第四章 伯爵と元男娼、共有する
第十六話「伯爵への疑惑」
「…もう食事は十分だ」
ある日の朝食の時間のこと。
いつもより顔が青白く、食べる量も少ないロイドの姿に、給仕していたノアは眉を潜めた。
「ロイド、どうかしたのか?いつもより食事が進んでないようだけど…」
食堂に二人きりなのを幸いに、ノアはロイドに歩み寄りその顔を覗き込む。
いつもより潤んだ空色の瞳が、ノアの宵色の瞳を見つめ返した。
「いや、問題ない。ただの寝不足だ」
そう言って、椅子から立ち上がろうとしたロイドの身体が大きく傾いた。
「ロイド!」
ノアは慌ててその身体を抱き留める。
見た目よりずっと華奢なその身体つきに、ノアは思わず息を呑んだ。
「っ、すまない。もう大丈夫だ」
ロイドが慌ててノアから身体を離すように、テーブルに手をついて、ぐっと身体を起こす。そうして歩き出した姿には、もう体調が悪そうな気配はどこにもなかった。
「ロイド…」
それでもノアはロイドが気になって、その後を追うように食堂から顔を出す。
しかし、そこにはもうロイドの姿はなく、それが余計にノアの不安を煽った。
「――ノア?そんなところから顔を出して、どうしたの?」
掛けられた声に振り向けば、エマが不思議そうにノアを見ていた。今からロイドのもとへ向かうのか、その手にはティーセットの乗ったワゴンが押されている。
「ああ、エマさん。ちょうどいいところに」
あれからエマとも大分打ち解けていたノアは、先ほどのロイドの様子を細かく伝えた。
以前にロイドと他愛もない話をしたときに『エマは姉のような存在だ』と言っていたことを思い出したノアは、エマなら上手くロイドを気遣えるのではないかと思い相談したのだった。
「――分かったわ。教えてくれてありがとう、ノア。私も注意してロイド様を見ておくわ」
「はい、お願いします」
そう言ってロイドのもとへ向かうエマの後姿を見送って、ノアは朝食の片付けのために食堂へと戻った。
「―――」
どこか顔色が悪かったロイドを思い出して、ノアは顔をしかめる。
いつもなら毎朝口にしていたフルーツも、盛り付けられたままの姿でテーブルの上に置かれていた。
「やっぱり調子が悪いんじゃないのか…?」
思わず抱き留めたときのロイドの身体の細さを思い出して、ノアは思わず片付ける手を止めた。
「あんな細い身体で朝から晩まで働いているから、調子が悪くなるんだろ…」
とても自分と同じ歳の男とは思えないほどに薄い身体だった。自分が男らしい身体つきをしている自覚はないが、それでもロイドの細さは異常だとノアは思う。
「あんな女みたいな身体の男、客の中にもいなかっ――」
ノアは思わず、言葉を呑み込んでしまった。
――そうだ、なぜ気づかなかったのだろうか。
ロイドのあの身体つきは、男というよりずっと女のそれに近いのだ。
ノアが取っていた客は何も男ばかりではない。金さえ払ってくれれば、女だって相手をしていた。
そしてロイドを抱き留めた瞬間に感じた感覚は、女の客を相手にしているときと似た感覚だった。
「……嘘、だろ…?」
これが意味することは、ロイドが男ではなく、実は女であるということ。
もし、そうであれば簡単に知っていい秘密ではないことぐらい、ノアは十分に理解していた。
「いや、でも…」
ロイドが女であれば、それは先代のタイラー伯爵も容認していたということになる。そんなことが、現実にあり得るだろうか?
――もし。もし、本当にロイドが女だったとして、屋敷の使用人たちはその事実を知っているのだろうか?
一番近くにいるクリスは、エマは、そのことを知っているのだろうか?
「………っ」
考えれば考えるほどにロイドが女である可能性に辿り着いてしまい、もしかしたら重大な秘密に気づいてしまったことが怖くなったノアは、それを振り払うように目の前の作業に没頭した。
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