第6話 部活めぐり

「よーし、ホームルームが終わったぞーっ!」

 ホームルームが終わると、突然わっけーが叫んで栞と真彩のところに一目散に走ってきた。いきなり何のだろうか。

「まあ、しおりん、部活見学に行こうぜ」

 と思ったら、部活動の見学の誘いだった。どうやらわっけーも同じ考えだったようだ。友だちからの誘いだから、これはうるさ……賑やかになるなと思った栞だったが、真彩が意外な言葉を返してきた。

「ごめん、わっけー。今回は栞ちゃんと二人で回ろうと思うの。今度埋め合わせはするから、ね?」

「なんだとーっ?!」

 思わぬ真彩の返事に、わっけーが納得いかないと圧を掛けてきた。「なんで?」の連呼である。

 これを少し遅れてやってきた理恵を加えて、どうにか説得する事に成功。わっけーは渋々諦めたのだが、

「今月号と来月号のちゃう、あたしの分も買って渡すんだぞ、忘れるなよー!」

 こうだけ言い残して、理恵に連れられて教室を出て行った。

 あまりのわっけーの行動に、栞は呆気に取られて反応ができなかった。というわけで、栞は真彩と二人で部活動を巡る事になった。


 さて、栞は真彩と一緒に下足場に来ていた。とりあえず靴に履き替えるようである。

「栞ちゃんはどこから回りたいの?」

 真彩に聞かれた栞は、

「ん-、陸上部かな。親の影響で走るのが好きだからね」

 と答えた。……大部分で嘘である。実は栞は一回目の中学高校とでずっと陸上部だったのだ。だから、どうしても真っ先に気になってしまったというのが正解である。

「じゃ、グラウンドからだね」

 栞の返答を真に受けた真彩。というわけで、二人は陸上部の居るグラウンドへと向かった。

 草利中学校のグランドは広い。陸上部は陸上部だけの大きなグランドを持っている。周回400mのグラウンドの中には、別の部活のコートが入っているが、サッカー部とかではなさそうである。

 グラウンドでは走り込みをしている学生が見受けられるので、陸上部は活動中のようだ。近くには顧問をしていると見る女性が立っていた。

「栞ちゃん、声を掛けてみましょう」

 真彩が急かすように言うので、栞は女性に近付いて声を掛ける。

「あの、すみません」

「ん、なんだい?」

 栞の声に女性が反応する。

「部活動を何にするか迷ってまして、ちょっと見学してもよろしいでしょうか」

 栞はおどおどした一年生を装ってみた。

「そうか。入部希望の一年生かい? あははは、いいとも、好きに見学していきなさい」

 顧問と思われる女性は、豪快に笑いながら了承してくれた。そんなわけで、栞と真彩はしばらく陸上部の見学をする事となった。

 走り込みをしているのは短距離走のようだ。トラックを見ても他には投てき種目の学生が少し見られるくらいである。トラックを周回する学生は見られない。

「あのー……」

 思わず顧問に声を掛ける栞。

「ん、なにかな?」

「部員はこれで全員ですか?」

「いや、今は長距離走の部員は学校の周りを走っているところだ」

「それは何人くらいですか?」

「8名ほどだな」

「ありがとうございます」

 栞の質問の意図が分からない女性は、はてと首を傾げた。

 栞は陸上部の部員の人数を知りたかっただけである。グラウンドに居る部員と合わせれば20名ほどが陸上部に所属している事になる。二、三年生の学生は450名ほどと記憶しているので、4%強の所属率になるというわけだ。

 この情報から考え込んでいる栞を見て、真彩が突然とんでもない事を言い出した。

「ねえ、栞ちゃん。もしかして走りたいの?」

「はい?」

 突拍子もない質問に、栞は真彩の方を見る。すると、真彩から思いがけない指摘を受けてしまう。

「だって、さっきから足を上下させてるもの」

 栞は気付いていなかった。これが過去陸上をしていた性というのか、ウォーミングアップである足の上下運動をしていたのだ。膝をしっかり上げてつま先から蹴り出す感じの動きである。これには思わず顧問も笑う。

「はっはっは、どうだね、折角だから一本くらい走ってみるかい?」

「そうですね。では、100mを一本くらい走ってみましょうか」

 意外にも間髪入れずに栞は返答する。この答えに、顧問は満足げに笑みを浮かべた。これを受けて、顧問は短距離走を練習する学生に練習を中断させて、ストップウォッチを持ってくるように指示を出した。

 この間に栞は、なぜか持ってきていたハーフパンツに履き替えて、グラウンドに現れた。上は制服のブラウス、足元は普通のスニーカーである。

「準備ができたら言ってくれ」

 栞はその言葉にこくりと頷く。

(こうやって走るのは、高校の陸上部を引退してから6年ぶりかぁ。本格的にって言うのなら、その前のインターハイ以来だから6年半?)

 集中しているように見えて、自分のブランクの事を考えている栞である。

(うーん、本気で走って足が攣ったら嫌だし、攣らなくても中学生らしくない結果が出そうだしなぁ。うん、軽く流しましょう)

 覚悟を決めて、栞は集中を高めていく。そして、閉じていた目を開いて合図を送った。

 それを受けて、顧問は部員に指示を出し、スターターが構えた。

「位置について……」

 見守る真彩や部員たちに緊張が走る。

「用意……」

 パンと乾いた音が響き渡る。

 それと同時にクラウチングスタートを切った栞は一気に加速する。あっという間にトップスピードまで持っていく栞に驚く部員たち。それを気付かれないように確認した栞は、本来のトップスピードの一歩手前で加速を止め、流すようにゴールまで一気に走り切った。

 場が騒然とする中、顧問が計測していた部員にタイムを確認する。すると、

「じゅう……、13秒58です!」

 驚きのタイムが出た。このタイムを聞いて、さらに騒めく陸上部員たち。自分たち並みの速いタイムを入学したての一年生が叩き出したのだから、驚くのも無理はなかった。

 しかし、このタイムは栞のベストタイムからすればかなり遅い。なにせ高校三年生の時に出した11秒台前半というものがあるからだ。なので、不自然さがないように手が抜けたと、栞は満足している。

「すごいよ、栞ちゃん」

 真彩が興奮気味にはしゃいでいる横で、栞は息を整えている。そこへ、ゆっくりと顧問が近付いてきた。そして、

「君、ぜひとも我が陸上部に入部してくれないか? そして、一緒に世界を目指そうじゃないか!」

 こう言いながら栞の両肩をポンと叩いた。

「いやはや、スニーカーでこれだけ走れるとはな。まだまだ上は目指せるぞ」

 うーん、声が大きい。まるでわっけーのようだ。

「私は体育教師で陸上部顧問の松坂修子まつさかしゅうこだ。頼む、入ってくれ!」

 栞が少ししらけ気味にしているのとは対照的に、目を輝かせて栞に迫る陸上部顧問。その時、栞はこう思った。

(あっ、これ。逃げられないパターンだ……)

 そう、その走りを披露していた時点で約束された未来だった。

 こうして、松坂先生の熱心な押しに負けて、栞はやむなく陸上部へ入部する事になってしまったのだった。

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