Ⅴ-Ⅱ・リトリート
「おっさん」
会場の外にある飲食スペースで梓たちと昼食をとっていた和成に、従妹のまといが声をかける。
「ちょっといいかな?」
「んっ、なんか用か?」
「いや、私が用ってわけじゃないんだけど」
そう言いながら、まといはうしろを見やった。
「こんにちわ」
まといと一緒に来ていたのは、リーズFCのキャプテンである浜崎裕香と市澤梨桜であった。
「ふたりとも、どうかしたのか?」
「和成おにいちゃんにちょっとお願いがあって」
梨桜がそう言うと、梓やましろといった、ポニーテールFCの女の子五人が梨桜を見すえている。
「あのさ、なんか勘違いしてるみたいだから言うけど、ちょっと教えて欲しいことがあるんだよ」
梨桜は、持っているボールを持ち上げて見せた。
「エラシコってフェイント技あるでしょ? それがどうもうまくいかないんだよね」
「動作とかはわかってるんだろ? あとは練習あるのみだ」
和成は突き放すように言った。
敵だからといって、梨桜たちに冷たいというわけではない。
梓たちにもそうなのだが、一度見せたテクニックは二度と見せていない。後は自分でコツを掴むしかないのである。
「そうなんだけどね」
梨桜は小さく頬を膨らます。
そんな梨桜の態度を見ながら、少しため息を吐くと、
「わかった。まだ試合まで時間はあるし、ちょっと付き合ってやるよ」
和成はそう言うと、弁当のご飯を口の中にかきいれる。
「いい機会だ。お前たちも覚えたほうがいいぞ」
そう言われ、ポニーテールFCの面々は互いの顔を見てから、うなずいた。
「そういえば、お前たちはもう食べ終わったのか?」
「パンと牛乳で軽く」
裕香がそう言うと、和成は梨桜と裕香の頭をたたくように撫でた。
「ほんじゃぁ、ちょっと本気で教えてやるか」
和成たちは、少し離れた駐車場へと向かった。
「そんじゃぁ、まずは手本な。そうだな……悟、ちょっとディフェンスたのむわ」
「あ、はいっ!」
悟は和成を前に、ディフェンスの構えを取った。
「それじゃぁ、まずはシングルエラシコからな。一回しかしないからよく見て、動作を覚えろ」
和成は、悟から20メートルほど離れてから、走り出した。
ボールを右足のアウトフロントで、軽く右へと蹴る。
悟はボールを取ろうと、右へと体を寄せた。
ボールが取られる瞬間、蹴った右足のインサイドで左へと流すように蹴り抜けていく。
「これがシングルのやり方だ。注意することは自分のトップスピードと、相手との間合い。蹴った足がボールに間に合わなかったら意味がないからな」
和成が指導していく中、子供たちは真剣な表情で見ていた。
それこそ技を盗むのに必死といった目だ。
「それとこんなのもあるぞ」
そう言うと、和成はふたたび悟から20メートルほど離れてから、ドリブルを開始する。
先ほどのエラシコと動作は一緒なのだが、二回目の蹴り込みの時、トーでボールの下を強く蹴って浮かばせ、抜き去った。
「浮かばせるときは、ボールが相手の残っている足を越せるくらいでいい」
子供たちにテクニックを教えている和成を梨桜は笑うように見ていた。
「梓ちゃん、和成おにいちゃん楽しそうでしょ?」
そう聞かれ梓は素直にうなずいた。
「私と裕香は、それこそ小さい時からまといと一緒に、和成おにいちゃんを追いかけるように遊んでたんだ。だってサッカーしてる時のおにいちゃんすごく楽しそうなんだもん。私たちはそんなおにいちゃんが好きだった」
「でも、おっさんが中学に上がる前、あんなことがあってから、ちょっとね」
「あんなこと?」
椿がまといを見やる。
「まとい、聞こえてるぞ。俺は自分がやりたいことをやっただけだ」
「でもさ? おっさんは松崎って人にアシストしただけだよ。あのプレイは今でもすごいって思ってるのに、どうしてあんなプレイができるおっさんがクビになんなきゃいけないのさ?」
「むこうが気に入らなかっただけだろ。そりゃぁちょっとは荒れたけどさ」
和成はこれ以上話そうとはしなかった。
「だけどさ、私や裕香、ほかのみんなはおにいちゃんに教えてもらって、今でもあの言葉を目標にしてるんだよ。勝つことに固執しないで、みんなが楽しいって思えるサッカーを教えたいって」
梨桜はそう言うと小さく頭を下げ、足早に去っていく。
「あ、ちょっと待って」
裕香とまといも、梨桜のあとを追うように去っていった。
「市澤さん、ちょっと待って」
声が聞こえ、梨桜たちは立ち止まった。
「ましろちゃん」
「さっき、コーチが河山センチュリーズを辞めさせられた理由がなんのって」
「うん、おっさんはあれが原因でクラブを辞めさせられたの。おっさんはもちろん、今でも納得してないんだ私たち」
まといがそう答えると、ましろは少しだけ考え込んだ。
「それがどうかしたの?」
梨桜が首をかしげる。
「う、ううん。なんでもない」
「そう? それじゃぁピッチでね」
「――うん」
ましろは梨桜たちとわかれると、みんなのところに戻るあいだ、ブツブツと小言をつぶやいていた。
ましろの頭の中で、顔が墨で塗りたくられた小学生くらいのサッカープレイヤーが、それこそ試合を楽しそうにプレイしている。
『なんで? なんで知らない人のプレイが頭の中で思い浮かぶの?』
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