第一七話 水流(ストリーム)

「伊万里ちゃん、水流ストリームなの? それじゃヒーローになれないよね」


 才能検査の後、学校で手渡された書類に書かれた私の才能タレントを見て、友達が笑っている……私は小さい頃から、ヒーローとして活動しているライトニングレディのことが大好きだった。

 美しい外見でモデルやタレント活動に引っ張りだこでありながら、それらを蹴ってヒーロー活動に邁進する超級女性ヒーロー……まるで物語の中に登場するかのような力強い女性像を体現した存在。

「無理だよ、だって水流ストリームって水出せるだけじゃん……そんなヒーローいないって」


「ヒーローになりたいなら、やっぱり炎が出せるとかさ、そういうのが欲しくない?」

 違う……私の中にある才能タレントはそんなものじゃない……水を生成できるだけじゃない、水を自由に操れる……水を限界まで圧縮することで、狙ったモノを破壊することだってできる。

 この才能タレントは……みんなが考えているような水流ストリームなんかじゃない、私の能力は検査で出てきたものじゃないかもしれないのに。

「才能検査のやり直し? 前例がないね……もう一度検査しても同じものが出ると思うよ」


 それじゃあ私は一生レッテルを貼られたまま生きていかなきゃいけないの……? 自分の理想とは違う、自分の持っている力とは違う別の能力だと決めつけられて。

 なりたい自分になれないままで……私自身が望まない人生を送らなければいけないの? それは耐えられない……。


「だって水流ストリームじゃない、イメージには合ってるよ?」


 ——違う。


「伊万里ちゃん優しいからそれで良くない?」


 ——違う。


「女なんだから、その才能タレントでよくない?」


 ——違う。


 私はライトニングレディみたいなヒーローになりたかった……あんな力強い、自信を持った女性に、私はなりたい……だって、私が私で良いんだと思えるくらい強い自分になりたい。

 記憶が暗闇の中から光の中へと消えていく……ああ、遠くなっていく私の嫌な思い出が……目の前で歯を食いしばって私をみている男の子の顔を思い浮かべる、彼強かったな……絶対に諦めないって目をしていた。

 あんな強い光を、私も……急速に意識が覚醒し、気がつくと私は知らない白い天井を見上げて寝かされていることに気がつく。

「あ……れ……? 私……この天井知らない……どこ?」


「気が付いたか……」

 声をかけられて顔を動かすと、ショックウェーブ……茅萱先生が心配そうな顔で私をみていることに気がつく……ってことは私、やっぱり負けたんだ。

 あの秋楡君っていう強い目をした男の子に……途端に心の底から悔しさが押し寄せてくる……視界が揺れる、絶対に負けたくないって思ってたのに、私……泣かないって決めたのに……。

「ふ……う……ぐぅ……や、やだ……私なんで……ご、ごめんな……さい……あうううっ……」


「……今は泣いていいんだよ、それも君の糧になるから、泣きなさい」


「せ、先生……ッ! 私……まけ……な……くやし……ううううううっ!」

 震える私の額に、そっと茅萱先生が温かい手のひらを置いてそっと撫でる……その手のひらの暖かさに泣きたくないって思っていた自分の感情がどっと押し寄せてくる。

 涙が堪えられない、溢れる涙で視界が揺れ続ける……顔を覆って、ずっと我慢してきた感情が、押し殺してきた悔しさが、とめどなく溢れかえる。

 嗚咽を漏らしつつ、私はしばらくベッドの上から起き上がることができない……どうして、どうしてこんなに悔しいの……。


「お……お邪魔かな? 入っていい?」

 部屋の扉が開いていたのか、そこから女性……ライトニングレディの声が聞こえると、バツが悪そうな顔をした彼女が、茅萱先生をみていた。

 私は慌ててベッドの上に起き上がり、茅萱先生がいつの間にか取り出して置いておいてくれたハンカチを使って涙を拭う……だめだ憧れの人の前で情けない姿は見せられない。

 そんな私をみて先生は軽く首を振って、ライトニングレディに入るように手を動かして招き入れる……ボロボロに泣き崩れている私をみて、心配そうな表情を浮かべた彼女は私のベッドサイドに歩いてくると、私の顔を見つめてからそっと頭を優しく撫でてくれた。

「伊万里ちゃんだったっけ、体は大丈夫? うちのバカ弟子がごめんね」


「は、はい……大丈夫です……力を使いすぎただけで……」


「そりゃよかった、キミみたいな強い能力の持ち主を教えられるようになるとはね……しょーじきアタシは嬉しいよ」


「え……? でも私負けたんじゃ……」


「模擬戦はあくまでも能力の強さ、特性を確認するものだ……伊万里、勝ち負けは確かに大事だが、君はきちんとその凄さを皆に見せつけた、胸を張れ。結果を楽しみに待つんだ」

 茅萱先生の言葉に私は再び嗚咽を抑えきれなくなる……ボロボロと溢れる涙がもう止められない……私は、私はようやくスタート地点へ立つことができるのだ……そんな私をそっと抱きしめてくれるライトニングレディの体は見た目以上にふわりと私を優しく綴んでくれる。

 私は、私は頑張った……だから……今だけはずっと昔に置いてきたはずの子供の頃のような気持ちで泣いてしまう。

「私……私は……うああああああああっ!」




 千景さんの胸の中でしがみついて嗚咽を漏らす海棠さんにどう声をかけていいか分からずに、僕は応急処置室の扉の横で壁に背を預けて立ちすくんでいた。

 女の子があんなに泣いているのに、部屋に入ることなんかできないよ……だが、部屋の中から千景さんが少し不機嫌そうな声でこちらに向かって声をかけてくる。

「おい、千裕……いつまでそこいるんだよ……」


「は、はい……し、失礼します……」

 僕は少しギクシャクした動きで一礼すると、部屋の中へと入っていく……ショックウェーブがベッドサイドの椅子に座って、ベッドの上では千景さんに体を預けて震えるように嗚咽を漏らす海棠さん、そして彼女を優しく抱き止める千景さんの姿があった。

 僕が入っていいのか? とはすごく思ったけどゆっくりと僕がベッドの方へと歩いていくと、海棠さんは慌ててハンカチを顔に当てて軽く拭うと、千景さんから離れて僕に向かって微笑む。

「秋楡君……ありがとう……私全力で戦えたことが嬉しい……」


「こ、こちらこひょっ! ぼきゅも嬉しひいですううっ!」

 僕に微笑んでくれた海棠さんの顔があまりに綺麗すぎて、女性にあまり免疫のない僕は緊張のあまり上擦った声で噛みまくった挙句、ピンと背筋を伸ばして答えてしまう。

 その様子に千景さんが何やってんだと言わんばかりの苦笑いを……ショックウェーブも最初、キョトンとした顔をしていたが、僕が恐ろしく緊張していたのだと気がつき、やはりクスッと笑うと椅子から立ち上がって僕の背中をぽんぽんと優しく叩いてくれた。

「秋楡君、君の才能タレントすごいな! 職場体験の時期になったらウチに来なさい、色々話もしたいからな」


「ええええっ!? いいんですか?」


「千裕はアタシが教えんだよ、何強奪しようしてんだテメエ」

 ギャアギャア騒ぎ始めた千景さんとショックウェーブを見て、海棠さんがクスクス笑う……本当に綺麗な子だ、青い髪が風で波のように揺れている。

 顔は恐ろしく整っており、大きめの目と少し桜色に見える頬、手も細くて長く肌なんか磁器のように滑らかな艶やかさがある……僕、こんな綺麗な子を殴ろうとしてたのか……いや、無理でしょ普通に。

 僕がじっと見つめていることに気がついたのか、海棠さんが気がつくと急に少しだけ頬を赤らめてからムッとした表情を浮かべる。

「何よ……」


「あ、い、いや……笑顔が素敵だなって……」


「……は? 急にな……に……を……え?」


「最初すごくクールなイメージだったんだけど、戦ってる時の強さも、今の笑顔も自然で素敵だなって思った」

 僕はギャアギャア騒ぎ立てる二人に目をやってから、そう答えるが、僕がそう答えている間に海棠さんは息を呑むと急にガバッと布団の中に潜り込む……どうしたんだ?

 僕が心配になって声をかけようとすると、布団に潜り込んだ海棠さんが、潜り込んだまま僕に怒鳴りつける……少しだけ声が震えているような気もしたけど、多分気のせいだろう。


「ば、馬鹿なこと言って……ちが……その、ま、また戦えればいいわね、次は絶対負けないんだから!」

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