第49話 『騒ぐ亡霊』

SIDE:戦士 カーツ


 格納庫に置かれた『騒ぐ亡霊ノイジィファンタズム』は丸みを帯び、ずんぐりとしたデザインの通常型戦闘機ローダーであった。


「名前の通り、ファンタズム型か」


 多くの軍隊で採用された往年の傑作機、それがマーカス&デュークス・スペースクラフト社製多目的戦闘機マルチロール「ファンタズム」である。

 すでに二世代は前の旧式機でありながら、その拡張性の高さからアップデートを繰り返して現役を張り続けているバリバリの軍用マシンだ。

 同様に普及した機種であるティグレイに比べると、こちらはより高級志向というか、オプションが充実しているタイプ。

 積載量に優れた重量級のフレームに、用途に合わせた様々な装備を施す事でマルチロールを実現する機体であり、予算の豊富な軍隊で真価を発揮する。

 逆に言うならばオプションなしではやや鈍重な戦闘機に過ぎず、素体状態の性能ではティグレイに軍配が上がった。

 安価で個人傭兵向けのティグレイと、オプションも購入できる金持ち正規軍向けのファンタズムという棲み分けであろうか。


「個人所有するには運用コストが掛かるだろうに……いや、だから虎の子扱いだったのか」


 そう考えれば、黒地に黄色の稲妻パターンが施された文字通り虎のような塗装の『騒ぐ亡霊ノイジィファンタズム』が、気の毒に思えた。

 戦闘機の仕事は、倉庫で埃を被って飾り物になる事ではない。


「何、今からしっかり働かせてやるさ」


 嘯きながら、コクピットに乗り込む。

 長年生産され続けた機種だけにファンタズムは時期によってデザインのバラつきがあるが、『騒ぐ亡霊ノイジィファンタズム』のコクピットレイアウトは初期型に近い旧式タイプで、俺にも見覚えがあるスタイルだった。


「よし、これなら行ける」


 六点式ハーネスを留めながらコンソールを叩いて起動シークエンスを走らせる。


「推進剤は充填済み。

 武装は機種のパルスレーザー四門、右のパイロンにレーザーランチャー、左に二連装のミサイルポッド?

 積載量が随分余ってるな」


 やはり個人の台所でファンタズムを十全に運用するのは厳しいらしい。

 『騒ぐ亡霊ノイジィファンタズム』はオプション装備まで手が回らず、折角の積載量を持て余していた。


「まあ、その分機体が軽くて振り回しやすいか。

 スラスターは……ほう!」


 機体諸元を確認し、特筆事項を発見して唸る。

 主機をふたつ積んだ双発機のファンタズムは元々パワフルな機種であるが、『騒ぐ亡霊ノイジィファンタズム』は大型推進機に換装し更に推力を向上させている。


「いいね、パワーは正義だ」


 戦場での経験から大きく頷く俺は、モニターの端に点灯した通話サインに気付いた。

 通信ウィンドウを開くと頭の半分を剃った小男が映し出される。


「旦那、準備はいい? 格納庫を開けるわよ。

 ちゃんとこっちの安全も確保してよね!」


「ああ、そっちも用心棒の子を死なせるなよ。

 ステラの所に届けてやれば、謝礼のひとつも出してくれるだろう」


「それぐらいじゃ『騒ぐ亡霊ノイジィファンタズム』の頭金にもなりゃしないけどね!

 開けるわよ!」


 前方で格納庫のハッチが開いていく。

 俺はパネルに指を走らせ、ジェネレーターを始動。

 途端にシートから背筋を震わすような激しい律動が伝わってくる。

 大型推進機用に換装された大出力ジェネレーターが発する、力強い唸り声だ。


「こいつは実に『騒がしい奴ノイジィ』だな!

 まさにオーク好みだ!」


 思わず頬が緩むのを感じながら着陸脚のロックを外してリフトオフを実行、フットペダルを踏み込む。

 『騒ぐ亡霊ノイジィファンタズム』は二発の大型スラスターを轟然と吹かして虚空へ飛び出した。

 操縦桿を軽く揺すり、機体の反応を確認する。


「かなり重いな……」


 攻撃機寄りの重戦闘機といった特性を持つファンタズムの反応は、機敏な『夜明けドーン』に乗り慣れた俺にしてみれば鈍重に感じてしまう。

 しかし、今からトーン09へ『夜明けドーン』を取りに行くわけにもいかないし、今は手元にある物で何とかするしかない。


「重いって判ってるなら、そういう使い方をするまでさ」


 大きな弧を描いて機体をターンさせ、バグセルカーに乗っ取られた船へ機首を向けた。

 元は武装商船だったと思しきバグセルカー船は甲板に装備された砲台からプラズマキャノンを放っている。

 先程までは四方にでたらめに撃ちまくっていたようだが、今は明確に目標を定め、最も近くの船の船首目掛けて連射していた。

 おそらく、乗っ取られたクルーの脳の最適化が進んでいるのだろう、徐々に的確な戦術行動を取るようになってきている。

 不運にも標的にされた小型輸送船のブリッジを撃ち抜いたバグセルカー船は、そのまま体当たりを敢行、ブリッジの破孔に自らの船首をめり込ませた。


「野郎、持ってく荷物を増やそうとしてるな」


 船の構造物の内、バグセルカーが物資を持って帰宅するまでに必要とする部分は極論すると三点しかない。

 動力源であるジェネレーターとジャンプドライブ、それらを制御するコンピュータだ。

 3点セットを一組確保すれば、後はジャンプドライブの有効範囲内に入る残骸をできるだけ増やすのがバグセルカーの習性である。


「さっさと黙らせないと」


 機体の右舷下部に吊り下げられたレーザーランチャーをオンライン、モニターに照準を表示した。

 ベーコ達のバレルショッターが装備した艦船用の対艦レーザー砲に比べると『騒ぐ亡霊ノイジィファンタズム』のレーザーランチャーは全長10mほどでかなり大人しいサイズに見えるが、これでも戦闘機用の砲としては十分大型に分類される。

 身の丈に合わないデカブツを無理やり搭載したバレルショッターの方が、頭のおかしいセッティングをされているだけだ。


「そらっ!」


 バグセルカー船の尾部に向けてレーザーランチャーを照射、青い閃光を叩きつけられて爆発が生じる。

 だが、浅い。

 『騒ぐ亡霊ノイジィファンタズム』のレーザーランチャーは汎用性の高い重火器であるが、流石に船舶を一撃で沈黙させるだけの威力はない。

 

「もう一丁っ!」


 追撃に左舷に装備された二連装ミサイルを発射、レーザーが溶解させた破孔にミサイルが直撃し、バグセルカー船のスラスターが停止する。


「よしっ、後はジェネレーターを潰せば!」


 船の中央に狙いを定めた時、異常なタキオンウェーブを検知して警報が鳴り響いた。




 

SIDE:トーン=テキンのトロフィー ペール


 地獄の訓練メニューを入力されたトレーニングマシンに掛けられ一人黙々と特訓を施されているトーロンに代わり、トーン09の改装スケジュールの監督はペールに任されていた。

 トーロンと違って映画を見る趣味もないペールは、順調にタスクが進行していくモニターを見つめながら小さく欠伸を漏らした。


「ふぁ……」


 トーン09の改装は9割方終了しており、モニターにはエラーの表示もない。   

 生真面目というよりも小心ゆえにサボる勇気も出てこないペールも、ここまで順調とあれば気が抜けてくる。

 両目を覆うゴーグルを額に上げ、欠伸の弾みに目元に滲んだ涙を拭う。


「え……?」

 

 鋭敏な裸眼が、舷窓の向こうで閃いた光を捉えた。

 プラズマキャノンの発砲と、着弾の爆発だ。


「え、えぇ!?」


 驚愕の声を上げつつ、ペールの手はトーン08への通信をコールしていた。

 明らかな異常の際に上位者へ連携する事は船員としての基本教育であり、小心者のペールの気質にもマッチしている。

 ゴーグルを掛け直すと、焦りながら報告を開始した。


「ボンレーさん、どこかの船が発砲してます!」


「こちらでも見えました、銀河放浪者アウタード同士の喧嘩にしては大袈裟ですね……」


 モニターの向こうで強面のオークが困惑の表情を浮かべている。


「姫様と兄貴達は戻られましたか?」


「まだです……」


「念のため、機関をアイドリングにしておいてください。

 トレーニング中のトーロンもブリッジに上げて、状況が確認できるまで待機を」


「はい! 今、トーン09には私とトーロンさんしか居ないんですけど、ジョゼさんはそっちですか?」


「ええ、おやつを差し入れに来てくださってます。

 落ち着くまで、そちらに戻さない方がいいですね」


 非番クルーの確認をするうちに、再度大きな変化があった。

 可視光以外の波長も視認するドワーフの視覚を、一瞬埋め尽くすほどの無色の波。

 発砲した船が四方へ放った、爆発的なタキオンウェーブだ。


「なっ」


 思わずペールは絶句した。

 超光速粒子タキオンは空間を飛び越えるジャンプドライブと密接な関係を持ち、ジャンプアウト先の座標指定にも使用される。

 それを全方位にドライブが焼き切れる程の出力で発生させる事は船の運用上あり得ないが、たったひとつだけそれを実行して利を得る存在をペールは教え込まれていた。

 バグセルカーが「迎え」を呼ぶ時だ。


「ボ、ボンレーさん! バグセルカーです!

 バグセルカーがタキオンウェーブで仲間を呼びました!」


「何ですと」


 ボンレーの顔が歴戦の戦士らしく引き締まる。


「ペールさん、出港準備を。

 姫様方が戻られ次第、離脱いたしましょう」


「は、はい!」


 ペールは引きつった顔で頷くと、改装作業中の自動作業アームにタスク中止命令を入力した。




SIDE:「残り火」のノッコ


 トーン08に接続された『包帯虎バンディグレ』のコクピットに滑り込んだノッコは、機体を立ち上げながら教え子たちに指示を出す。


「ペールちゃんの話だと、バグセルカーが援軍を呼んだみたい。

 逃げる準備が整うまで足止めする。

 私の『包帯虎バンディグレ』は船相手だと決め手に欠けるから、君達が頼りだよ。

 よろしくね」


「「「押忍!」」」


 3人の教え子は威勢よく返事をすると、乗機のバレルショッターを出撃させる。

 続いて『包帯虎バンディグレ』をリフトオフさせながら、ノッコは戦場と化した銀河放浪者の市場アウタード・バザールを見回した。


「迎えのバグセルカー……拙いなあ」


 ジャンプアウトしてくるバグセルカーシップを確認し、彼女にしては珍しい明らかな渋面で呟いた。

 バグセルカーの集積拠点からジャンプしてきた新たなバグセルカーシップは5隻。

 それぞれ最早芯となった船の原型も判らない雑多な屑鉄の塊のような外観のバグセルカーシップは、ジャンプアウトするなりレーザーやプラズマキャノンの砲撃を開始した。

 400m前後とサイズは揃っているものの見た目の統一感は欠片もないバグセルカーシップだが、護衛艦フリゲートに匹敵する侮れない戦闘力を持っている。

 居住性も効率も無視した構造だけにバグセルカーシップは砲台の位置も出鱈目で攻撃が見切りにくく、急所のジェネレーターの位置も特定しづらい。

 クルーの生死も関係なく動き続けるため耐久性も高く、相手にしたくない敵だ。


「早い所、フィレンと旦那と姫様を回収して逃げないと」


 バグセルカーは奪えるものを奪うと集積拠点へ帰還する習性を持つが、自らのジャンプ能力以上の獲物を確認した場合、タキオンウェーブで連絡を取る。

 お土産をたくさん持ちかえるため、荷物持ちを呼び出すのだ。

 一端ここが狩場と認定された以上、一切合切根こそぎ持っていかれるか、集積拠点のバグセルカーが損害が割に合わないと決定するまで送り込まれ続ける「迎え」を撃破し続けるかのどちらかしかない。 

 バグセルカーがどこで損切りを決定するか、まったく予想もつかない以上、人員を回収したらさっさと逃げ出すのが得策だ。 


「ん? あの機体……」


 市場の構成物の破片でデブリ帯と化しつつある宙域を、巧みに飛翔する黒に黄色の稲妻マーキングを施された通常型戦闘機ローダーが目に留まる。

 鈍重なファンタズム型とも思えぬ機敏なターンを繰り返しながらバグセルカーシップに砲撃を続けるその挙動は、ノッコに自らの主を想起させた。

 通信機を弾く。


「旦那さん?」


「ノッコか!」


「どうしたの、その機体」


「エディジャンガルの連中から巻き上げたのさ」


「ふぅん、いい感じじゃない」


 戦闘機が増えるのは喜ばしい事だ、これでフィレンにも機体が回る。


「フィレンと姫様は?」


「トーン09に向かわせた、そろそろ着くと思うんだが……」


 それぞれの機体のセンサーが新たなタキオンウェーブを検知して警報を上げた。

 さらに五隻のバグセルカーシップがジャンプアウトし、ノッコとカーツは同時に舌を打つ。


「ああもう!」


「くそっ、切りがない!」


 最初の未成熟なバグセルカー船1隻と、迎えに来た護衛艦フリゲートに匹敵するバグセルカーシップ10隻、計11隻のバグセルカーが好き放題に砲撃を行い、銀河放浪者の市場アウタード・バザールは構成する船ごと引き裂かれていく。


 混迷を深めていく宙域を、不意に一陣の強烈な電波が鳴り響いた。

 全ての機体、全ての艦船の通信機に割り込む、強力な電子戦闘艦でなくては為しえない強制通信がひとつのメロディーを奏でる。

 清冽な、それでいて哀愁を帯びたトランペット。

 銀河を貫く伝説の音色であった。

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