第2話『主を探す日々』

 今日の空は白い。まだ外は暗いけれど、青い部分がほとんどないのはわかる。

 とりあえず、あてもなく町を歩いてみよう。まずは、お告げが言っていた『契約の場所』っぽいところを探してみる。


 “地上の民”が沢山歩いている道や、逆にほとんどいない路地を歩いて、お告げが言っていた場所、私色に近い場所を探す。


 なかなか、それらしい場所は見つからない。そうこうしている間に、1日が終わってしまった。


 そう簡単に、ご主人様は見つけられないよね。


 地面の柔らかそうなところを見つけて、その場所に体を丸めて眠りについた。




 今日は灰色のくもり空。時折、薄雲うすくも越しに太陽は見えるけれど、世界に陽光が届くことはない。今日も、私はご主人様を探す。


 太陽が真上に来る頃、私は白い石でできた広場を見つけた。広場の向こうには、湖が見える。


 白と青の場所。ここが、お告げが言っていた『契約の場所』なのかな?


 湖を背に、広場を見渡せる場所に座って“地上の民”の流れを眺める。


 しばらく広場を眺めていると、何かを探しているような少年を見つけた。ご主人様かもしれないと思って近寄ると、その少年に声をかけられた。


「ネコちゃん。僕は黒猫くろねこを探しているんだ。君は黒くないから、近寄らないでね? でも、代わりに食べ物をあげる」


 この少年は、私のご主人様じゃなかった。だけれど、食べ物をもらった。私は、家を出てから何も食べていないのを思い出して、ありがたく食べさせてもらった。


 この日はそれっぽい少年に出会ったけれど、人違いだったみたい。広場から少し入った路地で体を丸めて眠りについた。

 



 今日も私はご主人様を探す……というか、待つ。天気は相変わらず曇り。昨日よりも雲が厚くなっていて、太陽の光は地上に届いていない。


 昨日と同じように、湖を背に座ってご主人様を探していると、青い髪の男の人が声をかけてきた。


「なぁ、白猫ちゃん。腹、減ってるか?」

みゃぁすいてる

「そうか、それじゃ魚やるよ。り過ぎちゃったからおすそ分けだ」


 男の人は、大きめの魚を1匹かごから出して私の前に投げる。


「お前の分だ。俺が釣ったやつさ」

にゃーありがとう!」


 男の人は、私を不思議そうに見つめている。


「……俺はここの人間じゃねぇが、ここじゃ黒猫以外は歓迎されねぇのかなぁ」


 え……?


「ま、頑張って生きなよ。白猫ちゃん。生きてれば、きっといいことがあるからさ」


 青髪の男の人は、魚を置いて去っていく。私は、その背中が見えなくなるまで、見つめていた。




 それから数日は、何も変わらなかった。空模様はずっと曇り空。雨が降り続く季節が近づいていて、空気が湿っている。


 広場に座っていると、たまに“地上の民”が近寄って来て食べ物をくれた。


 私に食べ物をくれる“地上の民”は、決まって大きな荷物を持っている。それに、この町の“地上の民”と、雰囲気が違う。


 今日も日が暮れ、また夜がやってきた。6度目の夜だ。今日もご主人様は現れなかった。けれど、まだそんなに日は経ってない。


 明日こそ、きっとご主人様に会えるわ。


 そう思いながら、私は体を丸めて眠りについた。




 7度目の朝。天気は……もう空を見ることすらもいらない。地面を打つ音だけでわかる。体がれて、毛並が体に張り付いて気持ち悪い。

 被った黒土もどこかに消えた。目を開けると、雨に濡れた白猫の姿が水たまりに映る。


 今日は、ここで誰かが来るのを待とうかな。


 今日は広場の端っこの雨をしのげそうな場所でご主人を探す。


 雨の降る中、私の前を通る“地上の民”の数は少ない。傘に隠れているせいなのか、私の方を向こうともしない。ぼんやりと、人の流れが行ったり来たりする様子を見て1日を過ごした。 




 その夜。そろそろ眠ろうかと思って、ふかふかしていそうな場所を探していると、不気味な気配を感じる。


 振り返って暗闇に目をらすと、光る黄色の眼が近づいている。その眼から、好意は感じられない。


 私は、黄色い眼の方に向き直って身構える。すると、黄色い眼の前進が止まり、その持ち主が口を開く。


「サレ」「シロイノ、タチサレ」


 光る黄色の眼の主たちは、じりじりと距離を詰めてくる。


 立ち去れと言われても、私はお告げを受けたし、なんならこの町で生まれ育った。それに、何も黒猫族のおきてを破るようなことはしていない。


「私は、ただ待っているだけよ!」

「シロイノ、オマエ、ジャマ」「オマエノアルジ、ココニイナイ!」

「いるわよ、絶対に!」


 私も負けじと言い返す。私には、お告げの主が味方に付いている。


「ソンナモノハイナイ!!」「タチサレ!!」「ドコカニイケ!!」


 黒猫たちはそうさけぶと、私に向かって走り出した。獲物を狩る、まさにその時の眼をして。

 私は身の危険を、そしてこの黒猫たちには説得が通用しないとさとって、全速力でけ出す。


 黄色く光る眼が見えなくなるまでどこまでも、どこまでも……。


 少しづつ、追いつかれているのを感じながら、ひたすらに逃げる、逃げる、逃げる……。




 私にはもう走る力がほとんど残っていない。後ろを振り返ると、さっきまでよりもその眼たちとの距離が詰まっている。


 追いつかれたら、いけない。


 そう思うと、4本の足に力が宿る。絶対に振りきって、逃げ切ってやる。




 最後の気力を使い果たすまで、私は走った。後ろは振り返らなかった。いや、振り返れなかった。黄色い眼たちが怖かった。


 もう、ダメ。足が、動かない……。


 走ってきた方を確認すると、追手の姿は闇に消えていた。


 逃げ切れたんだ……私、わたし……。


 限界を超えた疲労に、体が悲鳴を上げている。


 逃げ切ったという安堵あんど感を感じながら、私の意識は底なしの闇の中に引き込まれていった。

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