第十九話「元男娼の葛藤」
屋敷へ戻るとすぐに女の使用人が現れて、自分が医者をロイドの部屋へ案内するとノアに告げる。そうして慌ただしげに階段を上っていく三人の背中を見ながら、ノアは自分もロイドのもとへ行きたいと思った。
けれどそれを制したのは、エマから命じられた仕事がまだ残っていることと、不在のクリスの代わりに任された仕事があることだった。
「………」
与えられた仕事をきちんとこなすことが、今の自分がしなければならないことだ。
それは理解しているはずなのに、ノアの頭の中は苦しんでいるロイドの姿でいっぱいになっていた。
そうして思い出すは、ロイドが女だと確信してしまった自分の心。
「…どうすればいいんだ…」
他の誰かに事実を確認するわけにもいかない。
もし、本人に確認をしてそれが事実だとしたら、知られたくない秘密を知ってしまったために自分はこの屋敷から追い出されてしまうかもしれない。
けれど、このまま自分の胸の内だけに秘めておくには重すぎる。
――もうノアには、ロイドを女として見ることしかできなくなっていた。
「――ノア?」
「…!」
思わず聞き惚れてしまうほどの深い声が聞こえてきて、ノアは勢いよく振り返る。
「玄関ホールで何をしている?何やら騒がしいようだが、何かあったのか?」
「…クリス、様…」
クリスの姿を見た瞬間に、ノアの心に安心感が広がった。
自分が使用人としてまだまだ未熟だと思い知らされたと同時に、いつの間にかクリスのことをこんなにも信頼していたのだとノアは知った。
「実は…ロイド様が執務中に高熱でお倒れになりました」
「…容体は?」
「先ほどお医者様を呼んで参りまして、今は治療中です」
「――そうか。突然のことでお前も驚いただろう。よく頑張ったな」
「っ、」
労わるようにクリスに肩を叩かれれば、ノアの内から熱いものが込み上げてきた。
――これほどまでに他者をよく見ていて、安心感を与えられる人物が他にいるだろうか?
また付き合いの短い自分でさえ感じられるクリスへの信頼感は、付き合いの長いロイドも同じかそれ以上のものがあるはずだ。
もしかすると、クリスはロイドの秘密を知っているのではないのだろうか?
「どうかしたか?」
何かを探るように真っ直ぐと自分に向けられた宵色の瞳に、クリスが少し首を傾げる。
「あの、クリス様…」
「なんだ」
「ロイド様のことですが…」
「………」
「っ、」
「ロイド様が、どうかしたのか?」
「…いえ…っ。ロイド様も、クリス様のお顔を見れば安心なさると思います」
「…ああ。すぐに私も、ロイド様のご様子を伺いに行こう」
「はい」
結局、何も言い出すことはできず、ノアは誤魔化すようにクリスから視線を逸らした。
「私は…仕事に戻ります」
まるで逃げ出すように一礼をして歩き出したノアの背を、葡萄色の瞳が見送る。
その目はじっとノアの内側を見透かすように、その姿が見えなくなってもなお、しばらく離れることはなかった。
――そしてノアがロイドに呼び出されたのは、それから四日後のことだった。
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