第二九話 もしかしたらエロワード検索してるのかも
「ちゃんとやっているのかい? 私は心配だよ……」
「大丈夫だよ母さん……」
ほぼ毎日だが夕食の時間になると母さんは心配そうな顔で僕を見ながら同じセリフを吐くようになった……まあ、大丈夫ではないこともあったんだけど、それを口にするのは逆効果だなと判断してあえて何も言わない。
怪我をすることも増えたので、それはそれで心配させてしまうのだろうな……勇武には治療能力者がいて、それはもう綺麗さっぱり怪我を治してくれる。
傷跡も綺麗さっぱり消えるのですごいなあと思っていたのだけど、親からするとそれでも心配なことは心配らしい。
「あんた気が弱いんだから……本当に大丈夫なの?」
「先生も現役ヒーローだし、同級生は少ないけどみんないい人だから大丈夫だよ」
「千景さんが直接教えてくれるなら安心だけどさ……そうでもないんでしょ?」
まあ、千景さんは確かに非常勤でしかなく、本来のヒーロー活動に最近は引っ張りダコだ……学校に来たいと言ってもなかなか来れるような状況ではないらしい。
これは本人が「千裕成分が欲しいから」という理由で電話をかけてきて話していた……成分ってなんだよと思ったけど、彼女は彼女なりにストレスを抱えており、それを解消したいという気持ちがあるらしい。
「千景さんも最近めちゃくちゃ忙しいって話してたしね……電話で話したけど、最初にお願いしたお話にならずに申し訳ありませんって伝えて欲しいって」
「テレビ見てたら大変そうだなって思ってるわよ……有名人だもんねえ……」
「まあ、そのうち時間もできるだろうし、どちらにしろうちの息子がライトニングレディの愛弟子かぁ……」
父さんはずっとこの調子だ……若い頃に憧れていたライトニングレディのサインや、グッズなどを引っ張り出してきて書斎に置いており、この間母さんが掃除がしにくいと文句を言っていた。
千景さんももう一度サインを書いて父さんに手渡していたし、この間は再販されたライトニングレディの写真集もサイン入りで送ってきてくれて、父さんが狂喜乱舞して怒られていた。
「……千景さんも気を遣わなくていいのにねえ……うちの亭主なんかに」
——食事が終わり自分の部屋に戻ると、僕は明日の模擬試験のために軽く教科書を開く……まあ、寝る前の日課のようなものでこれまでやってきた内容が頭に入っていれば大丈夫だろう。
ぼうっとしながらこれまでのことを思い返してみるが、本当に夢でも見ているかのような気分だ……昔自分をいじめていた元の高校の人たちはどうなったんだろう?
その時ブルブルとスマートフォンが振動する……通知を見るとメッセージアプリで木瓜くんからグループメッセージで「明日の試験範囲どこだっけ?」と表示されている。
続けて鬼灯さんがグループメッセージで試験範囲になりそうな部分が箇条書きで送られてくる……一度鬼灯さんがメッセージを友人に向けて送っているのを見たことがあるが、とんでもない速さでフリック入力をしていて驚いた記憶がある。
これでもお友達より入力が遅いって揶揄われてますよ、と彼女は言っていたけど絶対そんなことないと思う……そのメッセージに反応して木瓜くんが感謝の言葉を送っている。
それに反応して他の人もポチポチとメッセージやスタンプを送ったりしていて先ほどからスマートフォンが振動しっぱなしになってしまい僕は思わずメッセージを見ながら笑ってしまう……底抜けに明るい同級生と学べるなんて……前の高校に通っている時、僕はグループメッセージから外されていた。
そこで何を言われているかわからないし、知りたくもなかったけど……話題や価値観を共有できない、話もさせてもらえないというのはかなり辛い状況だった。
『@秋楡っち。ねー何してんの? エロ本でも見てる?』
ピロン、と通知音がなって画面を見ると、先ほどから既読はつけている僕が何も入力しないのを見て伊吹さんがグループメッセージで直接僕を指定してきた。
うーん……伊吹さん割とあっけらかんとして明るい良い人なんだけど、下ネタというかエロネタを平気な顔して叩き込んでくるのがなあ……。
どう返そうか悩んでいると次々と他の人がメッセージを投稿し始める。
『秋楡なら俺の隣でエロ動画見てるぞ』
『マジ!? って木瓜、エロ動画見てるのお前だろ!』
『お腹減った』
『あらあら……男子はえっちな本に興味あるんですねえ』
『二人ともサイテー』
一気にグループメッセージが賑やかになっていく……思わず笑いが漏れてしまう。こんな他愛もないやり取りすら、僕の中ではとても特別な時間に感じる。
何度かメッセージを入れたり消したり……なんて返せばいいのかわからないけど、僕はみんなに返す文面を一生懸命に考える……このメッセージアプリは入力しているのが相手にも通知されちゃうので、どう返していいのか悩むんだよな……。
『みんな待って秋楡がなんか入れてる……もしかしたらエロワード検索してるのかも!』
『お前そればっかりだな! 盛ってんじゃねえよ!』
『夜食食べる』
『今の時間からだと太りますよ、ほどほどに』
『木瓜くんサイテー』
どんどん盛り上がっていく……なんて返せばいいんだよ……僕はその場で軽くフリーズする。その間もグループメッセージはいろいろな盛り上がりを見せているが。
ピロン、と音を立てて個別にメッセージが送られてくる……伊万里さんだ。僕はグループメッセージから個別メッセージへと移動して彼女のメッセージを見てみる。
『千裕、無理に返さなくてもいいよ。どうせあんたのことだから何返せばいいのかわからなくなってんでしょ?』
うっ……図星を突かれた僕は、そうです、と個別メッセージに返す。
そのメッセージが既読になると入力中通知になって……伊万里さんから返信が返ってきた。
『適当に試験勉強してたとか言って話し切った方がいいわ、私もそろそろ流れ切りたいし、あんたから言いなさいよ』
彼女は神か……僕はありがとう! と返信するとグループメッセージに試験勉強してた、と入力し送信する……だが一瞬完全に流れが断ち切られた格好となり沈黙の時間が流れる。
だがしかし次の瞬間、怒涛の勢いでメッセージが飛び交っていく……僕はその怒涛のメッセージ攻勢に耐えきれなくなって思わずアプリを閉じてしまう。
『真面目か! 机の上見せてみろ!』
『エロ本見ろよ! 絶対自家発電してたろ!』
『お腹減った』
『夜食は食べすぎると体に悪いですよ』
ピロン、とスマートフォン上にスタンプの通知が表示される……僕は軽くベッドに倒れ込みながらその通知をタップすると伊万里さんから可愛い猫が『ごめんにゃ』と喋ってるスタンプが表示される。
試験前日の夜……こうしてグループメッセージに捕まった僕は、もう一度試験勉強してるということを証明するために、なぜかグループメッセージに写真まで投稿させられる羽目になったのだった。
……ちなみに伊万里さんはその後一回も既読をつけることなく、アプリを閉じていた……らしい。
「ね、ネゲイション……一般のメッセージアプリでやり取りするのめちゃくちゃ怖いんだけど」
クレバスがスマートフォンを両手で持ちながら、カウンターに肘をついて苦悩する……まさか、一般のメッセージアプリのグループメッセージ機能を使ってヴィラン同士でやり取りするなんて……クレバスはメッセージアプリのグループ名を見て再び悶絶する。
そこには『悪役たちの宴』と書かれており、普通に顔も知らないヴィラン同士が挨拶を交わしている異様な場所と化している……メッセージ上だと割と普通に会話をしているが……大丈夫なのかこれ。
「……慣れてください。それと秘匿性は気にしなくていいです、この会社に知り合いがいまして……」
「本当かよ……でもこのグループに参加してない奴も大勢いるんだよな?」
「たくさんいますよ……我々はまだ組織を立ち上げ始めたばかり、元々個別に活動している小集団もあるでしょうしね」
ピロン、とネゲイションの手元に置かれたスマートフォンに通知が入る……新聞を読む手を休めてネゲイションはカウンターにおいているスマートフォンへと視線を動かすとクスッと笑う。
クレバスはそんな彼を見て不思議そうな表情を浮かべるが、それに気がついたネゲイションが再び新聞へと視線を戻すとことも投げに言い放つ。
「新しい友人がライトニングレディを襲撃するそうです……そういえば前に相手のレベルを知りたいって言ってましたねえ、彼は」
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