👍 一寸法師(5)メデタシメデタシ?

 法師と竹丸は、静まり返った京の街を駆けていく。

 いつの間にか風が出てきていて、空は雲に覆われようとしていた。

「月はなく、星も雲に隠れました。鼻を摘ままれても分からないほどの闇ですね」

「そうだな。だが、その方が好都合だ」

「法師は、夜目が利くんですか?」

「まあね」

「私はどうしたらいいですか?」

 おっとり刀で屋敷を出てきたので、どのようにしてオニからを救い出すのか、オニを成敗するのか、何も話し合っていなかった。

「オニの成敗は私一人でやる。竹丸は、いとを連れて、屋敷に戻りさえすればいい」

「承知しました。もしもオニが追ってきたら、一太刀浴びせてやります」

「万やむを得ない時だけだ。オニを倒すには、正確に急所を突く必要がある。奴らは恐ろしくしぶとい」

「急所は、心の臓ですか?」

「いや、奴らには心の臓が4つくらいあるから、ひとつを突いたとしても死なない」

「そりゃ、厄介ですね」

「奴らを倒すには、一刀のもとに首を斬り落とすしかない」


 六道の辻を過ぎ、いよいよ鳥辺野に入った。

「頭目は、ジャジャという女オニだ。暗闇に乗じて奴らの根城に忍び込み、最初にジャジャを倒す。すると、残りの奴らは、烏合の衆と化すだろう」

 ずっと先に、かすかに灯火ともしびが見えてきた。

「見ろ。あそこが奴らの根城だろう。音を立てるなよ」

 法師が竹丸の耳元でささやいた。

 灯火に近づくと、それは荒れた小屋から漏れている光だった。

「風下に回るぞ」

 2人はそっと小屋の周囲を回った。そして、小屋の壁の破れ目から、中を伺う。

 囲炉裏を囲むようにしてオニたちが居並び、談笑している。酒を飲んでいるようだ。

「おい、お前ら。ほどほどにしておけ。相手が一人だと思って、油断するなよ」

「へい、姐御。しかし、法師の奴、来ますかね。侍女じゃなく、姫をとっ捕まえた方が良かったんじゃありませんか」

「馬鹿だな。姫じゃ、その親父らが騒ぎ出して、検非違使なんぞが来るかもしれない。それは面倒だ。こっちは、法師から通信機を奪いさえすればいいんだからな」

「なーるほど」

 部屋の隅には、縄でグルグル巻きにされたが、土間に転がされているのが見える。

「もし、法師が来なかったらどうします?」

「知れたこと。その女を食っちまうだけだ。もっとも、法師が来ても、同じことだがな」

「へへへ。脳味噌の詰まった頭は、もちろん、姐御が取るわな。俺は、太腿が食いたい。若い女の太腿は、柔らかくて脂が乗ってて、堪えられねえ。ズズズズ」

 口から、だらしなく涎が滴っている。

「俺は、尻が欲しい。プルプルしてて、舌の上でとろけるぞ」

「おい! お前ら、なに勝手に決めてやがる。放っておくと肉の奪い合いになるから、やはり姐御に決めてもらおうや」

 日の出までには、まだ一時(2時間)ほどある。酒も入り、すっかり寛いでいるらしい。


 しばらくして、小屋の出入り口に垂れ下がっているむしろを潜り抜け、法師が音もなく小屋に入ってきた。

 抜刀して、声も立てずにジャジャに近付いたと思う次の瞬間、一刀のもとにジャジャの首を斬り落とした。首からは盛大に血潮が噴き出し、首はゴロンと音を立てて、床に転がった。

 虚を衝かれた残りのオニたちは、恐慌状態に陥った。悲鳴を上げながら、我先に逃げようとして、出入り口に殺到する。そこを、法師は蝶か蜂のように跳ねまわりながら、次々とオニたちの首をねていく。

 その間に竹丸はいとを助け出し、肩に担いで裏口から走り出た。


 もうオニが追って来ないのを見届けて、竹丸はいとを降ろし、いましめを解いてやった。

「いとさん、もう安心です。オニはことごとく、法師様が成敗して下さるはずです。お怪我はありませんか?」

 いとは小さく首を横に振ったが、よほど恐ろしかったとみえて、すぐには口を利くことができなかった。 

「これを飲んで」

 竹丸は、腰に下げている水の入った竹筒を外して、いとに渡した。

 そうこうするうち、法師も引き上げてきた。鞘に納めた大刀の先に布袋を提げて、肩に担いでいる。ジャジャの首だ。

 この時は真っ暗で分からなかったが、法師は返り血を浴びて、全身血だらけだったのである。

「法師様! ご無事で何よりです」

 竹丸の声には、法師に対する畏敬の念が感じられた。

「オニはすべて、討ち取ったぞ。いと! 無事でよかったな」

 それを聞いた途端、いとは大声を上げて泣き出し、法師にすがり付いた。

「よしよし。さぞ恐ろしかっただろう。だが、俺は今血だらけだ。離れた方がいい。さあ、屋敷に戻ろう」

 オニの頭目の首を担いだ法師と、いとを負ぶった竹丸は、三条の宰相殿の屋敷へと急いだ。


 都の人々を恐怖に陥れていたオニがことごとく討ち取られたという話は、たちまち都中に広まった。三条の宰相殿は、ことの次第をみかどにご報告申し上げた。

 たいそう喜ばれた帝は、さっそく法師を内裏だいりにお呼びになった。法師はオニ成敗の様子を生き生きと話し、立ち居振る舞いも立派なものであったから、帝はますます法師を気に入られたのである。

 帝は、法師の「両親」である難波のお爺さん、お婆さんについても役人に調べさせた。

 すると、二人とも卑しからざる血筋の出であり、やむを得ない事情があって都落ちしたものと分かった。その結果、法師は殿上てんじょうを許されるとともに少将に任じられ、「堀川の少将」と呼ばれるようになった。

 法師と千姫は祝言をあげ、晴れて夫婦となった。一方、夕月の方は、千姫の赤子殺害を命じたとがで、離縁されたうえ都から追放された。


 *

 

 翌年、すっかり春めいたある日、法師、いや、今は堀川の少将と千姫は、仲良く五条大橋を渡っていた。

「俺は、母星に最後の通信をして、この通信機を鴨川に捨てるよ」 

 少将は、懐から通信機を取り出して、何やら操作している。

「何と送るんです? この星は、移住に値するとでも?」

「送ったら、教える」

 少将は、送信ボタンを押してから、通信機を川に投げ捨てた。彼は千姫に、通信文の内容をこう説明した。


――太陽系第3惑星探索者○○より報告。

所定の探索を行った結果、当該惑星は移住にはまったく適さないとの結論を得たので、ここに報告する。

なお、本官は、故あって当該惑星に留まる。

救助の必要なし。

本通信を以って、最後の通信とする。

母星に栄光あれ!――


 その後、堀川の少将は中納言に栄進した。また、他人が羨むほど夫婦仲が良く、子だくさんで、一族は大いに繫栄した。

 つまり、現代の我々の中にも、異星人である少将のDNAが、幾分かは引き継がれているかもしれないのである。


《「一寸法師」 完》


※ 本作執筆に際し、次の文献を参考にしました。

 桑原博史訳注『おとぎ草子』講談社学術文庫576(講談社、1982年)。


 

 

 




 

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