違う世界の同じ場所で。

きみとおさる

第1話 紅葉と恋

郁乃は、如月中学校2年A組の教室で一人、絵を描いていた。美術部に所属している彼女は、秋の澄んだ空気を肺に入れながら、秋空と紅葉をスケッチブックに描いていた。


郁乃は絵を描いていると、校庭に親友の咲綾の姿を見つけた。咲綾は郁乃に向かって手を振っている。郁乃も笑顔で咲綾に手を振り返した。


ふと耳をすますと廊下を歩く音が聞こえた。


ガラリ。


教室のドアが音を立てて開くと、郁乃と咲綾のクラスメイトの聖志せいじが立っていた。

誰にも言っていないが、郁乃は聖志のことが好きなのである。引っ込み思案な郁乃はあまり聖志と話すことがなかった。だから今が話すチャンスだと思った。


「あ、郁乃さん。いたんだ。何しているの?」


奇跡だ。郁乃は聖志から話しかけてくれた事にとても感謝した。


「せ、聖志くん。あの、美術部の制作で…」

「あ、そうなんだ!僕は宿題の数学のノート忘れちゃってさ。取りに来たんだ。」


聖志はそう言うと、にっこり優しい笑みを浮かべた。

郁乃はしどろもどろにこたえてしまって少し恥ずかしかったが、聖志の笑顔でそんなことは忘れてしまった。聖志の優しい笑みは、郁乃の心をキュンと動かした。


次の瞬間、聖志は郁乃の方へ歩み寄り、郁乃のスケッチブックを覗いた。郁乃は驚いてスケッチブックを隠そうとするが、一足遅かった。


「凄いね、紅葉の絵だ!

この校庭がこんなきれいな絵になるなんて。

郁乃さんはすごく絵が上手いんだね。」


聖志はまた優しい笑顔を浮かべた。


「えっ、いやいや、全然上手くないよ…。」


郁乃は聖志の言葉と笑顔がとても嬉しかったが、照れて謙遜けんそんしてしまった。

言ってしまったあと、後悔の波が押し寄せてきた。

聖志の言葉を、否定してしまった。


でも、その後、聖志はまたふわりと、笑った。


「いや、誰がどう見ても上手いよ。僕が保証する。

あ、もうこんな時間。

僕、もう帰らなきゃ。

また、郁乃さんのきれいな絵、見せてね。

あ、一つ訂正。絶対ってわけじゃないから。

気が向いたら見せてっていうだけ。

じゃあ、また明日ね!」

「あ、うん…。」


ガララララ――タン。


聖志はドアを締め、姿を消した。

郁乃は、聖志と会えてよかった。そう思った。


短いが楽しい時間いまを過ごしたこのときの郁乃はまだ、一ヶ月後に聖志に告白されることを知るよしもなかった。

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