第2話 調査準備
市役所でとんでもない事が決定したその夜の事。栞は、とある人物へと電話を掛けていた。
しばし呼び出し音が続き、通話がつながる。
「あら、栞。私に電話してくるなんて珍しいわね」
「久しぶりね、福江。ちょっと相談に乗ってほしいんだけど……」
電話の相手は、栞の幼馴染の一人『
この福江という人物は、手芸が得意な女性だ。その腕を活かし、現在は子ども服の製造販売を手掛ける会社にデザイナーとして勤めている。
「あら、頼み事? だったら、今度うちで手掛ける試作品の試着を……」
「してあげるから、ちょっと話聞いて頼まれて頂戴」
「あら、いいの? で、何かな?」
「あー、うっとね……」
今回、栞が福江に持ち掛ける相談。
実は、今回中学校に潜入する事になったのはいいが、今の中学生が着る普段着とかのファッションがいまいち分からなかった。そこで、そのあたりに詳しい福江に相談をする事にしたのである。
説明を聞いていた福江は、
「じゃ、試作品を含めていくつかうちの商品を送るわね。あぁ、代金はもちろん代引きで頼むわね」
快く引き受けてくれた。
「心配しなくても代金くらいちゃんと払うわよ。ありがとう、福江」
「いいのいいの。試着品に関しては、着た時の姿と感想を送ってね」
「はいはい、しょうがないわね。でも、頼りにしてるわよ」
福江との電話を終えた栞は、今度はパソコンへと向かう。自分でもできる限り流行を調べておくためである。しかし、この年になって中学生の流行を調べる事になるとは、栞は知らず知らずため息を漏らしていた。
その週の土曜日を迎える。
栞の家にとある人物がやって来ていた。ドアフォン越しにその姿を見た栞の母親は、びっくり仰天していた。
その人物は、浦見市市役所市民生活課課長。草利中学校への潜入調査を、栞に頼んだ事を説明するための訪問である。なにぶん突飛のない業務であるし、場合によっては身に危険が及ぶ可能性もある。そのため、栞が成人女性で本人の承諾があるとはいっても、家族にも説明する必要があったのだ。
「わざわざ、私めのために時間を割いていただき感謝申し上げます。今回訪問しました理由は、娘さんに依頼した『草利中学校の噂に関する潜入調査』の説明をするためでございます」
食堂で対面に座った課長は、本題を切り出した。この課長の言葉に、栞の父親は固い表情で黙っており、母親は心配そうにおろおろとうろたえていた。
「娘さんを心配するのは、同じように子どもを持つ親として痛いほどよく分かります。ですが、草利中学校に関する懸念は、その子どもたちを危険にさらす事になります」
課長の表情は真剣だ。これには、栞の両親も頷いていた。しかし、娘である栞を危険にさらす事には、どうしても同意できるわけがなかった。
だが、この空気は栞の言葉で一変する。
「父さん、母さん。私だって悩んだけど、市の職員として悪事は見逃したくないの。この街が好きだから、この街のために仕事がしたいの!」
真剣な表情で訴える栞に、栞の両親は驚いて怯んだ。しかし、娘がここまで決意しているというのであれば、もう両親が反対する理由は消滅していた。
「栞、そこまで言うのなら、もう反対はしない。だけどな、もし危ないと感じたのなら、その時はすぐにこの仕事はやめるんだ、いいな?」
父親がこう諭せば、栞は黙って頷いた。
こうして親子の間で話が済んだ事で、課長は話の続きを切り出した。
今回の栞さんの業務というか任務は、中学生のふりをして中学生視点で調査をしてもらう事です。ですので、その点について、お二方にも話を合わせていただく必要があります」
課長は様々な事を説明していく。この任務にあたっている間は、市役所に出勤しなくていい事、かかる経費は市役所持ち、給料もちゃんと発生する、休日は学校準拠になるなどなど、それは多岐に渡った。
そして、一時間にも及んだ説明の後、
「現在、草利中学校に関するデータも、各部署を通じて分かる範囲で急いでかき集めています。まとまり次第、制服などとともに、こちらへお送りさせていただきます。ご質問はございませんでしょうか」
課長は、説明の最後に確認を入れる。それに対して、何もないと返答を受けた課長は、
「ご協力、本当にありがとうございます。もし、疑問などが生じましたら、市役所に私宛でお電話下さい」
こう言って頭を深く下げ、高石家を後にしたのだった。
その数日後。
「栞、あなた宛てに荷物が届いてるわよ」
高石家に大量の荷物が届いた。結構な大きさの段ボールが三つ、高石家の玄関に鎮座していた。
「毎度、代引きですのでお願いします」
宅配の人が笑顔で立っていた。
「はいはいっ、いくらかしら」
請求金額を聞いた栞はひどく驚いたが、無事にちゃんと支払いをして荷物を引き取る。部屋まで運ぼうとして持ち上げようとするが、いかんせんかなりの重量。母親と二人でなんとか室内に運び込んだ。
「それで、これは何の荷物なのかしら」
当然ながら、母親は疑問に思う。
「差出人を見てよ。私の友人の福江の名前が書いてあるでしょ?」
「あら、本当」
栞の言葉に、伝票を確認した母親は、どこか抜けた反応を示した。
「で、福江に中学生のファッションを相談したら、こうなったというわけよ」
栞はこう言って、荷物の開封を始める。服が傷つくといけないので、テープを手で剝がしていく。
「うわぁ、何よこれ……」
中から出てきたのは、フリルやら飾り気の多いひらひらしたスカートやノースリーブなど、栞の好みからはかけ離れた衣服がたくさん出てきた。靴下はシンプルに無地の白か黒だった栞からすれば、アーガイルやボーダーの靴下など趣味の範囲外である。
「いや、私が中学生だった頃にもこういうの着てた子居たけど、今は主流なのか……」
栞が送られてきた服を見ながらため息をついていると、箱の中に手紙のついた包みを見つけた。
「何だろ、これ」
栞が包みを開けてみると、そこから出てきたのは長髪のかつらだった。
『栞って髪が短いから、おまけしておくわね』
多分、何かを察した福江が入れておいたのだろう。これから潜入調査をする事になる栞にとっては、実にありがたい物だった。
(まったく、持つものは友ってね)
栞はくすっと笑った。
その後は母親と一緒にファッションショーをして、写真と感想を福江にメールしておいたのだった。
その更に数日後には、市役所からも荷物が届いた。その中にあった調査報告書に目を通した栞は、あまりの酷さに愕然とした。
「あー……、これは本気で放っておけないわ」
栞は決意を新たにするのだった。
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