第六話 たった一秒の超加速

 ——一七年前、未曾有の才能タレントテロ……それは日本中を震撼させた恐るべき大規模テロ事件。


「あの時アタシはまだ駆け出しの新人ヒーローでね、鍛えてくれたお師匠様と一緒に公的機関に特別に設置された対ヴィラン特別捜査班ってところにいた」

 千景さんが遠い目をしながら昔を懐かしむような表情を浮かべる……一七年前っていうと今千景さんは三七歳って話してたから彼女が二〇歳の時か。

 今でも十分若い気がするけど、千景さんの二〇歳の頃ってどんな感じだったんだろうか……そこまで考えていた僕を、じっとみて千景さんが超真顔で話しかけてくる。

「お前……今アタシの年齢のこと考えたろ……殴るぞ、言葉に出したらチリも残さないレベルで滅却する」


「あ、いえ……千景さんのお若いころ……僕の父さんもファンだったみたいですよ」


「そりゃあもうピッチピチの二〇代、道を歩いてりゃアイドルにも誘われたりした時代よぉ……ま、今でもアタシは絶世の美女だけどね……それでもその頃はまだ新人ヒーローの時代さ」

 少しだけ機嫌を取り戻した千景さんは少しだけ昔話を始めた……最近わかったけど、この人容姿のことを褒めると案外チョロいというのと、年齢を言うと本気で怒る女性なのだ……ちょっとめんどくさい人だ。

 で、まあ……その頃千景さんは対ヴィラン特別捜査班……公安に近い場所に配属されて一年ほどが経過していた時だったそうだ……お師匠様と呼ぶ人は、千景さんのJK時代(こう呼べと強制された)に彼女の才能を見抜いた男性だったそうで、一〇歳以上年上の人だったそうだ。


「お師匠は……なんていうかすごかったよ、アタシなんか足元にも及ばないくらい戦いが強くてさ……それでいてヴィランの検挙率もめちゃくちゃ高かった、神様みたいな存在だったよ」

 そのお師匠様のことを考えているのか、遠い目をしていた千景さんの頬がほんのり染まる……もしかして憧れだったのかな。

 アニメとか漫画で自分を鍛えてくれた師匠に恋心を持つ、というのはありそうな展開だ……僕もそんなアニメ見たことあるしな。

 だが僕の考えを読んだように、バツが悪そうな顔をした千景さんは一度咳払いをしてから、再び前を見て走りながら話を続ける。

「邪推すんな、ちげえよ……憧れてたんだよ。ヴィランすらも恐れる本物のヒーローってやつにね」


「ヒーロー……本物? 千景さん超級ヒーローなのに……」

 千景さんが黙って頷いた後、ほんの少しだけ表情を緩める……それは本当に憧れだった男性への憧れなのか、それとも昔を懐かしむ心の動きなのか。

 だけどその横顔はとても美しい、と僕は思った……本当に憧れていたのだろう……そんな清々しさすら感じる横顔だった。

 そしてそんな彼女が本物と呼ぶお師匠様は……どんな人だったのだろうか?

「お師匠様も、やっぱり君みたいにいじめられたって言ってたな……昔は今よりももっと才能タレント差別が酷かったからね。ちなみにアタシも抜群に可愛かったのと、才能タレントの特性をネタにいじめられてたよ」


「ち、千景さんが?!」


「おうよ、アタシはお師匠に拾い上げてもらって強くなった……それまでアタシの才能タレントをバカにしたやつに仕返ししたいって思ってたけど……でも、お師匠からはそんな無駄なことをするなって教えられてね、それで仕返しはしなかった」

 千景さんの才能タレント……ライトニングレディはヒーローネームにもあるとおり、一瞬の加速ができる電光ライトニングがその才能タレントになる。

 移動系の才能タレントは案外多く、例えば加速アクセラレーションであれば物体や動きを徐々に加速させられるし、行軍マーチであれば長時間の移動が可能になるという。

 電光ライトニングは本当に一秒程度の超加速……僕を助けた時に一瞬で間合いを詰めたのは能力を使ったからだ、と話していた。


「一秒……アタシが超加速できるのはたった一秒だ、ショボいだろ? しかも再使用には一〇秒間のインターバルが必要……それを散々同級生に馬鹿にされててね……逃げ足だけ早い女って言われてたよ」

 千景さんはある程度走り終わったあと、水分補給のためのスポーツドリンクを僕に手渡しながら昔を懐かしむように、タオルで汗を拭きながら笑う。

 それでも今の千景さんにはそんなことをそぶりも見せない明るさがあるように思える……どれだけ悔しかったのだろうか、それでもお師匠様の言いつけを守って彼女は必死に、全力で努力したのだろう。

 千景さんは僕に向かってムキっと見せつけるように腕に力を込めて筋肉を盛り上げる……本当に鍛え込まれたレベルの筋力量だと思う、ぶっちゃけて言えば僕より全然太い。

「体を鍛えまくったのも、お師匠様の言いつけさ……アタシの才能タレントを生かすために本気で体を鍛えろってね……子供の頃はこれでも年頃の少女っぽい趣味だったのにさ、今じゃこっちの方に夢中になっちまったよ」


「そう……なんですね……」

 目の前の千景さんが、屈託のない笑顔を浮かべているのを見て僕は今までのことは急に恥ずかしくなった……変わりたいと思っていた、この才能タレントには意味がないと思い込んでいた。

 それでも諦めずに努力をし続けた人が目の前にいる……そんな人が目の前にいるのに、僕が諦めたり挫折したり……意味がない、なんて言うわけにはいかないだろう。

「でまあ、お師匠様は龍使いロンマスター……君と同じ才能タレントな訳だが、ロンってなんのことだと思う?」


「んー……ドラゴン?」


「そのまんまじゃねえか、そうじゃねえよ……ロンってのは体の中を流れる生命力……人間の中を流れる気のようなモノだってお師匠様は話してた。その生命力を自由に扱う……それが龍使いロンマスターだ」

 千景さんの話によると、お師匠様は息吹プラーナをコントロールすることで、体内のロンを自由に操り、鋼鉄を素手でぶち破り、千景さんに匹敵する速度で加速し、細胞を活性化させて傷を癒すことすらできたという。

 ただし……この恐るべき才能タレントの持ち主は一七年前、才能タレントテロの際にヴィランの王、テロの首謀者との戦いの際に死亡し、それ以来同じ能力が生まれることはなかったのだという。


「……何で一七年間、君の存在がアタシたちの情報網に引っ掛からなかったのかアタシにはわからない……でも、アタシには一目見ただけで……理解したよ。アンタが龍使いロンマスターだってことは……この感覚は絶対に忘れるわけがない」

 千景さんは僕の頬にそっと両手を添えると、ほんの少しだけ目を潤ませる……その目の中にある想いは、おそらく……ずっと忘れられない強い何か、を湛えている。

 ほんの少しの間だけ、千景さんは僕の目をじっと見つめていたが、急に我に帰ったかのように慌てて手を離すと、そっぽを向いてしまう。

「な、なんでもねえよ……バカ面してるから思わず……い、いやそうじゃねえ……休んだらすぐにトレーニング再開だ、いいな!」


 千景さんは急に慌てたように立ち上がると、少し離れた場所へとツカツカと歩いていってしまう……あの時一瞬だけ見せた千景さんの表情は、本当に悲しそうな……複雑な思いが込められていたように思える。

 龍使いロンマスター……イメージだけ聞くと仙人のようにすら聞こえる……体内を巡るロン、それをコントロールする息吹プラーナ……もはや今までの知識が全く役に立たない用語だらけで頭が痛くなってくる。

 どうしたらそのロンを自由に扱えるようになるのだろうか……呼吸の仕方かな? 奇妙な動きをしている僕を見て、呆れたような表情を浮かべた千景さんが僕に声をかけてきた。


「おい、体力回復したならすぐ走るぞ……試験まで二ヶ月しかねえんだ、アタシが特訓して落ちました、なんてシャレになんねー……死ぬ気で気張れよ!」

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