第二八話 フラッシュバック

「聞いたか? 秋楡……あのヴィランめちゃくちゃヤバいやつだったって」


「そ、そうなの?」

 木瓜君が昼食のきつね蕎麦を食べながら僕に話しかけてくる……勇武の昼食は学食制で基本的には好きなものを自由に食べることができる。

 僕はハヤシライスを食べていて、捩木君は大盛りにしたカツカレーを食べている……僕らの前にいる鬼灯さんは何故かフレンチのコース料理のようなものを食べているし、海棠さんや伊吹さんは仲良くカツ丼を前にしている。

 全員が全員全く違う料理を食べて問題ないのかな、とは思うがこれがこの学校のスタイルなんだと説明されていて、なんとなく納得している自分がいる。

「リフレクターって言って、ほとんど表に出ていないヴィランなんだと……才能タレントはよくわかっていなかったらしいけど、今回の件で反射能力ってのがわかって大騒ぎらしいぜ」


「なんとか捕まえれられればよかったですね……とはいえ、あそこで無理をしても仕方ないのですけど」

 鬼灯さんが口元をナプキンで拭いながら答える……さすがお嬢様というべきか、彼女の食べ方には恐ろしく品があるような気がする。

 彼女がいう通り、あの時僕らに追撃するような余力はなかった……僕があの反撃を予測していればなんとかなったかもしれないけど……ヴィランも相当に必死だったのだろう、手加減なしの全力の蹴りで正直あの攻撃で死ななかったのは運が良かったかもしれないのだから。

「……ごめん、私のせいだわ……」


「違いますよ! 伊万里さんはあのヴィランとは相性が悪すぎただけです」


「そうだよ、伊万里っちが責任感じることじゃないよ!」

 海棠さんが食べる手を休めて頭を下げる……鬼灯さんや伊吹さんが慌てて彼女を宥めるが、元々プライドの高い彼女のことだから相当に責任を感じているのだろう、表情を歪めて本当に悔しそうな顔をしている。

 彼女の弾丸バレットは威力も速度も高いのだけど、直線的で弾道が読みやすいという欠点がある、と今回の件で認識された。

 ショックウェーブと一緒に開発した技だからこそ、彼女の拠り所になっていたのでそれが相性問題でうまく機能しないというのは相当に悔しいのだろう。

「僕が、あの攻撃を防げていれば……海棠さんと連携ができてない僕が悪いよ、本当にごめん……」


「……え? ちょっと千裕がそんな反応しなくていいの、私は次の技を考えるだけだし……なんでアンタが責任感じるのよ、おかしいわ……って、みんななんでそんな顔してるの!」


「だって……ねえ?」


「ですねえ……」

 海棠さんは少し頬を桃色に染めて食い気味に話すが……そんな彼女を見て伊吹さんと鬼灯さんが少し顔を寄せ合ってそんな様子を面白そうに見ながら笑っている。

 そしてそんな二人に気がついたのか海棠さんは慌てて抗議を始めるが、二人は慌てふためく彼女を見て悪そうな笑顔を浮かべており、そんな二人の相手をしたくないとばかりに海棠さんはカツ丼をかき込み始める。


「それでも……今後学校どうなっちゃうのかなあ」

 捩木君が三杯目のカツカレーにスプーンを入れながら、ぼそっと呟く……勇武高等学園へのヴィラン襲撃という事件はすでに世間一般にメディアを通じてセンセーショナルな驚きを与えてしまっている。


『未来のヒーローへ警鐘! 勇武へヴィラン襲撃』

『安全管理体制が問われる! 勇武学園のお粗末な警備体制!』

『こんな学校にヒーローの卵を預けられるのか?!』


 などなど……今食堂に設置されているモニター上で流れているトーク番組などでも話題にされている一方だ……先生たちも対応に苦慮していると伝えられている。

 ヒーローの育成を行う学校へのヴィラン襲撃事件というのは初めてで、今後再発を防ぐために警備体制の強化などを行うと話していたが……あのクレバスと呼ばれていたマスク姿のヴィランは空間をこじ開けて移動を行なっていた。

 ただでさえ空間移動なんて芸当は無茶苦茶なのに、気軽にあんなことをされたらどうしようもないのではないだろうか……。

 きつね蕎麦を食べ終わり、添え付けの稲荷寿司をお箸でつまんで口に入れながら、木瓜君がモニターで流れている映像を眺めて、不安そうな顔で呟く。

「メディアも割と容赦ないよな……ちょっと前まで正義の執行者の集う学舎! とか言ってたんだぜ」


「まあ、元々勇武は一般の学生からすると嫉妬の対象だからねえ……中にいるとフツーの高校なんだけどなー」

 伊吹さんが笑いながら話しているが……自分がそんな嫉妬の対象となる場所にいる、というのも本当に信じられないことなのだ。

 ほんの少し前までイジメの対象であり、蔑まれていた僕がここにいること自体奇跡みたいなものだからな……今同級生と一緒にご飯を食べることなど、前は考えられなかった。


『……おい早くドラゴン呼び出せよ』

『トカゲ類なんだから虫食えるだろ?』

『泣いちゃってるじゃん、かわいそうだよ……アハハハッ!』


 フラッシュバックのように古い記憶を呼び起こされて、僕は唐突に吐きそうになって口元を抑える……忘れていたはずなのに……急に口元を抑えて青い顔になっている僕を見て、海棠さんが心配そうに話しかけてくる。

「千裕……大丈夫? 顔色が悪いよ?」


「だ、大丈夫……ちょっと昔のことを思い出して……ごめん……」

 僕は急いで立ち上がると、大慌ててトイレの方へと走り出す……ダメだ、昔のことを思い出そうとするとすぐに……全てを吐き出しそうになるのを堪えつつ、僕は全力で走っていく。




「……だめだ、昔のことはトラウマにでもなってるんだろうか……」

 それまで食べたものを全部トイレへと吐き出してしまった僕は、洗面台で口を濯ぎながら鏡を見ながら考える……一般高校に通っていた頃僕は毎日のようにイジメを受けていた。

 抵抗しても収まらないと思った僕は、抵抗することすらできず、ずっとイジメを受け続けた……辛くてもなんとか我慢し続けて……毎日泣いていた。


「千裕……大丈夫?」

 トイレから出た僕に海棠さんが本当に心配している顔で話しかけてくる……僕は黙って頷くが、彼女はじっと僕の顔を見て何かを考えているようにも見える。

 海棠さんは黙って懐からハンカチを取り出すと、僕の口元をそのハンカチでそっと拭って、黙ってそのハンカチを二つ折りにすると僕へと突き出した。

「……え? このハンカチは……」


「少し水滴ついてたから……あとは自分でやって。それと昔のこと思い出して気分悪くなったんでしょ?」


「あ、い、いや……僕は……その……う、うん」


「アンタは私と戦って勝ってる、もっと自信を持ちなさいよ。千裕は自分で考えているよりもずっとすごい……私が保証してあげるわ」

 海棠さんが少し不満げな顔で目を伏せる……プライドの高い彼女がそんなことを言ってくれるのには驚くが……でもなんで彼女は……。

 僕がキョトンとした顔で手渡されたハンカチを使って軽く口元を拭っているのを見て、少しだけ表情を変えてから海棠さんが話しかけてくる。

「その……ライトニングレディに聞いたんだ、千裕が才能タレントのせいでイジメられてたって」


「……そっか……千景さんから……」


「で、でもね……千裕は頑張ってると思うし、私はその……一生懸命に前を向いている千裕の方がい……あ、いや私何言って……そ、その……」

 急に赤面しながらしどろもどろになって慌てふためく海棠さん。

 なんで急に……それと彼女はいつから僕のことを名前で呼ぶようになったんだっけ? 色々ありすぎて思い出せないけど、それでも彼女が僕を励まそうとしていることは理解できた。

 僕が笑顔を浮かべるのを見て海棠さんは腕を組んで少し伏し目がちな表情でつぶやいた。

「……だから元気出しなさいよ、千裕……私のこと伊万里って呼ぶの許してあげるから……」


「……ありがとう、海棠さ……あ、え、えと……伊万里さん?」

 女性を名前で呼ぶのは正直気恥ずかしいのだけど……千景さんと違って、海棠さんは年も近くてとても綺麗で……なんだかとても良いシャンプーの香りをいつもさせていて、前の学校にはいなかったタイプなので話すのも少しだけ緊張してしまう気がするが、それでも戦いの中でお互いの実力をちゃんと認め合った仲なのだ。

 彼女は僕がそう答えるのを聞いて、僕が思わずドキッとするくらい嬉しそうな笑顔で僕へと微笑む。


「……じゃあ、みんなのところに戻ろう千裕、全員心配しているんだよ」

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