第五章 伯爵と元男娼、心通う

第二十一話「金色の髪の子供」

「―――、」


 目にかかる金色の髪が邪魔だな、とその幼い子供は思った。


 冬に向かう風がボロボロの薄い服の中に吹き込んで、その冷たさに思わずぶるりと身を震わせる。そうすればやっぱり金色が視界を遮って、その子供は諦めるように小さく息を零した。


 ――ほんの少し前まで、その金色の髪は束ねるのに十分過ぎるほどの長さがあった。


 けれど、風が吹くたびにぱらぱらと踊る毛先が、それが無惨なまでに乱暴に切り取られたことを物語っていた。


「―――、」


 あの金色の髪は一体どれくらいの値段で売れたのだろうかと、その子供はふと考える。


 自分を生んだらしい女はいつも派手な格好をしていて、会うたびに呪いの言葉を自分に吐き捨てていた。


 ――『その髪にはアタシ以外、誰にも触れさせないでよね』。


 それは唯一与えられる、罵り以外の言葉だった。


 なぜ触れさせてはいけないのか。


 初めて自分の金色の髪を切り取って満足そうに笑ったその女の言葉から、この金色の髪がお金に換わるほどの価値があることを知った。そうして金色の髪を手にした瞬間だけその女は真っ赤な唇を吊り上げ、怒りや嫌悪以外の表情を見せてくれた。


「―――」


 その子供は、自分の手の中にある施しを受けるために用意した缶詰の中を覗き込む。


 振ってみても物音ひとつ立てないその空っぽな缶はまるで自分のようだと、その子供は思った。


「―――」


 目の前を行き交う人々にそっと視線を向ける。明らかに自分のものより厚くて温かそうな服を身に纏い、楽しげに談笑して歩いてゆく人々。


 高そうな靴が石畳の上を歩くたびにコツコツと小気味よい音が響いて、それを聴いているのがその子供のささやかな楽しみでもあった。


「―――」


 一際冷たい風が吹いて、自然と身体が震えだすのをその子供は感じた。


 足元を見れば、冷え切った石畳の上に立つその足は汚れていても分かるほどに真っ青になっていて。ちゃんと歩いて裏通りに帰れるかどうか、少し心配になったときだった。


「――おい、」


 低い声と視界に伸びて来た人影を認めて、施しが受けられるのかと顔を上げたときだった。


 ――ドンッ、


 胸元に強い衝撃を感じて、気づいたときには、冷たい石畳の上に尻餅をついていた。


 カランカランと、少し遠くで缶が転がる音がする。


 立ち上がろうと思うも、すっかり冷えてしまった足は言うことを聞いてくれなくて。どうして自分はここで尻餅をついているのだろうと答えを求めて視線を上げれば、そこには先ほど声をかけてきたらしい男の姿とその隣には女の姿があった。


 そして上げられたままの男の脚を見て、蹴り飛ばされたことをその子供はようやく理解した。


「――ここはお前のような汚いモノがいていい場所ではない」


 そう強い嫌悪感を滲ませる男は小奇麗な服を着ていて、どこかの貴族のように見えた。


「ちっ。靴が汚れてしまったではないか。この薄汚い物乞いめ。さっさと裏通りへ帰れ」


「…ねぇ、アナタ。そんなモノどうだっていいじゃない。早く屋敷に帰りましょう。わたくし、寒いわ」


「――ふん、」


 そう男に寄り添った女は、一度たりともその子供を視界に入れることはなく。そうして去ってゆく二人の背をぼうっと見つめながら、その子供はゆっくりと時間をかけて立ち上がった。

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