第157話 逃走劇
「はあはあはあ……」
路地裏を駆け抜ける男の息づかいが響き渡る。
「そっちだ! 先回りしろ!」
追いかける警察官たちの声が聞こえてくる。
(どないなっとるっちゅうんや。なんで、俺の行き先が全部ばれとる?)
追いかけられているのはレオンだった。
軽トラックは乗り捨てて、自分を慕っていた男と別れたレオンは、昔の伝手を頼って逃走を続けていた。
だが、こうやって今は追い詰められていた。
その理由は、わっけーによってこっそりと付けられた発信機のせいである。実は、軽トラックの荷台とレオンの靴に付けられているのだが、その大きさはレオンに気付かれない程度なのである。わっけーの執念が、着実にレオンを追い詰めていた。
(くそっ、次から次へとしつこいやっちゃっで。あいつをさっさと逃がしといて正解やったな)
路地裏の狭い道を走り回るレオン。だが、それもそろそろ限界を迎えつつあった。
さすがのレオンとはいえ、大勢の警官を相手に逃げ回るのは無謀だったのだ。実はこの時、レオンは段々と袋小路へと追い詰められていたのである。土地勘がいまいちないレオンはそれに気が付く事なく、誘い込まれてしまっていたのだ。
(くそっ! 行き止まりかい!)
前と左右が高い壁になっているのを見て、初めてレオンは自分が追い詰められていた事に気が付いた。普段のレオンならもっと早く気が付いただろうが、ここまで気付けなかったという事は、レオンに余裕がもうない事実を示していたのだ。
(はっ、俺とした事がやってもうたな……。だが、バーディアの狂犬と呼ばれた俺や。ただで捕まる思うたら……、大きな間違いやで?)
後がない事に、レオンは開き直る。
ここで今までの逃亡で履き潰してしまった靴をようやく脱いだ。そして、裸足になると迫りくる警官たちに備えて構えを取ったのである。
(お前らごとき、チャカがのうても十分や。俺を追い込んだ事の褒美として、その骨何本かいわしたるわ)
追い詰められたレオンは、バキバキと骨を鳴らしている。どうやらやる気十分のようだった。
「レオン・アトゥール、追い詰めたぞ! 無駄な抵抗はやめて、おとなしく逮捕されろ!」
狭い路地にぞろぞろと警官がなだれ込んでくる。それを見たレオンはにやりと怪しく笑っていた。
「何がおかしい! 追い詰められて頭がおかしくなったか?!」
笑みを浮かべるレオンを見て、恐怖を感じた警官が叫ぶ。だが、それに対してレオンが答えるわけもなかった。
無言のままじわりじわりと警官たちと距離を詰めていくレオン。その身から放たれるオーラに、警官たちはじりじりと後退ってしまう。
「おかしいやと? おかしい事を言いよるわ。吠えるだけの駄犬どもが。頭おかしいんはお前らやないか?」
警官たちを煽るレオン。その狂気に満ちた顔に、警官たちはさらに後退っていく。
「はんっ、腰抜けどもが! とっとと道を開けさらせ!」
レオンは叫ぶと警官たちに殴りかかっていく。応戦しようとする警官たちだが、狭い路地に大人数と、その動きが制限されてしまっていた。そのためにうまく応戦ができない。
結局、レオンにいいようにされるがままに突破されてしまったのだった。
「この腰抜けどもが……。バーディアの狂犬と呼ばれた俺を舐めるんやないで!」
唾とともに捨て台詞を吐いて、レオンは路地から脱出していった。
……その後、レオンは不思議と追手が来なくなっていた事に気が付いた。
(なるほどそういう事か……。知らんとる間に発信を付けられとったんか。ここで俺の服装で変わったんは靴だけやから、靴に付けられとったっちゅう事やな)
すぐに結論に達するレオンである。
狂犬と呼ばれるくらいにけんかっ早いレオンではあるが、頭もそこそこ切れるのである。だからこそ、あれだけの悪事を重ねてこれてわけだ。
(ちゅう事は……、なるほどな、恵ちゃんか)
靴に発信機が付けられていた事に気が付いたレオンは、誰が仕掛けたかまですぐに思考がたどり着いてしまった。こういう時の嗅覚だけはやたらと鋭いのだ。さすがは狂犬である。
(これは理恵の世話の礼も兼ねて、何かしたらなあかんなぁ……)
ようやく追跡から逃れたレオンは、そんな事を思いつつ身を隠しながら休憩をしている。まったく、思考がおっかないために、そんな考えもろくな事に思えなかった。
だが、そんな時だった。
バキッと大きな音を立てて、身を隠していた木が折れたのだった。
「誰やっ!?」
レオンは木から離れて叫ぶ。だが、誰の姿も見えない。
「隠れてへんで出てこいや!」
ぎりぎりと歯ぎしりをしながら辺りを見回すが、気配をまったく感じられない。
「……そこやっ!」
気配を感じ取ったレオンは、素早く移動して拳を振りかざす。
だが、その攻撃は簡単に止められてしまった。
「……ファントムか。まさかお前が来とるとはなぁ……。バロックの差し金か?」
レオンはぎろりと目の前の相手を睨む。だが、目の前に居る2mを超えていると思われる大男は、黙して何も語らなかった。
目の前に現れた男ははたして一体何者なのだろうか。
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