か奢るから、それで許してくれ」
「そう……じゃないよ。あの、これは古川君に限らないって言うか……」
「どういう意味だ?」
「わた、私……社交的じゃないから……。人と話すの苦手……だし……。それに男の人だから……」
「ほう」
何となく小野の人となりが垣間見えた気がする。
はきはきとしていない、どちらかと言えば内向的、あまり人と接したことがないと言ったところか。
特に瑛太たちみたいな年齢になると、男と女の性差が顕著になって、無駄に異性を意識してしまう面はあるだろう。経験があって今でこそ瑛太は女性と普通に話せるが、高校に入ったころは女性と話すのに緊張したり、無意識に胸のふくらみに目が行くことはよくあった(今は隠すように振る舞っているが)。
その分小野の気持ちは痛いほどに分かる。せっかく教えてもらう立場だし、こちらから積極的に話して小野をリラックスさせた方がいいのだろうか。そうやって結論を出そうとしていると、小野が先に口を開いてきた。
「ごめんね……。何か喋った方が……いいよね。その方が古川君も居心地がいいだろうし……」
「気にするなって。その気持ちだけで十分だ」
「私も話さないで済むなら……それでもいいんだけど……。口下手……だし。でもそれとは別に……ちょっと今の気持ちを表現したかったから……」
「気持ち?」
「物理の授業なんだけど……純粋にすごいなって……」
「ああ、あれは良いって。俺が勝手にやったことだから」
「そうじゃなくて……いや、それもあるんだけど……!」
「?」
「古川君って頭いいよね……。多分、あの問題……即興で解いたんだよね? 解答を見直して、私じゃ……逆立ちしても解けないなって……」
「……さあな。たまたま解けただけだ。俺は教師からあてられた問題を解けなかった男だ」
「それでも十分すごい……。古川君って応用力高いんだよね、きっと……!」
「…………」
おかしな展開になってきた。
瑛太としてはとっくの前に頭にたたき込んだ解法パターンを利用しただけで、特に派手な真似は一切していない。初見だったら解けたかどうか。それに自分より熱意もあって頭の出来がいい人間を何人も見てきたわけで、小野には申し訳ないが、そうやって褒められると何とも言えない気持ちになる。
「……あは」
何がおかしいのか小野は笑った。先ほどの緊張感が鳴りを潜め、どこかリラックスをしている。
そんな彼女を見ていると不思議と毒気が抜かれる。お世辞にも話し方は上手いとは言えなかったが、飾らない瑛太を歓迎しているのだけはまざまざと伝わってきた。女子にもこういう良い子がいるみたいだ。
瑛太が以前まで所属した学園ではやたらと顔、能力、人気、親の財産などのステータスにばかり目を向ける女子ばかりで、視線の重圧にさらされて安らぐ暇がなかった。実際に転校先のこの学園の女子も似たような人がたくさんいる。
だが、小野は違った。
派手でもなんでもない、ありのままの瑛太を彼女は歓迎して、親身になってこちらの用事につき合ってくれている。ついつい瑛太も心を開いてしまいそうになる。珍しいタイプの人間だ。友達として繋ぎとめておきたいと思うぐらいには。
「あっ、着いたよ」
「ここか」
準備室の中は書類の数々が綺麗に整頓されていた。瑛太と小野はそれぞれ分担して資料を片付ける。彼女とそうしていると心が高ぶるのを抑えられなかった。
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