第7話 新聞部

 顧問の松坂先生から熱烈なラブコールを受けた栞は、結局断り切れずにその場で入部届を書いて提出事になってしまった。受け取った松坂先生が小躍りしていたのは見なかった事にしておこう。

 そういうわけで、栞は早速明日から部活に参加する事となってしまい、精神的にぐったりとしてしまった栞の顔には疲労の色が見え隠れしていた。

「大丈夫? 栞ちゃん」

 真彩が心配そうに顔を覗き込んでくる。

「大丈夫よ。それよりもまーちゃんも部活決めなきゃでしょ? 見学の続きに行きましょう」

 それに対して、栞はカラ元気を見せて精一杯に明るく振舞った。その行動に、真彩は「うん」と頷いた。

 グラウンドから離れて、再び下足場へ戻ってきた。真彩は文科系の部活を希望しているので、そのほとんどが活動する校舎内へと移動するためである。

「まーちゃんは、特に希望してる部活ってあるの?」

「ううん、特にこういうのっていうのは決めてないよ」

 答えから察するに、文科系の部活ならなんでもよさそうである。

 栞がふと下足場の掲示板に目を向ける。そこには所狭しと部活動の勧誘の掲示物が貼り出してあった。その中にある一枚に、栞の目が留まる。

「新聞部? そんな部活もあるのね」

 でかでかと書かれた新聞部という三文字を、栞は思わず呟いた。すると、それに真彩が反応をする。

「新聞部かぁ……」

 掲示板に近付き、新聞部の勧誘のチラシをまじまじと、好奇心たっぷりに眺める真彩。まるで目が輝いてるように見えるその姿に、栞は思わず引いてしまった。

「ま、まーちゃん?」

 栞がつい声を漏らすと、真彩がくるりと栞の方に顔を向ける。

「ねえ、栞ちゃん」

 栞に向けられた真彩の顔は、さっきまでとは違ってどこか神妙な面持ちだった。

「ん、何かな?」

 栞が困惑気味に反応すると、真彩は周りを確認している。

「いきなりこんな事言うと困ると思うけど、栞ちゃんって実は中学生じゃないでしょ」

「はあ? いきなり何を言うの、まーちゃん」

 唐突な真彩の言葉に、思いっきり動揺する栞。その姿を見た真彩は、何かを確信したように、胸ポケットに入れてある生徒手帳を出して、とあるページを開いてみせた。そこにはこう書かれていた。『浦見市調査委員』と。

「は? これは?」

 栞は分からないといった感じの反応を見せる。しかし、真彩の追及は止まらない。

「栞ちゃんもそうなんでしょ?」

「こ、根拠は?」

 ずいっと顔を近付けてくる真彩に、栞は質問をぶつけた。

「根拠はね、栞ちゃんがこの草利中学校の校区外の学区出身者という事」

 真彩が根拠を一つ挙げる。しかし、草利中学校は部活に力を入れているため、校区外から通う者はそこそこ居るので、これは根拠としては弱い。

 だが、真彩はそう結論付ける根拠を続けて挙げていく。

「学生として潜り込む人の特徴を聞かされていたんだけど、『背が小さい』という事と『足が速い』という事、それと『女性』という三点とも、栞ちゃんと合致するのよね。だから、栞ちゃんが学生に紛れた大人の人だと推測できたのよ」

「うぐっ……」

 コンプレックスを他人に伝えられていた事に少しイラっときた栞だったが、ここまで見事に言い当てられてしまえば腹を括る。仲間だというのであれば、もう黙っておく必要はないのだ。

「……ところで、まーちゃんは調査員の構成や特徴を聞かされてるの?」

「それって、栞ちゃんは知らないの?」

 話がかみ合わない。これから推測される事は一つ。

「……私にはあえて情報を伏せてたわね? 学生や職員の中にも協力者は居るとは聞かされてたけど、特徴とかの情報は一切無かったわよ」

 般若のような顔をする栞。真彩はちょっと怖くなって少し離れる。

「はぁ、朝も朝で知り合いに会うし、人が驚くのを楽しんでるわね。……まったく趣味が悪いわ」

 盛大なため息を吐く栞を見ながら、真彩は苦笑いをするしかなかった。

 栞が落ち着いたところで、改めて真彩は周りを確認した後、新聞部のポスターに目を向ける。

「ねえ、栞ちゃん」

「何?」

「新聞部って調査にちょうどいいと思わない?」

 真彩の話の振りに、栞は素直に頷く。

「選択肢としては悪くないかも。行ってみましょうか」

 栞も納得したところで、部室の場所を確認するためにポスターを改めて見る。すると、その部室は驚く場所にあった。

「校長室の真上?!」

「また、妙な場所に部室を構えたわね。その辺りの話を含めて、話を伺いに行きましょうか」

「うん、そうだね」

 栞と真彩は新聞部に狙いを定めて、その部室へと向かった。


 数分後、二人は新聞部の部室の前に立っていた。

 新聞部の部室は何の飾りもなく、見た目はどこにでもある普通の部室の構えである。ただ、廊下側にある窓はすべて段ボールか何かで覆われており、中が見えないようになっていた。いや、元々りガラスで中が見えないわけだが、念には念をといったところだろうか。教室の入口の扉上部には、他と同じように『新聞部』と書かれた黒い表札が掲げられていた。

 周りを確認し終えた栞と真彩。いよいよ意を決して、栞が入口の引き戸をノックした。すると、中から声がする。

「はい、どちら様でしょうか」

 女性の声だった。

「すみません。ポスターを見て部活の見学に来たのですが、今は大丈夫でしょうか」

 中に人が居ると確認できたので、栞が続けて用件を話す。

「はい、見学ですね。ちょっと待ってて下さい、今扉を開けますので」

 この声の後、中でなにやらガタゴトと音が聞こえてくる。散らかっているのだろうか、物にぶつかりまくる音だった。音が止んで、カチッという音が聞こえたかと思うと、扉がガラガラと開いて中から人が出てきた。

「まぁ、真新しい制服。新入生ね。立ち話もなんですから、さぁ中に入って下さいな」

 中から出てきたのはさっきの声の主だった。見た目は落ち着いた感じの女性だ。すらっと伸びた背筋に、美しい茶髪をハーフアップにした長身の女性だった。あまりの容姿に、栞たちはしばらく見惚れてしまった。

「どうしたのです? さぁ中に入って下さい」

 この言葉に我に返る栞たち。とりあえず部活見学なので、栞と真彩はその言葉に甘えて部室の中へと入っていった。

 中にはさっきひっくり返した段ボールが転がっているが、

「ははは、少し散らかっててごめんなさいね。次の紙面のために集めた情報を整理してたところだったの」

 こう言っているので、中身が散っていない事もあってとりあえず放置しておくみたいだ。とりあえず、椅子を用意して全員着席する。

 落ち着いたところで、女性はにこっと微笑んで言葉を切り出した。

「ようこそ、草利中学校新聞部へ。私が部長の調鳥子しらべとりこです」

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