ひみつ探偵しおりちゃん

未羊

第1話 高石栞

 ここは浦見市市役所の生活科窓口。市民からの生活の相談などを受け付ける場所なのだが、今日もまた元気な声が響き渡っている。

「おい、ここはガキを働かせてるのか? 法律違反だろうがっ!」

 中年おっさんの怒鳴り声だった。

 このおっさんの目の前に座っている女性。どう見ても小学生とかに見えそうなくらい背が低い。しかし、女性は落ち着いて対応する。

「……私は成人女性ですよ。四年前に女子大を卒業した、立派な大人です。これでもまだ怒鳴りますか?」

 女性はすっと、運転免許証を台の上に差し出した。

 高石栞たかいししおりという名前とその生年月日が記された普通免許である。

 これを見せられては、おっさんは黙るしかなかった。怒鳴り散らした事で回りからの注目を集めてしまっていたため、おっさんは背中を丸めてへこへこと頭を下げながら市役所を後にしていった。……一体何をしに来たのか。


 午前中の業務を終えて、市役所の食堂で昼食を取る栞。日替わりランチを頼んで席に戻ると、一人の女性が声を掛けてきた。

「しーおーりっ」

「何よ、驚かさないでよね、千夏」

 後ろから突然肩を叩いてきたのは、栞の同級生の南千夏みなみちかだった。

「聞いたわよ。また子どもに間違われたそうね」

「ええ、4年も経つのにいまだに無くならなくてね。免許証見せて黙らせてやったわよ。さすがに住所は伏せてあるけど」

「プライバシーだもんねぇ」

 楽しそうに話す千夏とは対照的に、しおりは口をすぼめて不機嫌そのものだった。

「千夏……」

「なにかな、栞」

「その気持ち悪い笑いをやめてくれない? ご飯がまずくなるわ」

 隣に座った千夏がにやにやと笑っているので、栞はジト目を向けて千夏を牽制する。それでも千夏はその顔をやめなかった。

 栞がため息をつきながら食事をしていると、食堂に慌てた様子の人物が入ってきた。

「高石さん、高石栞さんは居ますか?」

 大きな声で呼ばれる名前は、まさかの栞の名前だった。これに栞と千夏の二人はきょとんとして手を止めていた。

「……何かやらかしたの?」

「思い当たる節は……、結構あるわね」

 栞は口を押さえた。栞のやらかしは、大体相手に絡まれた上での反撃である。つまり正当防衛だ。

 一瞬考えこんだものの、

「高石栞はここです」

 と、呼び掛ける声に反応した。

「ああ、よかった。また走り回されるかと思ったわ。課長からの伝言です。『昼食後、市民生活課会議室まで来るように』との事ですよ。何をやらかしたんですか」

「知らないわよ。というか、𠮟責なら会議室はおかしくない?」

 伝言を伝えてきた女性は栞に尋ねてくるが、栞は怒り気味に否定した。それよりも、会議室に呼ばれた事が気になった。

「確かに伝えましたからね。それでは失礼します」

 女性は怒られた事を理不尽に思いながらも、足早に食堂を後にしていった。

「いや、明らかにそっちの言いがかりでしょ……」

 いらついた様子で出て行った女性を見て、栞は呆れていた。

「とりあえず、栞。早く食べて会議室に行ったら?」

「そうね。……そうするわ」

 千夏が勧めるので、栞は周りの様子を見て納得したように食事を再開した。あれだけ大声で呼ばれていたから、注目を集めてしまっていたようだ。

「それじゃ、会議室に行ってくるわ」

「いってらっしゃい」

 無表情で立ち上がった栞を、千夏はにやけた顔で送り出した。


「失礼します」

 栞はノックをしてからそう言って会議室に入室する。

 ところが、そこで栞を出迎えた面々は予想だにしない面々だった。

(誰、この人たち……)

 市民生活課の課長と市長は分かる。しかし、その隣に居るきりっとした顔の中年男性が分からない。関係者だとは思うが、本当に分からなかった。

「すまないね、高石くん。今回どうしても君にしか頼めない案件が入ってきたんだ。とりあえず座ってくれ」

 課長から声を掛けられた栞は、とりあえず近くの席に座る。それを確認した唯一立っていた男が、会議室のドアを閉めて鍵を掛けた。

 栞がそれを見て慌てたが、

「大丈夫だ。とにかく落ち着いてくれ」

 課長が落ち着かせようとしてきた。

「お、落ち着いてなんかいられません!」

 栞が叫ぶと、今度は市長が口を開いた。

「高石栞くん、すまないが大声は控えてくれ。誰にも聞かれるわけにはいかないからね。とにかく、今は案件を説明しよう」

 栞の状態を無視して、市長は言葉を続けた。

「高石くん、君は草利中学の噂を聞いた事があるかね?」

 唐突に振られた話題に、栞は一瞬沈黙する。しかし、すぐに思い出すように唸り始める。

「何と言うか、いい噂を聞きませんね。学生たちには関係ない話ですけれど、変な業者が出入りしているとか、こう胡散臭いものばかりだった気がします」

「その通りだよ」

 栞が答えた内容を否定しない。つまり、市役所にも同様の報告が上がっているというわけである。

「そこでだ。市の方で草利中学校の調査を行う事になった。もちろん向こうには秘密裏にだ」

 市長が目を遣る方向に居る二人が頭を下げる。

「彼らは市の警察の署長と警部だ。警察からも少数精鋭ながら協力をお願いした」

 市長は栞に視線を戻す。しかし、栞はここである疑問をぶつける。

「私がここに呼ばれたのは、その調査に協力するという事ですよね? どうして私なんですか?」

 市長たち相手だというのに、鋭い目線を向け、明らかに怒っている栞。だが、それへの返答はあまりにも滑稽すぎた。

「内部から調査するという事になってね。学生の立場からの視線が欲しいというわけだよ。高石くんは、それにうってつけという事なんだ」

「なっ!」

 つまり、こういう事である。

 栞に調査協力しろという事である。

「もちろん、学生にも協力者が必要なのだが、未成年である彼らを危険にさらすわけにもいかない。分かってくれるね?」

「うぐっ」

 こう言われてしまっては、栞にはどうにも断りづらい空気が出来上がってしまった。中学生を危険にさらす事は、さすがに栞も嫌だからだ。

「はぁ、やればいいんですよね、やれば……」

 お偉いさんを前に、栞は盛大なため息をついた。

(見た目が子どもなのを、いいように利用された気がするわ……)

 やさぐれ気味の栞に、市長から更なる言葉が掛けられる。

「今度の春に新入生として入学してもらい、卒業するまでの三年間が期限だ。よろしく頼むぞ」

 こうして何の因果か、栞にとって二度目の中学校生活が始まる事となったのだった。

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