第十八話「表通りを駆ける元男娼」
「―――!」
すらりとした白い喉元と華奢な鎖骨が目に飛び込んできて、ノアは言い訳ができないほどに確信を持ってしまった自分の考えに、その身体を震わせた。
その瞬間。
「ノア!ロイド様のご容態は!?」
なるべく騒々しくならない程度に、けれど焦りを滲ませたエマの声に、ノアは弾かれたように振り返る。
「エ、エマさん…。ロイド、様、熱が高いみたいで…」
「ノアが教えてくれた日に、すぐにお医者様のところへ出向いて栄養剤をいただいていたのだけれど…それでも追い付かなかったみた――、っ!」
ロイドの様子を見るためにベッドへ近づいたエマが、はだけた襟元を見て突然その身体を大きく震わせた。
「エマ、さん…?」
一瞬にして様子が変わったエマに、ノアは恐る恐る声をかける。
「……ノア、ここは私が引き受けるわ。貴方はお医者様を呼んで来てちょうだい。お抱えのお医者様がいるから、御者に伝えれば場所は分かるわ。それから、そろそろクリス様が戻られる時間だと思うから、すぐにロイド様のことを報告して」
「――分かりました」
一度たりともこちらを向くことなく、まるで少しでも早くこの場所から追い出そうとするようなエマの口調を不審に思いながらも、ノアは頷いてロイドの部屋をあとにした。
――今は何よりもロイドの身が一番だ。
その思いだけが、ノアの身体を突き動かしていた。
駆け足で御者を呼び出し、すぐに馬車を出すように命じる。そうしてそれに乗り込めば、急いで医者のもとへ行くように告げた。
ガラガラと回る車輪の音と、石畳の上を走る振動がやけに響く。
ロイドと出会った日とあわせて馬車に乗ったのは二度目だ、とか。まさか、こんな風に表通りを堂々と走ることができる日が来るなんて、とか。
普段のノアならふと考えそうな思考は全て消え去って、ただ今は少しでも早く医者のもとへ辿り着くことだけを願っていた。
「医者の家はどこだっ?」
「こ、こちらです!」
停車するやいなや馬車から飛び出してきたノアに、御者が戸惑いながらも答える。
そして御者の様子に、焦りのせいで自分がタイラー家の使用人らしからぬ態度を取っていたことに気づいたノアは苦虫を噛み潰したような顔をして、落ち着きを取り戻すために大きく息を吐いた。
――コンコンコン、
そうして扉をノックすれば、中から若い女の声が返ってくる。そこから顔の覗かせた女にノアは恭しく一礼をし、ロイドの容体の急変を告げた。
「すぐに先生をお呼びします。少々お待ちください」
話を聞いて表情を硬くした女が、扉を開けたままその身を翻す。その後ろ姿を見てノアはようやく、彼女が看護婦であることに気づいた。
「――お待たせしました」
「急かすようで申し訳ございません。どうぞ馬車へ」
白鬚を蓄えた少し背の低い初老の男とともに、看護婦も馬車へと乗り込む。
「――流石に行きと同じようにとは言いませんが、なるべく急いで屋敷に戻ってください」
「かしこまりました」
ノアも馬車に乗り込んだのを確認すると、御者は鞭を振り下ろし、馬を走らせた。
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