第16話 千夏の勝負

 翌朝、千夏はかなり悩んでいた。というのも、昨夜に栞から受けた飛田先生を調査員側に引き込む作戦のせいである。

 栞から受けた千夏への指令は次の通りである。

『土曜日の13時に、いつもの喫茶店に呼び出してほしい』

 実にこれだけだった。

 具体的な流れなどの説明はまったく無い。千夏の性格的な事もあるのだろう、栞は端的にだけ伝えておいたのである。千夏も千夏の方で、親友の栞の言う事だから問題はないだろうと、とりあえず言う通りにする事にした。

 いつも通り学校に出勤した千夏は、あちこちにある花壇に水をやり、部室の中もチェックする。とある時期が近付いているので、道具のチェックは特に念入りに行っている。

 一連のルーティンを終わらせると、千夏は職員室へと戻った。

 朝の職員会議が始まると、千夏は職員室の中を確認する。飛田先生の姿はきちんとあった。出勤を確認した千夏はほっとすると、声を掛けるタイミングを考えた。

 千夏はこのあと一時間目から四時間目までびっしり授業が入っていた。午前中に声を掛けるのは不可能だと判断した千夏は、やむなく確実な給食の時間を狙う事に決めた。

 やがて給食の時間となる。そこで、早速千夏は動いた。

「飛田先生、今よろしいでしょうか」

「はい、何でしょうか」

 千夏が声を掛けると、くるりと振り向いて返事をする。

「申し訳ありませんが、ちょっと園芸部の道具の事で放課後に相談をしたいのですが、よろしいでしょうか」

 飛田先生は園芸部とは関係ないが、昨日の工具箱の事を考えると、道具の事での相談ならば話を持ち掛けやすいと判断したのだ。

 千夏の突飛な質問に、飛田先生は少し考えたようだが、

「はい、私でよければ相談に乗りましょう」

 という感じに了承してくれた。とりあえず、二人きりで話をする状況を作り出す事に成功したようである。千夏は頭を下げて自分の席へと戻っていった。


 そして、放課後となる。

 千夏は早速、飛田先生に声を掛ける。

「飛田先生、実物を見ながら相談をしたいので、部室の方までご足労頂いてよろしいでしょうか」

「そうですね。私もその方がいいと思いますよ」

 千夏の誘い出しに応じる飛田先生。とりあえずここまでは予定通りに進んでいる。

 そして、二人揃ってやって来た園芸部の部室。他との掛け持ちなどがあるのだろうか、部室には誰も居ない。飛田先生は辺りを見回すが、やはり誰かが居る気配はなかった。

「今日は部員達にはお休みだと通達してますので、誰も居ませんし来ませんよ」

 千夏は座る場所を確保しながら、飛田先生にそう告げる。

「それで、相談というのがですね……」

 千夏がこう言い掛けたところで、飛田先生が千夏の肩に手を置いた。その手にはいささか力が入っているように思えた。

「誰の入れ知恵かは存じませんが、回りくどい真似は感心できませんね」

「飛田先生?」

 飛田先生の重い声に、千夏は動きを止めた。

「単刀直入に用件を言ってはどうなんでしょうかね、『自分たちの仲間になってほしい』と」

 ぎくりと、千夏の体が震えた。自分の意図が完全に見抜かれてしまっているのだから、動揺するのも無理はない。

「昨日の事があっての今日の話ですからね。よっぽどのお鈍さんでもなければ気付きますよ。ただでさえ南先生は、気持ちが外に出やすいんですからね」

 冷や汗が流れる千夏。ここまで言い当てられてしまっては、もう観念するしかなかった。

「……その通りですよ。でも、いくら私が分かりやすいとしても、そこまで言い当ててくる飛田先生ってエスパーか何かですか?!」

 千夏は飛田先生の方を振り返って、ダンと一回床を思いっきり踏みつけた。

「いや、単に勘が鋭いだけですよ」

 飛田先生のあっけらかんとした回答に、千夏は引っ張り出した椅子にふらふらと腰を下ろした。

「はぁ、私ってそんなに分かりやすいのかしら」

「ええ、面白いくらいに」

「ああ、もう。感じ悪い……」

 ふてくされた顔をする千夏を見て、飛田先生は笑っていた。

「いや、すみませんね。では、本題をお聞かせ願えますか?」

「……そうですね。土曜日の13時に、私が指定する喫茶店に来てほしいんです」

「土曜日の13時ですね、分かりました」

 用件を無事に伝えた千夏は、おまけだった園芸の道具の話を始める。

「道具の相談は本当だったんですね」

「ええ、詳しいと思いましたから」

「やはり、あなたは面白い人だ」

 さっきまでの張りつめた空気は和らぎ、穏やか雰囲気の中で二人はしばらく園芸道具の事で話が盛り上がるのだった。


 そして、土曜日を迎える。

 栞が指定した喫茶店に飛田先生が姿を現した。そして、そこに居た面々に対して少し驚いた顔をする。それもそうだろう。水崎警部と浦見市の教育委員長が同席していたのだから。一方で栞に対しては何の驚きも示さなかった。

 とりあえず、この5人が揃って一つのテーブルを囲む。

「おおよその話は南先生から伺っております。私の知っている事でしたらお話しますし、調査には協力致します」

 予想外のお偉いさんが居た事もあってか、飛田先生は調査への協力をあっさり引き受けていた。ただ、報告はちゃんとする代わりに、修繕に関してはこれからもできれば目をつぶってほしいと申し出た。いきなり断るような事になれば、怪しまれかねないというのが理由である。

 これに関しては、警部と教育委員長はあまりいい顔はしなかったが、確かに急に断るようになれば何か勘繰られる危険性はあるし、飛田先生の態度自体は協力的である事から、修繕に関しては報告は求めるが黙認する事となった。

 こうして、草利中学校の調査員は飛田先生が加わり5人体制となった。実に成人男性の加入は大きい。

 とりあえず、飛田先生を引き込む事に成功した事で、栞はほっとした様子で千夏を労った。

 感情が表に出やすい千夏は、それだけでかなりネックではある。これからも不安に思う点ではあるが、それを補えるだけの戦力が加入したのは実に大きい。必ず草利中学校の闇を暴いてやるんだからと、栞は息巻くのだった。

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