第7話 赤い星の豚の城

「兄貴! ご無事ですか!?」


 あちこちから火花を散らす満身創痍の『夜明けドーン』をなだめすかしつつランデブーポイントまで辿り着くと、通信モニターが開いてボンレーの泡を食った声が流れ出た。

 常に冷静沈着な彼には珍しい慌てぶりに、思わず頬が緩む。


「ちょいと『夜明けドーン』に無理をさせすぎたが、大丈夫だ。

 応急処置は済ませてある」


「兄貴とここまでやり合えるとは……。

 宇宙騎士テクノリッターもやるものですな」


「ああ、大枚を叩いて体を改造しただけの事はある」


 だが、体の大部分を機械と入れ替えてまでして、やっとこオーク戦士とやり合えるという辺りがノーマルな地球系人類の「枠」としての限界だ。

 だからこそオークなどの強化人類エンハンスドレースが作られたのだと思う。

 宇宙はただの人間が渡っていくには、余りにも過酷だ。


 費用対効果という面から考えると、高性能とは言えない素体に凄まじい大改造を施して性能を引き上げた宇宙騎士テクノリッターは浪費の極みのように思えてしまうが、そこはまあ人の勝手という奴だろう。

 他所様の意向に口を挟むのは、よろしくない。


「まあいいさ、やっこさんには俺の勝ち星のひとつになってもらった。

 トロフィーも分捕ってきたしな」


 無駄な思考を打ち切って、俺は『夜明けドーン』の右舷に視線を投げた。

 ブートバスターの武装腕には、作業用小型マニピュレーターが仕込まれている。

 右腕の内側に備えられた細い三本指は、銀色の長い砲身を握りしめていた。

栄光なる白銀グロリアスシルバー』の千切れた武装腕ごと回収したレールガンだ。


「ほほう、さすが金満宇宙騎士テクノリッターの装備品、良さそうな代物ですな」


兵器年鑑カタログで型番を調べてみたが、グランビットファイアアームズが去年出した新作らしい」


「それはそれは」


 通信モニターの中でボンレーは傷だらけの強面を歪めて微笑んだ。

 天下御免の宇宙蛮族たる俺たちオーク氏族は、よっぽど奇特な商人以外とはまともな交易ができない。

 大手兵器メーカーの新商品など、めったにお目に掛かれない逸品であった。


「それでは戦利品を抱えて凱旋と参りましょう。

 ジャンプエネルギーのチャージは済んでおります」


「ああ、急ごう」


 すでに舎弟達の機体が接続されており、トーン08のドッキングポートは残りひとつしか空いていない。

 俺は『夜明けドーン』の左腕を伸ばし、作業腕でポートのグリップを鷲掴みにした。


「いいぞ、跳べ、ボンレー!」


「了解、カウント省略、ジャンプ起動!」


 ボンレーの宣言と同時にトーン08と、リンクで同期した拿捕輸送船は通常空間から消え失せる。

 次の瞬間、何十光年もの距離を飛び越えて全く別の宙域に出現した。


 これこそが銀河大航海時代を支える空間跳躍航法ジャンプドライブ。

 SFでよく見るワープの類だが、その利便性には唸るしかない。

 何せ襲撃後、すぐさま高跳び可能なのだ。

 略奪者にとって、最高の相棒とも言える装備である。


「今回も生きて戻れたか」


 キャノピー越しに射し込んでくる赤い光を片手を上げて遮りながら、安堵の吐息を漏らした。

 指の隙間から見えるのは巨大な赤い星。

 もう数万年もしないうちに寿命を迎える赤色巨星だ。


「ビッグレッド、確認しました」


 ボンレーが見た目そのまんまな巨星のコードネームをアナウンスする。

 オークにネーミングセンスなど期待してはいけない、だってオークだもん。


 トーン08と拿捕輸送船は赤い光の下を周回する小惑星帯へ進路を向けた。

 膨れ上がる巨星の重力に砕かれた惑星の成れの果て、そこに俺達の根城たる氏族船クランシップが潜んでいる。

 その名も高きロイヤル・ザ・トーン=テキン。

 繰り返すが、オークにネーミングセンスなど期待してはいけないのだ。

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