チェイサー禄
kuma
第1話 旅立ち
シップス島。モコモコのフードをかぶり首にマフラーを巻いた少年が雪の降り積もる中、地面に足跡をつけている。雪かきをしている男性が少年を見るやいなや家に入り奥さんを呼ぶ。
「今日、行っ言っちまうみたいだな」
男性の声に周りの住人も集まって来るる。
「本当に行っちまうのかい?」
家から飛び出してきた女性の目には少し涙が溜まっていた。
「うん!野菜のおばちゃん!」
少年は笑顔で手を振る。
「気いつけてな。ちゃんと汽車に乗るんだよ」
次々と村の人々が声をかける。
「うん!行ってくる!」
手を振る少年の背中が見えなくなろうという頃、一人の男性が声をあげた。
「野菜、食えよー!」
少年は歩きながら手に持った針のないコンパスを見ると笑顔で振り返った。
「嫌だー!」
笑顔の少年に村の人々は手を振った。村人はその背を見ながら涙を浮かべる。
「でも、なんか寂しいね」
「仕方がないさ、リンは一度決めたらやる男だからな。でも、そうだなぁ」
「そんな事言っても悲しいだけだで!今日はお祭りにするべ!試験の合格とリンの旅路の無事を祝ってよ」
「そうだな、そうしよう」
村はいつも以上に明るく光っていた。
何かを本気で追い求め、極めんとするもの。その歴史は古く百年前、数百年前からあると言われるその名称は一部の人々からは自由の象徴として慕われていた。その名は「チェイサー」
駅には4車両からなる汽車が停車していた。リンの故郷であるシップス島。海で囲まれた雪の降る島である。近海の島に移動する為には船を利用することが主な手段となっている。しかし、大きな街に出る為にはこの海の上を走る汽車を利用する他ない。通称、スワン号。6時間に一本の汽車である。
「よし、この気車でな違いないな」
リンは切符の番号を確認すると汽車へと乗り込む。中には他の島から乗車した者が疎に座っていた。リンは先頭車両の席に腰掛けると外を見る。雪が積もり白い島と青い海が綺麗に光っていた。
ポーポー 汽笛と共に海の上に続く線路を走り出す。リンは胸の高鳴りが大きくなっていくのを肌で感じた。
『はぁ、やっとこの時が来たんだ!』
なんとも言えないもどかしさにソワソワしていると目の前に大きな男が腰を下ろした。鋭い目つきに大きな斧を背負いじっとしている。驚きのあまりリンが車内を観察すると半数以上が武器を装備していた。
1時間ほど走った頃、汽車の揺れがどんどん激しくなっていた。リンが外を見ると波が高く空も厚い雲が覆っている。20分ほどするとさらに揺れが激しくなり、窓に打ち付ける雨の音、降り注ぐ雷の音が車内に響き渡る。
「ゲリラ豪雨じゃないよね?」
リンは眉を顰めると窓の外を眺める。すると後方から苦しそうな声が聞こえてきた。視線をやると先ほどの大男が具合悪そうに倒れている。車内をよく見ると大男だけでなく多くの人が船酔いになっている様だった。リンは立ち上がると自分のリュックから薬を取り出し周りの人へと配り、4両目の食堂車から水を3両目の寝台車からタオルを持ってくるとそれも配って回る。リンが1両目から4両目までを走っていると1人の青年が不機嫌そうな顔を浮かべ車掌室へ歩いて行くのが目に入った。
『あ、不味い』
リンはそう思うと同時に踵を返し車掌室へと向かっていた。そして、勢いよくドアを開ける。
「ちょっと待った!!!」
少しだけ息を整え、視線を向けると白髪の髭を蓄えた大きな体の車掌と青年が目を丸くして対面していた。
「あ、あの この汽車絶対に停めないでください!」
リンが言葉を発すると車掌は呆れた顔を向ける。
「おめぇもかい、」
「え?」
「こいつも同じこと俺に言いにきやがったのよ、」
リンが横を向くと不機嫌そうな青年がこちらを睨んだ。
「なんだよ、」
「いや、なんでもない」
「おめぇらよ、今の状況分かってのか?」
車掌が少し不機嫌な声を放つ。
「波は高けぇし、乗客もおめえ二人と寝台車で寝てる小僧を除いて全員が体調不良だぜ?そんな状況で運行できるわけねぇだろうよ、」
車掌の言葉に2人は口を紡ぐ。
「でも、」
先に口を開いたのはリンだった。
「でも、停めないでください」
リンは一心に車掌を見つめる。すると案外するなりと車掌が言葉を返した。
「そうさな、もし、おめぇら全員に俺を納得できる理由があるなら考えてやろう」
「それなら俺は、」
「ちょっと待て!」
リンが言葉を発しかけた時青年が声を遮った。
「なんで俺が今日会ったばかりのしかも、一車掌と一乗客が腹割って話さなきゃいけねぇんだ?こっちは必死にお願いしてるんだ!それだけで理由は十分だと思うけどな!」
青年が声を上げる。しかし、車掌は一切動じず、腕を組んだ。
「嫌ならいい、強制はしてねぇ。ただ、この先の試験に行けるかどうかって事も俺には関係ない」
車掌の言葉に2人は目を丸くする。
「ど、どういうことだよ。どうしてそれを知ってんだよ」
青年は動揺した様子で話した。
「まあ、長年の感だわな。この時期、当然こういった嵐が来るのは知っていた。そんな中この汽車に乗ってこようってやつは常連にはいねぇ。それにそこら辺に転がってる奴らの武装っぷりは一目瞭然だろうな」
車掌の言葉に2人は息を呑む。少しすると青年が口を開いた。
「俺は、俺は金が欲しい!一生食うに困らねえ、なんでも買えるほどの大金が、だから、だからチェイサーにならなきゃならねぇんだ!こんなとこでこんなとこで二の足踏んでられねぇ!」
車掌が視線をリンに向ける。
「俺のじいちゃんはチェイサーなんだ。俺、両親がいなくて、ばぁちゃんに、村の人に育ててもらったんだ。一年前にばぁちゃん死んじゃったんだけど、最後に笑ってこう言ったんだ。『じいちゃんと出会えてよかった』って。村の人が は最後の最後まで帰ってこなかった白状者だって言っててその意味はなんとなくわかったんだ。でも、ばぁちゃんは凄く幸せそうだっから。だから、俺はじいちゃんを探したい。ばあちゃんが亡くなった報告もしたいし、何より俺の目で確かめたいんだ!じいちゃんのことを」
リンが語り終えると車掌は深く頷いた。リンの隣では青年が涙目になりながらも眉間に皺を寄せている。
「そうか、おめぇらの意志はわかった」
「じゃあ、」
「ダメだな、」
「え?なんでですか?俺たち二人の意志はわかったって」
リンが眉を顰める。
「そうだぜ、なんでダメなんだよ!」
青年もリンに続く。
「俺は全員と言ったはずだが?」
「え?」
「そこのおめぇさんはまだ聞いちゃいねぇが?それとも何か、二人の話を聞いてなお二人を止めたいかい?」
車掌が入り口に話しかける。すると静かにドアが開き、バンダナを巻いた青年が入ってきた。
「俺も、二人と同意見だ。チェイサーになりたい。だから、俺も意志を語る。だが、ここで聞いた事は軽々しく他言しない事を約束して欲しい」
3人は頷く。
「俺は元奴隷だ」
バンダナの青年が手首を見せる。そこには手錠の跡と思われるアザが残っていた。
「俺はナナク族と言う少数民族だ。昔からナナク族は高い身体能力から奴隷狩りにあっていた。だが、それでも負けじと生きていた。しかし、最後に残った俺の村も奴らによって滅ぼされた。奴らは何処から仕入れたのかわからないが、ナナク族の持つ高い治癒能力を利用する為に俺たちを殺し、臓器や血液、あらゆるものを奪っていった。だから俺の目的はただ一つ奴ら奴隷商人を抹殺する事。その為にチェイサーになりたい」
「奴隷商人?」
「リュエルボックス。名前は聞いたことあるだろ?万屋だ。物、文字、情報、人さえも盗み、扱う賊だ。俺は奴らを根絶やしにする為にここに居る」
車掌は少し動きを止める。しかし、再び動き出すと口角を上げた。
「そうか、おめぇら名前は?」
「俺はリン!リン・タイムズ」
「俺はドリー・チェストナッツだ」
青年が口角を上げる。
「俺はライゼンだ。よろしく」
バンダナの青年も続いた。
「よし、おめぇら気に入った!ライゼンは石炭の追加、ドリーは3、4両目の安全確保、リンは体調不良者へのケア!それじゃあ飛ばすぜ!!」
チェイサー禄 kuma @kumaky
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