第17話 部活の事

 週が明けて月曜日を迎える。

 この日の栞は、朝早くから出て朝練に打ち込んでいた。というのも土曜日は部活に出ないで早く帰ったからである。

 この日の朝練は、栞一人ではなかった。同じ一年で長距離希望の長谷杏梨はせあんりと一緒である。

 この杏梨は隣の6組の生徒で、体育の授業でよく見る子である。栞より背が大きい。まあなぜよく見る子かというと、あのわっけーがちょっかいを出していたからである。話を聞いてみればどうやら同じ小学校の出身で、その時から親しい仲の子だったようである。

 この杏梨だが、結構まじめで熱心な性格のようで、栞が朝練に来た時には確実に居るのである。数回一緒に練習しただけだが、すっかり栞とは意気投合して二人揃って練習するようになっていた。

 朝練でさわやかな汗を流した二人は、笑顔でそれぞれのクラスへと向かっていった。


「しおりーん、聞いたぞ。あんと一緒に練習してるらしいな!」

 クラスに着いた栞を待っていたのは、いつもの騒音レベルの拡声器だった。耳元で声を出された栞は、じんじんする耳を手で押さえている。痛みに耐えながら、栞はわっけーに聞き返す。

「あんって誰よ」

「あんはあんだ。あんはあん以外の誰でもないぞ!」

 返ってきたわっけーの答えは意味不明だった。わっけーに代わって答えてくれたのは理恵だった。

「私たちの幼馴染みの杏梨ちゃんの事だよ。ほら、隣のクラスの長谷杏梨ちゃん。わっけーってめんどくさがりで、フルネームで呼ぶ事が少ないのよ」

「なるほど、杏梨あんりだから『あん』ってわけね。合点がいったわ」

 納得している栞だったが、ここでとある事に気が付く。

「ちょっと待ってよ。フルネームを縮めて呼ぶんなら、なんで私は名前フルの後ろに『ん』がくっつくのよ」

 ガタリと立ち上がって、わっけーに突っ掛かる栞。だが、わっけーの表情は変わらずあっけらかんとしている。

「はーはーはーっ! しおりんを別の呼び方で縮めようとしても、そういう呼び方の人物は既に存在しているのだ。かぶってしまうから『しおりん』でいいのだ!」

 わーはっはっと笑うわっけー。その答えに栞は一応の納得がいったのだった。

 キーンコーンカーンコーン……。

 ここでチャイムが鳴ってしまったので、話を打ち切ってそれぞれの席に着いた。


 昼休みになると、栞たちは再び集まった。

「ところで、みんなは部活は決まったの?」

 栞が話題を切り出した。この草利中学校は部活導入部が必須なのだから、気になって仕方なかった模様。

 これに先陣を切って答えたのはわっけーだった。

「おうよ、あたしはテニス部だ!」

「へー。わっけーは運動神経はよさそうだし、まあ合ってるんじゃないの?」

 栞はこう言ってはいるが、内心似合わないとか思っていた。すると、

「こーらー、しおりん! 似合ってないとか言うなーっ!」

「誰もそんな事言ってないでしょうが、何を言ってるのよ、わっけー」

 という感じでわっけーが喚き出したので、すかさず事実を突きつけた。実際、誰もそんな事は言っていないのだから、まったくの濡れ衣である。思った事が聞こえるとか、超能力者かな?

 わっけーが少し騒いだが、とりあえず話を続ける。

「私は美術部にしたの。絵を描くのが好きだから」

 理恵はどことなく照れくさそうに、少し小さな声で答えていた。普段の髪型のせいで活発そうに見られる理恵だが、その実は結構おとなしい少女である。なるほど、理恵らしい部活である。

「私は新聞部にしたわ。私の親が刑事でしょ? どうしても影響受けちゃってね、観察眼を鍛えたいと思ったのよ」

 意外と堂々と言ってのける真彩。すると、新聞部という単語にわっけーが反応する。

「おー、それならあたしが優勝した時にはインタビューしてもらいたいぞ」

「いや、あんたは無理でしょ。ただでさえ落ち着きがないのにさ」

「何をー?!」

 わっけーの言葉を栞が茶化すと、わっけーが両手を上げて栞に飛び掛かろうとしてきた。間に真彩が入ってケンカにはならなかったが、栞にしてはずいぶん意地の悪い態度である。

「……で、栞ちゃんは?」

 わっけーを食い止めながら、真彩が栞に話題を振る。真彩は知っている事だが、状況的に言わざるを得ないのだ。

「私は陸上部と新聞部よ。一応メインは陸上部」

 真彩が間に入ってるとはいえ、栞はわっけーを見ながら答える。わっけーがまだ両手を上げた状態でいるものだから、栞は何かを思いついてわっけーに挑発的に言う。

「よーし、わっけー。さすがに決めつけるのも悪いと思ったから、今度、あんたの腕前を見せてもらおうじゃないの。テニス勝負よ」

「おー、言ったな、しおりん。あたしの腕前でコテンパンにしてやるぞ?」

 挑発に乗りやすいわっけーは、見事に乗ってきた。栞はにやりと笑う。

「じゃ、決まりね」

「おうよ、あたしの実力を見せてやんよ!」

 勝手に進む話に、真彩も理恵もついてこれなかった。あれよあれよという間に、栞とわっけーによるテニス対決の話がついてしまったのである。

 これには、クラスの中も騒めいていた。なにせわっけーの声が大きいのだから、クラスに筒抜けなのである。こうなったらもう取り消せない。栞とわっけーのテニス対決は、クラス全員の証人つきで決定したのである。

 その後はその対決をいつにするのかで話が進められた。すると、二人揃って部活のない曜日が見つかったのである。

「よーし、今週の木曜日に対決よ」

「わっはっはーっ! 望むところだ、しおりん」

 というわけで、二人の決戦は木曜日と決まったのである。この二人の様子に、真彩は顔を手で押さえ、理恵はただただ笑っていた。

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