第50話 殉教者

SIDE:エディジャンガルファミリー頭目 エディ


「な、何よこの音!?」


 慌てふためきながら出港準備を行っていたエディは、突如としてブリッジに響き渡るメロディーに困惑した。

 力強さと同時に一抹の寂寥感も漂わせる金管の音色は名演と評して差し支えない技量であったが、バグセルカーが跋扈する修羅場に似つかわしいものではない。

 エディ以下ファミリーの面々が当惑するのも当然であった。


 だが、逆にテンションが上がった者もいる。


「来たっ! ははっ、来た! 来たぁ!」


 オーク戦士に押しつけられる形でエディジャンガルの船に担ぎ込まれたレジィである。

 半死半生の虫の息で空いたシートに寝せられていたにも関わらず、高らかなトランペットを耳にした途端に跳ね起き、狂態のような勢いでコンソールににじり寄った。


「ど、どこや! どこに居られる!」


「ちょ、ちょっとあんた!? 何やってんの! 死ぬわよ!」


 片腕を失い血の気も失せた蒼白な顔に鬼気迫る表情を浮かべたレジィは、仰天したエディの言葉を無視してコンソールに残った左手を走らせる。


「死なんわ! 推しの御姿を見ずに早々死んでられるかい!」


「あ、あんた、どうしちゃったのよ……」


 他ファミリーの構成員であるレジィとは顔を知ってる程度の仲でしかないエディは、彼女の狂奔のような行いにドン引きで顔を引き攣らせた。

 普段の眠たげでやる気の無さそうな様子からは想像もつかない熱心さでレジィはコンソールを操り、電波の発信源を探す。


「……あそこだ!」


 モニターに一隻の戦闘艇コルベットが映し出された。

 甲虫を思わせる丸みを帯びたずんぐりとしたシルエットは、堅牢さと速度を重視した戦闘艇コルベットにはよくあるスタイルだ。

 光沢を抑えたシックなゴールドの塗装と前方に突き出された一本の衝角ラムユニットもまた、甲虫を連想させる。

 だが、モニターの中で拡大された機影には、明確におかしな点があった。

 艶やかに磨き抜かれた、甲虫の背中を思わせる甲板。

 100メートル級戦闘艇コルベットの広い甲板を丸々キャンバスとして、一人の乙女の横顔が古の芸術家ミュシャを思わせる画風で描かれていた。

 金の髪を靡かせ憂うように瞳を伏せた乙女の美貌に、エディはどこかで見たような既視感を覚える。


 ひとフレーズを吹き終えトランペットの響きが止んだ。

 場違いな音楽に人は驚き、ナノマシンもまた異常に大出力な電波を警戒する。 

 十分な耳目を集めた所で、ノーズアートと言うには大きすぎる乙女の意匠を戴いた金の戦闘艇コルベットは広域通信に載せた言葉を放った。


「聞こえているか、いや、聞こえていても理解はできていまいな。

 バグセルカーに捕らわれた者どもよ、お前達を救う手立ては最早ない」


 しわがれ、錆びた老人の声。

 老いはすれども、その声音は力強く、衰えの気配など微塵もない。


「せめてもの情け、この世で最も美しく、尊きものを目に焼き付けて往生せよ!」


 敢然と、傲然と、名乗りを上げる。


「これなるは我が永遠の姫、テレジア=フェンダー! そして我は執事長バック=ハマヤー!

 我が『永遠の愛のマルティール・デ・殉教者ラムール・エテルネル』の輝きにて諸君の黄泉路を切り開こう!」


 同時に一隻のバグセルカー船が爆発した。

 乙女の尊顔を戴いた金の戦闘艇コルベットの放った、四条の閃光が正確にジェネレーターを貫いたのだ。

 抜き手も見せぬが如し神速の一撃は挨拶代わり、戦闘艇コルベットは黄金の流星のように宙を駆け次の獲物へ向かう。


「……ま、まるてぃー……?」


「『永遠の愛のマルティール・デ・殉教者ラムール・エテルネル』」


 演劇染みた言動で開帳された長ったらしい名前を覚えきれなかったエディに、レジィは当然のようにその名を復唱した。

 少し巻き舌の、いい発音だった。

 

「い、いや、その、何なの、あれ」


「見て判るやろ、英雄や」


 レジィはうっとりとモニターを見つめながら、端的に応える。

 すれ違いざまに一隻、正面からぶち抜いて一隻、反転と同時に一隻。

 金の戦闘艇コルベットは瞬く間にバグセルカーシップを沈めていく。


 彼こそがフェンダー家の有する最大のジョーカー。

 金管翁クラリオン、フェンダー家永世筆頭郎党、死神トランペッター、フェンダーのアレ、マダム強火勢。

 様々な呼び名を持つ本物の跋折羅者ステラクネヒトであり、真正の異常者であった。





SIDE:戦士 カーツ


「うわー……」


 通信機からノッコの呆れ返った声が漏れる。

 他種族から滅茶苦茶をやる種族と看做されているフービットだが、あれで彼らは理屈と理論で動く理性的な種族だ。

 種族特性である高速思考を元に思考を巡らし、効率が一番良い方法を追求した結果が滅茶苦茶になっているのがフービットだ。

 彼らの行動の根底には理性がある、その判断基準が独特の感性なだけで。


 その一方で、あの金の戦闘艇コルベットはまったくの逆だ。

 熟練の勘と神憑り的な反射、それだけを頼りに場当たり的に動いている。

 理屈も理論もない、その場限りのアドリブ対応の連続でバグセルカーシップを撃滅していく。


 行動コンセプトは恐ろしく単純だ。

 パラメーターを速度と武装のみに割り振った戦闘艇コルベット特有の大推力で一気に距離を詰め、衝角ラムをぶっ刺して固定しゼロ距離から全火力を叩き込む。

 それだけの、シンプル極まりない戦闘機動。

 それができれば世話はない、そういう領域の話を実現させている。


「すげえな、避ける素振りも見せないのに全然当たらない。

 そういうコースを見切ってるのか?」


「そんな事も考えてない、ただ思うがままに飛んでるだけよ。

 あれはそういう生き物」


 言い捨てるノッコの口調は随分と冷えている。


「ノリと勢いで、特級の豪運を引きずり寄せて勝利する、そういう非合理的な存在」


「真似はできそうにないな、強い相手は参考になるんだが」


「やめて。 あんなの真似したらダメ。

 フィレンやベーコくん達にも見せたらダメね、あんなの」


 傍で見てれば似たような滅茶苦茶をやってる癖にとは口に出さない。

 少なくとも自認としては、フービットは「彼ら」とは明確に違うのだろう。

 だが、理論と感性、相反するものを根底に置きながら、両者は似たような滅茶苦茶な結果を弾き出している。

 そして似て非なるものに対して、ノッコは同属嫌悪めいた不快感を覚えているようだ。


「本物を見るのは初めてだが、俺は嫌いじゃないな、跋折羅者ステラクネヒト


 跋折羅者ステラクネヒト

 戦場にてかぶく輩をそう呼ぶ。

 道化とも狂人とも言える彼らの多くは、格好ばかり真似た紛い物だ。


 派手な見た目にかき鳴らす音曲、跋折羅者ステラクネヒトを象徴するようなそれらは、実の所重要ではない。

 跋折羅者ステラクネヒトの本質は「主張」だ。

 彼らが信じるもの、奉じるもの、頼みとするもの、それらを「ここに在り!」と叫びたてるのが跋折羅者ステラクネヒトの本領である。

 扮装も、楽曲も、戦果ですら、彼らが誇示したい「何か」を引き立てる為の飾り物に過ぎない。

 あの老執事も根っ子の所は、この世で一番美しいと信じる女主人ミストレスを見せびらかしたいだけなのだろう。


「いい趣味してるぜ、判らなくもない」


「えー……」


 『永遠の愛のマルティール・デ・殉教者ラムール・エテルネル』という銘の長ったらしさは『夜明けに物思うドーン・オブ・モーラーぶん殴り屋・ザ・シンカー』を乗り回している身からすればノーコメントという他ないが、美しい主人の似姿を背負って戦うのは中々悪くない趣味だ。

 若き日のマダム、テレジア=フェンダー嬢の姿は未だ成長途上のステラの面影を残したまま麗しく咲き誇っている。

 ゼロ距離攻撃を旨とする『殉教者マルティール』の攻撃に晒された犠牲者は、テレジア嬢の姿を目に焼き付けたまま爆散する事になるだろう。


「確かに、この世の最後に見るものが美女の顔ってのは悪くないのかもな。

 だが、その美貌、銀河じゃ二番だ」


「……聞くまでもない気がするけど、誰が一番?」


「陛下だ」


「だよねー……で、姫様は?」


「……マダムには三番になって貰おう」


「はいはい」


 ノッコはぞんざいな相槌を打つと、『包帯虎バンディグレ』を旋回させた。


「バグセルカーはもうあのおじさんに任せといて良さそうだよ、こっちはさっさとジャンプしちゃおう」


「そうだな……いや、待て! まだ来るぞ!」


 センサーがタキオンウェーブを感知、警報が鳴る。

 ジャンプアウトしてきたバグセルカーシップの鼻面に、出会い頭のレーザーランチャーをぶち込んだ。

 開いた破孔にすかさずノッコがパルスレーザーを叩き込むと、バグセルカーシップは内圧が膨張するかのように爆散する。


「まだ損切りしねえのか、しつこい連中だ!」


 タキオンウェーブの警報は鳴りやまない。

 連中はまだお代わりを投入する気だ。

 跋折羅者ステラクネヒトの乱入で傾いた戦力比を覆そうと手勢をかき集めているのか、先ほどまでの五隻セットではなく単艦でバラバラにジャンプアウトしてくる。


「わっ!?」


 ノッコの『包帯虎バンディグレ』の進路を塞ぐ形でバグセルカーシップが出現した。

 咄嗟に急旋回を掛けるノッコだが、まるで示し合わせたかのように新たな進路へお代わりのバグセルカーシップがジャンプアウトする。

 予想外なのは人間もバグセルカーも同じだろうが、あちらは命が無い分の無茶が利く。

 ノッコを通せんぼする形のバグセルカーシップは、装甲の断片を対空砲のように射出した。


「ノッコ!」


 咄嗟に頭に浮かんだのは、ジャンクパーツ寄せ集めの『包帯虎バンディグレ』よりも、正規品のファンタズムである『騒ぐ亡霊ノイジィファンタズム』の方が頑丈という事。

 持ち前の大推力スラスターを全開で吹かし、旋回中で船腹を晒した『包帯虎バンディグレ』とバグセルカーシップとの間に機体を滑り込ませる。

 疑似対空砲が『騒ぐ亡霊ノイジィファンタズム』を穿った。

 

「ぐっ!」


 その場しのぎの攻撃の癖に、思いのほか勢いが強い。

 愛機『夜明けドーン』であれば斥力腕リパルサーアームで簡単に弾けたのにという思いを、脇腹に走る激痛が遮った。

 コクピット内に飛び込んだ装甲の断片がめり込んでいる。

 途端に、ぞわりとした悪寒が生じた。


「こいつは……」


 葉緑素系ナノマシンが宿るオークの皮膚だが、それすら貫かれればナノマシンの護りはない。

 断片に付着したバグセルカーが、俺の体内に侵入したのだ。





SIDE:ピーカ・タニス・トーン=テキン


「ただいま! 出航準備は!?」


 フィレンを引き連れてトーン09のブリッジに飛び込んだピーカへ、トーロンとペールは真っ青になった顔を向けた。


「しゅ、出港準備はできてますが……」


「カーツさんが、バグセルカーに感染したって……!」


「はあ!?」


 それは宇宙において死と同義語だ。

 ピーカは金の猫目を見開いて絶句した。


 メインモニターの中には見慣れない黒と黄の虎縞のような塗装の通常型戦闘機ローダーが漂う様が映っている。

 その周囲をノッコの『包帯虎バンディグレ』が忙しなく飛び回り、近寄ろうとするバグセルカーシップを獅子奮迅の勢いで迎撃していた。

 通信機が、静かなカーツの声を拾う。


「ノッコ、もういい。 早く戻れ」


「や、やだ! もう少しだけ……!」


「お前のせいじゃない、気にするな。

 姫様の事、頼むぞ」


「カーツぅ……」


 涙声のノッコとは裏腹に、完全に腹が据わりきった様子のカーツの声音にピーカは激発した。

 通信機のスイッチを平手でぶっ叩く。


「何を愁嘆場染みた事やってんのよぉ!」


 ぶち切れたピーカの喚き声に、カーツはむしろ平然と返答する。

 

「姫様、申し訳ありませんが俺はここまでです。

 どうか、お早くこの宙域から離脱を」


「あっさり覚悟完了するな! 母様を孕ませたいんでしょう! ここで死んでいいの!?」


 ピーカの言葉に、カーツはわずかに息を呑んだ。


「良くはありませんが、このままでは俺はバグセルカーに成り下がり、貴女を攻撃してしまいます。

 それは許せる事ではない」


 カーツの声音に混じる不穏な気配にピーカは眉を吊り上げる。


「待ちなさい! 自害はするな! 絶対に!」

 

「しかし……」


「たかがナノマシン、バグセルカーなんかにあたしの戦士をくれてやれるものか!」


 黄金の猫目がぎらりと燃え上がり、白磁の素肌に翠に輝く紋様が浮き上がる。

 沸騰するが如き激怒が、ピーカに宿るナノマシンを活性化させていた。

 翡翠の輝きを帯びた姫は、瀕死の戦士に勅命を下す。


「自害せず、そこで待ちなさい!」


「……それは将の行いではありませんよ」


「当然よ、将の振舞いなんか知るもんか! あたしは姫、そして次代の女王!

 あなた達の生き死にも全部あたしのもの!

 略奪種族の女王オーククイーンは、欲深いのよ!」

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