背反の魔物 二部

おでん食べるよね

洗礼と凍てつく森の哀歌

プロローグ


 透き通るような水色の鱗で覆われた尻尾が眼前をよぎる。

 瞬間、猛烈な風圧に見舞われ身体が宙に浮いた。


「なんて出鱈目な強さの竜なんだ!」


 背中に生やした黒紅色の翼をはためかせ、態勢を整える。


「——————ムワアァァァァァァ!!!」


 森を荒らす雹水竜ひょうすいりゅうが宙に浮いた俺を目掛けて馬鹿げた雄叫びを上げながらブレスを吐く。

 水に珠のような氷が混ざったブレスに晒された木が、一瞬で凍り、そのまま砕け散った。


 殺人ブレス。

 冷や汗と一緒に、その言葉が頭を流れた。


 水と氷が混ざりキラキラと煌めくブレスは容易く俺の命をも凍りつかせてしまうように思える。

 とても綺麗で残酷なブレス。


 そんなブレスに当たらないように避けながら、距離を取った。


 俺達人間の冒険者を困らす雹水竜は、話に聞いていた通りに化け物じみた強さを持った竜だった。


 辺り一帯を凍らせ中央に陣取る水色の竜を見据える。

 二つの青くて長い角を額から生やした綺麗な竜も、白くなった地面に立ち俺をジッと見ていた。


 雪みたいな模様が浮かんだ、大きな青い水晶なような瞳。

 縦に長くて黒い瞳孔は俺を捉えて離さない。

 値踏みするかのように刺すような視線を向けてくる。


 雹水竜はその華麗な眼で俺に何を見ているのだろうか。


 翼と尻尾のみを生やした俺みたいな竜擬きとは違い、角の天辺から尻尾の先まで全てが完成された本物の竜。


 本物の竜と、偽物の俺はそのまましばらく見つめあった。

 そんな時間がずっと続くかと思われたが、雹水竜はやがて興味を失くしたのか水色の大きな翼を広げ飛び立とうとした。


 身体の大きさの割には小さな前足と、その分太くて頑丈そうな後ろ足。

 二本の太い足を地から離し、何処かに旅立とうとしていた。


 伝統と格式を重んじ、一柱の神を据えた超大国、巨大国家ケロス。

 ケロス国内の端に位置し、冒険者が溢れ一日中賑やかな都市、クリスタロス。

 クリスタロス市の近くにあり大小様々な魔獣が闊歩するゲトス森。


 突如として雹水竜がゲトス森に住み着き、一か月程が経過した。

 竜が住み着いたのが確認されてからと言うもの、この森には誰も入らなくなった。


 ——人間は竜と戦ってはならない。


 そういった決まり事がこの世界にはある。

 人間が大昔にした過ちによる負債をこの世界に生きる人間達は背負い続けている。


 もしもこれを破ったら辺り一帯は災害に見舞われ多くの人間が死ぬ。

 この世界の人間なら誰もが知っている常識だ。


 どんな荒くれ者でも多少の知性があれば、竜に関わろうとしない。

 その為、無法者の多い冒険者達も、この一か月間は近場であり絶好の狩りスポットでもあるこの森に一切近づいていない。


 だからもし、人間である俺が、こうして竜に会いに来た事がバレてしまったら一体どうなってしまうだろうか。


 右も左も分からない土地に来た俺に対し優しく接してくれた人達に愛想を尽かれてしまうかもしれない。

 仲良くなった異世界の人達が被害に遭うかもしれない。

 その他にも様々な可能性が考えられる。


 だが、やっと巡り合えた、あの子に繋がるかもしれない可能性を見過ごせなかった。

 あの子にもう一度会う為なら、俺はなんでもする。


「逃がすかよ!」


 口に魔力を込め、飛び去ろうとしていた雹水竜へと放つ。

 直線的な軌道を描いてメラメラと輝く赤い炎が竜の翼を掠めた。


 何処かに行ってしまおうと空に駆けあがった水色の竜はこちらに振り返る。

 心なしか、水晶のような瞳を揺らしているように見えた。


「なあお前、そんだけ大きな身体してるんだったら人間の言葉も分かるだろ! 頼む俺と少し会話してくれ!」


 翼をはためかせ滞空する水色の竜へ縋るように叫んだ。


 竜は賢い生き物だ。

 それでいて人間よりも遥かに長い寿命を持つ竜は、その永い時の中で人よりも沢山の事を学び学習する。

 中には、人の言葉を理解し、使用する竜もいる。


 上空から俺を見下ろすこの竜がどんな竜かは全く分からないが、野生でこんなに大きくなるまで生き残る事が出来る程の竜なら、俺の知りたい事を知っているかもしれない。


「俺は竜の女の子を探しているんだ! その子に会う為に俺はこの世界に戻って来た!」

「………………そこの人間、お前の名前を教えろ」


 水色の竜が重い口を開き、俺の名前を問う。

 冷たく、重厚感のある声だった。


「俺の名前はコウジ! 沢畑耕司さわはたこうじだ!」


 どうして竜が俺の名前を聞いて来たのかは分からない。

 だが、竜が俺と話す気になってくれているのなら、そんなの気にせず自分名前如きいくらでも喋る。


「……コウジ」


 俺の名前を聞いた竜は下降し、地に舞い戻る。


 目の前に降り翼を閉じた竜は首を下ろし、俺の顔を見つめる。

 目と鼻の先に水色の竜の顔があった。


 ザラザラとしていそうな水色の鱗で構成された頭。

 切れ長でどこか凛々しさを感じる瞳。

 額から生えた二本の大きな青い角と、口元に見える四本の白くて鋭い牙。


「……やっぱり、気のせいでは無かったわ。本物のコウジだわ」


 竜が哀愁を漂わせた声で何かを呟いた。

 冷たさの奥に何処か可憐らしさがある……何故か少し聞き覚えのある女性の声だった。


「今、なんて言った……?」


 竜の声と、発した内容がもう一度聞きたくて俺はそう言う。

 だが、竜は俺の言葉に答える事なく、首を元の位置に戻した。


「……なっ?!」


 何を言ったのか、どうして首を上げてしまったのかそれを聞こうとしたが止めた。


 佇まいを正した竜の背がどんどん縮んでいっていたからだ。

 背だけでは無い。

 長くて立派だった角や尻尾、それに翼までもが縮んでいく。

 やがて、一軒家程の大きさをしていた竜の全身は縮み、俺と同じくらいの大きさになった。


 しかもそれは、人間のような姿だった。


 長くてしなやかな白い手足、引き締まったお腹、膨らみのある胸と丸みを帯びた腰。

 血色の良すぎる赤い唇に、大きな青色の目、長い水色の睫毛。

 首元まで伸びた指通りの良さそうな水色の髪。


 青色の角や尻尾などはまだ残っているが、確かに人型となった。


「コウジー!!」

「うおっ!?」


 先程まで威厳と冷たさを纏っていた水色の竜は、生まれたままの女性……いや、女の子の姿になって俺に飛び込んで来る。

 飛び込んで来た女の子を受け止め倒れないように支えるが、頭の中は咄嗟の出来事に処理が追いつかず沢山のハテナマークが浮かぶ。


「えっと、んー、あー……俺の事を知っているのか?」


 なんとか頭を働かせ、胸元に顔を埋め頬っぺたを高速でスリスリしてきていた水色の女の子にそう聞いた。

 すると、女の子はそれまでの勢いが嘘だったかのようにピタッと止まり、「嘘でしょ……?」とでも言いたげな表情を俺に向けて来る。


「むえー……」


 女の子は不貞腐れたようにそう呟く。

 唇を尖らせ、批難するような瞳で俺の事を見上げる女の子。

 独特な不貞腐れ方をしていた。


 ……それが、女の子のその姿が、記憶の中のとある竜の女の子と重なった。


「お前、もしかして——」


 確かめるように記憶の中の女の子の名前を口にする。

 不貞腐れていた女の子はその名前を聞くとパァッと花が咲いたような笑みを浮かべ、背中に回した手に力を込め、より強く抱きついてきた。


 この子は、俺の知っている女の子で間違いなかった。


「おかえり、コウジ!!!」

「……ああ、ただいま」


 十年前に三カ月程関わっただけの仲だったが、女の子は俺の事を覚えていてくれた。

 それにより、異世界に帰って来たんだなと実感する。


 水色の女の子に倣い、俺も手を背中に回そうとして——やめた。


「取り敢えず服着ろよ」

「むえー……」






~~~~~

あとがき


初めましての方は初めまして。

また会ったなの方はお久しぶりです。

今日からまた連載始めます。


今作では情報の出し惜しみをせずに世界背景を書いて行こうと思います。

長い物語になると思いますがよろしくお願いいたします。

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