〇〇しないと出られない部屋から愛を込めて

武井とむ

01.ぐっもーにんぐ

「起きて。」

その甘い声に目を覚ます。

ゆっくり開いていく瞼。眩しい。あたりは真っ白で何も見えない。

次第に目は慣れていき、真っ白な壁を認識する。

目線を上にあげる。天井も真っ白だ。夢を見ているのだろうか。

上質な寝心地の枕と毛布。それにこのマットレス。

まるで、母親のお腹の中にでもいるような安心感。

まぁ、そんな記憶は無いのだけれど。

そんな間の抜けた事を考えながらまた瞼が錨のように重くなり、眠りの世界に誘われようとしていた。


「ねぇ、いつまで寝るつもり!」

さっきの声の主だ。夢の中くらい優しく起こしてくれよ。

もう一度深い睡眠に入ろうと身体を左から右へ向きかえ寝返りをうつ。

すると直後に俺の足に人の手のような温かい感触が伝わる。

足を弄るような動きをみせるその手に、

多幸感で溢れていた俺の脳内は確信した。これはきっとエッチな夢だ。と。

さっきの甘く可愛い声の主が中々起きない俺を見兼ね、モーニング淫らな行為をしかけてきているのだ。

分かったよ。もう少し眠ったふりを続けよう。君の思うがまま俺を弄んでおくれよ。

頃合いをみて狼さんは反撃にでますからね。


馬鹿だった。

感触が伝わった直後、一瞬でハッピー破廉恥思考に至った俺をぶん殴ってやりたい。

その小さくて柔らかい手は俺の足の毛を掴み、毛をむしり取っていった。

「痛ってえ!!」

俺はすぐに飛び起きた。むしられた部位を反射的に手で抑え悶える。

優しく自分の足を撫でた後、手をどけるとそこは不毛地帯。


「あ、ごめん。でも、全然起きないから...」

甘い声だからと侮るべからず。俺は恐る恐る声のする方へ顔を向けた。

「やっと起きたね。寝坊助さん。」

呆れ顔と笑顔が混在したその顔は可愛らしかった。

綺麗な瞳に透き通る白い肌。

肩にかからないショートヘアが寝癖だろうか少し乱れている。

月並みな表現だが、まるで雷に打たれたかのような衝撃。ビビっと来た。一目惚れとはこのことをいうのか。でも、なぜだろう。初めましてな気がしない。

「あれ、まだ寝ぼけてる?」

まずい、あまりの衝撃に言葉を失っていた。

「お、おはよう...ございます。つか、まだヒリヒリするんですけど。」

我が子のように自分の足を擦る。

「ごめんって。でもそれくらいしないと起きてくれそうになかったから。」

確かに。かつてないような睡眠体験だった。

「だってこのベッド寝心地が良すぎてさ...」言葉が途切れる。

喋りながらあたりを見渡していたが、目に映る見慣れない空間に言葉を失ったのだ。

「どこここ...?」それしか言葉が出なかった。

「私にも分からない。少し前に目を覚ましたんだけどあなたと同じく「どこここ?」って感じ。」彼女も周囲を見渡しながら話を続けた。

「壁も天井も床も真っ白。ベッドと寝具以外は何もない。あるのはそこのドアだけ。」

そう言うと彼女はゆっくり腕を上げ、俺の身体が向く先へ指を指す。

俺も身体を起こし座り直す。その指が指す先を見つめる。

そこには金のドアノブが付いた白い壁があった。

よく目を凝らすとかろうじて壁とドアに溝が視認できる。ドアなのだろう。

「ドアがあるんだけど開かないの。押しても引いてもびくともしないの。」

話し終えると彼女の手は力が抜けたようにベッドへ落ちた。

「じゃあ、出られないって事?そもそもなんだここ。君の家では無さそうだし。ホテルにしては不気味すぎる。」

彼女はドアの方向から振り返り俺と一瞬目が合うが、気まずさからか目線を逸らす。

「わからないの。ここがどこなのか。あなたとも初対面だと思うし...ただ男の人の力ならもしかしたら開くんじゃないかって思って。」

話終えるとうつむきながら自信なさげにしている。

とはいえ、このまま何もせずいてもしょうがない。俺はゆっくり立ち上がる。ベッドから降りドアへ向かう。

「何もわからない同士で話てても解決しないし、とりあえずやってみるよ。」

ドアノブに手をかける。しかし、回らない。

右にも左にもドアノブは回ってくれはしないのだ。

「まじかよ...」落胆しかけるも何にもならない。

力任せに回そうと試みる。全身が熱くなり力みすぎて震えている。

やはりうんともすんとも言わない。もう力づくでやるしかない。

ドアから少し後退し、勢いをつけ前蹴りを繰り出した。

ドンッ!と大きな音が響く。

ベッドに腰掛ける彼女が少しビクついたような気がした。

蹴り出した足がジーンとする。蹴破れる気が微塵もしない。

どうしたものだろう。力が抜けドアの前に座りこんでみる。

彼女も俺も言葉が出なかった。少しの静寂が流れる。


「ぐっもーにんぐっ!」

背後から知らぬ陽気な声が聞こえベッドの方を急いで振り向く。

驚くことにベッドの上には猫が二本足で立っているではないか。


「やっと起きたね。お2人さん。ずっと待ってたんだよ。」

彼女は口をあんぐり開けたまま猫を凝視している。

よほど驚いているのだろう。それもそうだこの異様な空間と開かぬドアと喋る猫。

もう理解が追いつかないとかのレベルではない。

「どうしたのお2人さん?聞きたい事が山ほどあるんじゃにゃいのかい?」

その通りだ。こんなイカれた状況で喋る猫に驚いてる場合じゃない。

俺は彼女と猫がいるベッドへ駆け寄った。

「ここは何だ?お前は何なんだ?夢見てるのか?なんでドアが開かない?とりあえずここから出してくれ!」頭で考えず口が動くがまま猫に投げかけた。

「まぁまぁ、そんないっぺんに聞かにゃいでにゃ。」

まさか猫になだめられる日が来るとは。

猫は前足を揃え後ろ足を折りたたみ、上半身を起こした状態で話始めた。

「僕はココル。この部屋の案内役にゃ。」

ココルと名乗るその猫は毛並みが綺麗で愛らしい顔をしていた。

「喋るマンチカン...ココル...可愛い...」

彼女は以前、唖然とした表情で呪文のようにつぶやいた。

ココルは彼女の方に歩みより、腕に頭を擦りつけながら話を続ける。

「これは夢ではないにゃ。現実とも言い切れにゃい。でも、そこは重要じゃないにゃ。」

「じゃあ、一体何なんだよ。わけわかんねぇ。」

ココルは彼女の腕に入ろうと頭をねじ込み抱きかかえて撫でてておくれと言わんばかりに彼女を見つめている。

彼女は手慣れた様子でココルを抱きかかえゆっくり頭を撫でる。

満足そうな表情でココルは説明を続けた。

「言うなればここは精神世界だにゃ。君たちの肉体から魂は離れ意識のみがこの世界にやってきている。」

彼女と目を合わせ、2人して頭の上にはてなが飛び交う。

「ますます分からん。じゃあ俺たちの肉体は今どうなってんだ...。まさか、死後の世界とか!?」

ドラマや映画で見聞きした状況に思わず口から出てしまった。

彼女の顔が青ざめる。当然の反応だった。

死をすんなりと受け入れられる人は多くないだろう。

事故か何かで死んだ俺たちの魂は肉体を離れここにいる。この空間にココルの存在。それらを目の当たりにすればこの考えは突飛でもない。

「君たちは死んではいない。まだね。これ以上はお題をクリアしないと教えられないにゃ。」

「お題?」彼女はココルの顔を覗き込み問いかける。

「そう。お題。ほら、ドアに注目するにゃ。」

俺たちはドアに目を向ける。

すると、ドアに文字が浮かび上がった。


【〇〇しないと出られない部屋】


「は?」

俺はドアに映った文字に対して正しい反応をした。

「これ、SNSとかで見かけた事ある。」

彼女も正しい反応を見せる。

ココルは彼女の腕から離れ、ベッドの中心へ戻り先ほどと同じ体勢で座った。

「これから5つのお題が出るにゃ。すべてクリアすればこの部屋から出られる。わかったかにゃ?」

言ってる事は分かるけども。理解はしたくない。それに5つだと?

「2人はまだ自己紹介もしてないにゃね。彼はユウタ。ユウタ、彼女はメイだよ。」

「え、なんで私の名前知ってるの。」

「僕はにゃんでも知ってるにゃ。」

ここまで来たら名前を知ってる事くらいじゃ驚かないが、言葉も出ない。

「それじゃあ、少ししたらお題がドアに映るにゃ。僕はひと休みするにゃー。」

ココルは毛布の中へ入って行く。

「おい、待て!」

毛布を引っくり返す。しかし、そこにココルの姿は無かった。

「ねぇ、ユウタ..くん。あれ見て。」

メイの視線の先にあるドアにはお題が映し出されていた。

「まじかよ...」


【セックスしないと出られない部屋】

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