👺 天狗の羽団扇(3)恐ろしい結末
顔を上げた二人は、腰を抜かさんばかりに驚いた。二人の前にいるのは、他でもない、与兵衛の実母・およね、その人だった!
「かか様!」
「
と言ったきり、二人はしばらく口もきけない有様だった。
「ふふふふ。驚いたかえ?」
目の前のおよねは、昔の
「言っとくが、あたしゃ、幽霊ではないよ」
前についた与兵衛の両手が、ブルブル震えている。
「あの時は、死ぬるかと思ったよ」
およねは笑って言うが、その目は笑ってはおらず、与兵衛とおかつを交互に睨みつけている。
「二人とも、どうしたんだい? 久しぶりに、会えたというのに」
二人の頭は混乱し、何と言っていいのか皆目見当も付かない。
「あたしがどうやって助かったのか、知りたいだろ? え?」
「は、はい」
およねは、あの日のことを話し始めた。
*
迫りくる炎の中で、およねは死を覚悟した。
「なんまいだ、なんまいだ……」
手を合わせ、念仏を唱えた。
すると不思議なことに、火の勢いが弱まっていき、やがて消えてしまった。
およねが燃え残りの中で呆然としていると、人の気配がした。 振り返ると、そこにいたのは、一人の異形の者であった。
身の丈は七尺(2m余)ほどもあり、いでたちはまるで修験者のそれだった。頭には
しかし、著しく人と異なる部分があった。顔面は真っ黒で、鼻から口にかけて烏のような鋭い
およねは、これはこの山に住むという
だから、そのものを正視することは避け、伏し拝みつつ、一心に念仏を唱えていた。
すると、どこからともなく、威厳のある声が聞こえた。
「お前は、塩民村のおよねであるな?」
「はい、そうでございます。わたくしめをお救い下さったのは、あなた様でございますか? 誠に有難き幸せにございます」
天狗はおよねの問いには答えず、
「今日は何用あって、天狗山に来た?」
お米は、ありのままに話した。
「そうか。では、一両日、その小屋で待つがよい。もう燃えぬから、安心せよ」
そう言い残して、天狗は空に飛んでいった。小屋は、燃える前の姿に戻っていた。
2日ほどして、天狗が戻ってきた。
天狗は烏の姿に身をやつし、与兵衛宅の屋根に留まって、与兵衛・おかつの会話を聴き取ったのだった。天狗は聴いたことを、包み隠さずおよねに話した。
「
「えー! な、何ということを……」
にわかには信じ難かったが、神通力を持つという天狗の言うことに嘘はないと、およねは思った。
「己の倅に背かれるとは、お前も哀れじゃのぉ。よし、お前にこれをやろう」
天狗は懐から
「『大天狗様、我が願い聞き届けたまえ』と念じながら、この羽団扇を一振りすれば、何事も叶わぬということはないのじゃ。では、末永く達者でな」
そう言い残すと、天狗は空高く舞い上がり、いずこともなく消えた。
*
「それでわしは、天狗からいただいた羽団扇を使って、千戸の街や御殿を造ったのじゃ。両名、驚いたか。ははははは」
その笑い声は高らかに響き渡り、人のものとも思えなかった。
与兵衛とおかつは、震えあがった。母とはいえ、謀の真相を知ってしまったからには、どんな仕返しをされるか分からない。
たがいに目配せすると、脱兎のごとく駆け出した。玄関を出て、およね町から逃げ出した。しかし、追ってくるものはいなかった。
無事家に逃げ帰ると、おかつは自分の悪行を棚に上げて、散々悪態をついた。
「ちくしょー。あの
「あの街には、二度と近付くまいよ」
「ふん。だからお前さんは、いつまで経っても、柴売りなんかしてるんだよ」
「と言われてもなー」
「あたしに、いい考えがある。耳を貸しな。烏天狗に聞かれると、おじゃんだからね」
それから数日後、与兵衛とおかつは、天狗山に登っていった。
以前およねを連れて行った、茅作りの小屋に到着した。
「いいかい、婆さんにしたのと、寸分
「分かった。だが、本当に大丈夫なのか? もし、天狗が出てこなかったらどうする? 天狗は、俺たちがした悪さを、知っちまってるんだろ? 助けてくれるかな?」
「あー、じれったいねー、お前さんという人は。首の上に載っているのは、カボチャかい? どうにでも言い繕えるだろ。深く罪を悔いて、火に焼かれることにしたとか。羽団扇をせしめれば、こっちのものさ。天狗もあの世に送ってやる」
「はー。なるほどね。お前は凄いね」
「何がさ」
「よくもそう次々と、悪知恵が湧いてくるもんだ」
「悪知恵とは何だ。それに、火に焼かれたら焼かれたで、あたしゃ構わないよ。こんな貧乏暮らし、ほとほと嫌になった。死んだら、あの婆さんに取り
「くわばらくわばら」
「さあ、始めるよ」
おかつは小屋に入り、与兵衛は
小屋の周りに柴を置き、火を点けた。
火はたちまち勢いを増し、小屋の高さにまで達するようになった。
しかし、天狗は現れない。
「お前さん、熱いよ。だめだ、閂を外しておくれ!」
「分かった」
しかし、なぜか閂はびくともしなかった。
「ギャー」
凄まじい叫びを最後に、おかつの声は聞こえなくなった。
火は小屋全体を包み込み、やがて小屋は焼け落ちた。
数日後、与兵衛、おかつの姿が見えないことに気が付いた村人が、総出で天狗山を探した。
小屋の焼け跡から、おかつとみられる焼死体が見つかった。
しかし、与兵衛の行方は
やがて村人は、与兵衛は烏天狗に
《「天狗の羽団扇」 完》
※ 本作品の執筆に際し、下記文献を参考にしました。
みんわの会編「昔ばなし豆辞典」:鳥越信編『目でみる日本昔話集』文春文庫ビジュアル版(文藝春秋、1986年)所収。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます