今昔小話集ー創作民話ー
南瀬匡躬
第1話 わらしべ女房
今となっては昔のことだけれど、三重県の山奥にのんびり屋で働き者のマイペースなお百姓、
「やい、五作。お前、また町に行って、折角苦労して焼いた炭をタダであげてきたらしいな。わざわざ売りに行ったものをタダであげてきたら意味ないだろう」
鼻で笑う同い年の若者。
「あれは炭を買うお金がないっていう病気の母親がいたから……」と言い訳の五作。
「おい、五作。みんながやらないことを進んでやるのは良いけど、お前の仕事ではない村の仕事をやるな。お人好しにも程があるぞ。本来の頼まれたやつにやらせろ」
「あれは
こんな五作への声は、実は半分はひやかし、でも半分は彼の寝所・生活を心配してくれるご近所の声でもあった。
ある日のこと、畑で農作業をしていた五作から、街道にうずくまる老女が見えた。五作は急いで駆け寄ると、
「婆さん、どうしたんだ?」と声をかける。
「はあ、急なさしこみでなあ。どうにも、あたたた」
「どれ、へち
そう言うと五作は、
ガラリと戸を開けて、「ヘチ貫先生。サシコミで痛がっている旅の婆さん連れてきた。診てやってくれ。お代はおらの『けしこ炭』一山持ってくるから」
「おお、五作。良いところに来てくれた」
ヘチ貫先生は五作を見るなり、そこにいる行商人の爺さんを紹介する。
「この爺さんな、隣村の庄屋さんのところまで行きたいそうでな、ワシは診察があるから、代わりに案内してやってくれ。この婆さんの診察の代金はそれと
五作は「わかった。隣村の庄屋さんだな。じゃあ、この婆さんのこと頼むよ、先生」と言って、行商人の爺さんの手を引いて「おらが案内するから行くぞ、昼前には着くから」とタッタと歩き始める。
立派な門構えの農家。庄屋さんの家の前に着くと、五作は「尋ね人を連れてきた」と大声で家の者を呼び出す。
すると庄屋さんの娘の一人が「あれ、隣村の五作さんじゃ、どうなさった?」と駆け寄ってきた。きれいな緋色の着物を着て、
「庄屋様に客人じゃあ、ほれ」と言って、行商人の背中を押した。
「あれ、
行商人は、「庄屋様に直にお渡ししたいものがあります」と言う。
庄屋の娘は「わかりました、父に伝えてきます」と言ってから、「五作さんにも、ちょっと用事がある。そこで待っていてくださいな」と言う。
奥から庄屋様が慌てて出てくると
「いやいや、挨拶は良いから早く中へ」と行商人を家に入れる庄屋さん。
その時ちらりと五作の方を振り返り、
「五作、ありがとうな。我が家の大事な客人を案内してくれて、後でお礼はするからな。あと娘のハナがお前に頼みたいことがあるそうだ。ちょっとそのままで娘を待っていてやってくれ」
「はあ」
しばらくして杖と
「五作さん、町まで
嫌だとは言えない五作。
「はい」と言って庄屋の娘ハナを連れて、峠を越えた町までの道のりを歩き始めた。
「五作さんはこんなにみんなに親切にして、優しいのになんで結婚しないんです」
道すがら不思議そうにハナは五作に尋ねる。
「お嬢さん、おらはしないんじゃなくて出来ないんです。ご縁がない。どんくさくって、のろまだし、気が利かねえから」
「あら」とくすくす笑うハナ。
「なんか、可笑しかったですか」と五作。
「私と一緒」
笑いながら返すお嬢さんは箸が転げても笑う年頃だ。
「お嬢さんはそんなことないでしょう。機転が利くし、頭もいい。おらと一緒は申し訳ない」
五作は笑って言う。
「ううん。私は姉さんたちにどんくさい子、ってしょっちゅう言われます」
「そうですか。なら、おらはその倍以上どんくさいのです」
その気を遣った言い回しが面白くてハナはまた笑う。
「でも嘘はつかないのでしょう」
「それはいけねえ。嘘はだめだ。馬鹿にされるのは仕方ねえ。一生懸命やって出来ねえのは仕方ないけど、嘘やズルはだめと死んだうちの爺さんと婆さんが言ってんだ」
「そうね。だから五作さんは皆に愛されているのよ」
町に着くとお目当ての
夕刻、ようやく庄屋様の家に着くと、「はい、これ」と庄屋の娘さんは五作に竹の皮の包みを渡す。
「なんですか、これ?」
「さっき町で買ったおまんじゅう。お家で食べてね」と五作の胸に押し付けて、一礼する。そしてハナは顔を赤くして、たったっと、走って家に入っていった。
翌日、庄屋様とお医者様のヘチ貫さん、それに庄屋の娘のハナが三人で五作の家の戸を叩いた。
『ドンドン』
「あい」と言って戸を開ける五作。
皆が揃ってやってきたので、
「どうしました?」と五作が尋ねる。
「五作、ウチのハナがな。どうしてもお前の嫁になりたいというのじゃ。正直で誠実なお前の人柄が好きだと言ってきかない」
「へ?」
「悪い話じゃないぞ、五作。お前にはもったいないくらいの良縁だ。私が仲人をやってやるからな」とヘチ貫先生も言う。
横でハナはうつむいたまま五作の袖をつまんではなさない。
「どうしてこんなことになった? おら急病の婆さんを連れていき、その足で行商人の道案内をしただけじゃ? 嫁? へ?」
こうして正直者の五作は器量も気立ても良い、働き者で正直者の嫁を手に入れたとさ。めでたしめでたし。
(了)
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