魂が欠ける時 裏側編

伊桃 縁

第1話 アル・デンテ

 冠城かぶらぎ勇人はやとと連絡が取れなくなって四日が過ぎようとした頃、彼に頼まれたと言って星月ほしつき勇太ゆうたという見知らぬ青年が現れた。

 見た目は普通のサラリーマン。童顔でおどおどしていたので、夜の世界、高級クラブのような所には一生縁のないような人間に見えた。

 だが、いきなりに殴りかかった。相手を知っていたら、はずだ。。疑問だらけだったが、冠城さんから預かったという伝言を藁にも縋る思いで受け取るしかない。そう思った。


 行きつけの夢郷モンシャンという中華料理店で食事をした。この時、ホステスの紅美くみも一緒に来たのは想定外だったが、星月勇太が伝言内容をメモ用紙に書いて渡した事にはもっと想定外だった。しかし、冠城さんだったら情報を渡すだろう。どこで誰が聞いているかわからない。情報の内容によっては、細心の注意を払わなければならない。


 夢郷モンシャンを出てタクシーで二人を送ってから、私は冠城さんのマンションへ向かった。何かあった時の為に、お互いの部屋の合鍵は持っている。昨日も帰っていないか確かめに来たが、室内に何も変わった様子はなかった。


 メモ用紙に書いてあるメディアを探す。以前、私が冠城さんの誕生日プレゼントに贈った黒猫のぬいぐるみの中にマイクロSDカードが入っていた。次に本棚から本型小物入れエンプティブックを探し、その中に鍵を見つける。それを机の鍵穴に差し込むと、中には書き込まれた手帳と封筒があった。封はされてなかったので手紙を取出す。

 「これは……」

 私は今一度、戸締りの確認をして部屋を出ていった。


 自宅マンションへ戻ってから早速パソコンを立ち上げ、マイクロSDカードを読み込む。


 ――パスワード入力――


 もう一度、メモ用紙を見る。

 『パスは生娘』

 冠城さんあのひとの女好きには困る。


 ―― alアル denteデンテ ――


 これは私にしか分からない暗号のようなもの。弾力とか歯ごたえがいいとかいう理由で隠語として冠城さんあのひとが使っていた。パスワードを入力するとファイルの一覧が現れる。早速、内容をチェックすると膨大な情報量を目にし驚いた。念の為にデータのバックアップを取る。

 すると、スマホの呼び出し音。画面を見ると紅美からだった。

 「どうした」

 「まだ起きてたのね、良かった」

 「忙しいんだが」

 「さっき、なんの伝言だったの?」

 「紅美くまこには関係ない」

 「そうかもしれないけど、ワタシだって心配なんだから……」

 弱々しく声が消えていった。壁の時計を見ると深夜一時半を過ぎている。パソコンの画面にある幾つものファイル。そのひとつに目が留まった。


 ——ももちゃん&くみこ――


 「……はぁ。情報を整理してからでないと。必ず、連絡する」

 「絶対だからねっ」

 「分かった。じゃ、切るぞ」

 いつもなら、こんな丁寧に扱っていない。腹を満たしていたから、冷静に考え動けていると思う。冠城さんあのひとには見透かされている気がしてならない。

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