不登校だけを集めた教室に何故か一人完璧美少女がいる
緋色さくら
第1話 プロローグ
自分を世界で一番の幸せ者だと思える人間は少ないと思う。けれど、他の誰よりも世界で一番不幸なのは自分だと、そう考える人間は少なくないだろう。
その理由はきっと様々で自己の弱さに起因するもの、自己を取り巻く環境に起因するもの、或いはその両方からなるもの。
しかし、如何なる理由で人生に絶望しようとも受け入れなくてはいけないのだ。
――きっとその人生はやり直せるのだから。
春深く、通学路の脇に並んで立つ新緑も確かな生命力を内に秘めその身に宿した葉の一枚一枚は青々と輝きを放っている。外の世界は眩しいくらいに明るく、しかしだからといってそこが楽しいとは限らない。
かつての俺――
……そう、あくまでも過去形である。それは過去の話であって今現在の俺はそんな考えなど微塵も、ありんこの体重程だって持ち合わせちゃいない。
十七歳になった俺は学校に嫌々行く人間もいるといのに、もはや学校に行くことすら出来ていなかった。先述の通り勉強は嫌いじゃ無かったし苦手って訳でも無かったから中学卒業の時には地元の高校への進学が決まっていた。だが、それでも今現在高校に行っていない俺はいわゆる不登校なのだ。
別に好きでこうなった訳じゃないし、現状を気に入っている訳でももちろんない。けど、学校にはもう行く気になれなかったのだ。大好きなあの場所が大っ嫌いな場所になったあの日からは……。
かつての自分が今の俺を見たらなんと思うだろうか。
だらしがない、みっともないと戒めるのだろうか。それとも俺を理解し優しい言葉をかけてくれるのだろうか。いや、それは無い。きっと誰も過去の自分でさえも俺に何が起きたのかを知らなければ理解などしてくれないのだ。
「今、何時だっけ」
一人きりの薄暗い部屋で呟いた言葉は誰かに向けたものではなかった。こうして声を発する事で今日も自分は、自分だけは生きていると実感する。
ベッドで横になったまま部屋の壁掛け時計を見ると時刻は八時を半時ほど過ぎた頃だった。本来ならば高校に行き一限目の準備でもしているのだろうか、それともクラスの友人たちと昨日見たテレビ番組の感想でも語らっているのだろうか。
学校に行っていない俺は慌てることなく、よれよれになったグレーのスウェットのまま階段を下りてリビングへ向かう。
降りてきた俺に気付いた母さんは洗い物をしている手を止め振り向きながら今日も優しく声を掛ける。
「あぁ佑真おはよう。今日は少し早いんだね」
「うん、おはよう」
いつも優しい母さんはどんな時も俺の味方で、不登校になった俺を責めたことなど一度も無かった。
テーブルに置かれた朝食はトーストと目玉焼き、小鉢にはサラダが盛り付けてあった。「いただきます」と小さく呟きトーストをかじる。手元にあったリモコンでなんとなくテレビを点け朝の報道番組を見ながらゆったりと朝食を食べていると不意にインターホンが鳴る。
今思えばこれが全ての始まりだった。
「こんな時間に誰かしらね」
小首を傾げながら母さんは玄関に向かい、戻って来ると身に覚えの無さそうな一通の封筒を手にしていた。
差出人は不明。怪しげな封筒を開け、中の書類を俺も横から覗き込む。
その怪しげな書類には中央上部に大きく表題が記されていた。
――不登校リセットプロジェクト――
ほんの少しばかり目を通した母さんは
「趣味の悪いいたずらだわ。佑真こんなの気にしなくて良いからね」
そう言って、くしゃっと丸めた書類はゴミ箱に捨てられた。
しかし、俺はそんな怪しげなものがどうしても気になった。朝食を食べ終えた俺はゴミ箱から捨てられた紙を拾いポケットに忍ばせるとこそこそと自室に戻る。
自分の部屋で改めて内容に目を通す。最後まで読んでもさらに怪しさが増すだけのそれはどうやら不登校の高校生を抱える家庭に送られてきた書類で、内容は不登校の学生を更生させる全寮制のプロジェクトに参加してみないかというものだった。さらに、真偽は不明だがそれは公にはされていないが国が認めたプロジェクトらしい。
しかし、これには妙な条件も記されていた。本件に承諾し同意した場合その学生に何があろうともそれを許容する事と。そしてこれは学生自身が望まなくとも親の同意だけでも参加を決定できるらしい。
母さんの言っていた通りこんなのたちの悪いいたずらくらいにしか思われず、本気で相手にする人間などほとんどいないだろう。正気ならば俺だってまったくくだらないと破り捨てたに違いない。だが俺は、迷うことなく決断していた。
逸る気持ちは俺の足を急がせる。再びリビングに戻ると俺は紙を広げ母さんに話しかけた。
「母さん、さっきのこれ、これに参加させてほしいんだ。俺もそろそろ高校に行かなきゃいけないと思ってたし、こんなのでも参加してきっかけになるなら挑戦してみたいんだ」
だが、俺の口から出た言葉は嘘だった。本当は家に居たくなかった、家に居ると日に日に辛かった事を思い出す時間ばかり増えていくからだ。ただ、どこかへ逃げ出したかったんだ。だからこのプロジェクトが本当かどうかなんて正直俺にはどうでも良かった。
「……そんなにこれに参加したいの?無理に学校になんか行かなくていいのよ。だって佑真は――」
母さんが不安そうに弱々しく話す続きの言葉をかき消すように俺は
「もう大丈夫だよ。俺ならもう大丈夫だから」
そう笑ってみせた。
そして俺は手元にあったボールペンで参加の二文字に力強く丸を打ち返信用封筒に入れポストに投函した。
それからわずか二日後だった。自宅までプロジェクト参加者を迎えに来た車に俺は迷わず乗り込んだ。
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