今昔小話集ー創作民話ー

南瀬匡躬

第1話 わらしべ女房

 今となっては昔のことだけれど、三重県の山奥にのんびり屋で働き者のマイペースなお百姓、五作ごさくという若者が住んでいた。五作は村で一番の正直者だった。正直者過ぎて、常に村の衆に馬鹿にされていた。


「やい、五作。お前、また町に行って、折角苦労して焼いた炭をタダであげてきたらしいな。わざわざ売りに行ったものをタダであげてきたら意味ないだろう」

 鼻で笑う同い年の若者。

「あれは炭を買うお金がないっていう病気の母親がいたから……」と言い訳の五作。


「おい、五作。みんながやらないことを進んでやるのは良いけど、お前の仕事ではない村の仕事をやるな。お人好しにも程があるぞ。本来の頼まれたやつにやらせろ」

「あれは武平ぶへいどんが長雨で田んぼの稲を守るために用水路に水を入れないようにしていたから。下流のため池で飼っていた鮒が死なないように、分水路をつくっただけじゃ。水を入れ替えないと池が濁る」と言う。五作はこのように自分のためでもないことを、すぐに買って出る性分だった。


 こんな五作への声は、実は半分はひやかし、でも半分は彼の寝所・生活を心配してくれるご近所の声でもあった。


 ある日のこと、畑で農作業をしていた五作から、街道にうずくまる老女が見えた。五作は急いで駆け寄ると、

「婆さん、どうしたんだ?」と声をかける。

「はあ、急なさしこみでなあ。どうにも、あたたた」

「どれ、へちかん先生のところに連れて行ってやるよ。おらの背中におんぶさってくれ」


 そう言うと五作は、背負子しょいこに婆さんを座らせて、たったと街道を村外れにある医者のヘチ貫先生の家まで走る。

 ガラリと戸を開けて、「ヘチ貫先生。サシコミで痛がっている旅の婆さん連れてきた。診てやってくれ。お代はおらの『けしこ炭』一山持ってくるから」


「おお、五作。良いところに来てくれた」

 ヘチ貫先生は五作を見るなり、そこにいる行商人の爺さんを紹介する。

「この爺さんな、隣村の庄屋さんのところまで行きたいそうでな、ワシは診察があるから、代わりに案内してやってくれ。この婆さんの診察の代金はそれと相殺そうさいでいいから」


 五作は「わかった。隣村の庄屋さんだな。じゃあ、この婆さんのこと頼むよ、先生」と言って、行商人の爺さんの手を引いて「おらが案内するから行くぞ、昼前には着くから」とタッタと歩き始める。


 立派な門構えの農家。庄屋さんの家の前に着くと、五作は「尋ね人を連れてきた」と大声で家の者を呼び出す。

 すると庄屋さんの娘の一人が「あれ、隣村の五作さんじゃ、どうなさった?」と駆け寄ってきた。きれいな緋色の着物を着て、かんざしがキラキラと光っている。

「庄屋様に客人じゃあ、ほれ」と言って、行商人の背中を押した。


「あれ、越後えちご廻船問屋かいせんどんや美濃吉みのきちさんじゃあ。なんでまたお一人で?」

 行商人は、「庄屋様に直にお渡ししたいものがあります」と言う。

 庄屋の娘は「わかりました、父に伝えてきます」と言ってから、「五作さんにも、ちょっと用事がある。そこで待っていてくださいな」と言う。


 奥から庄屋様が慌てて出てくると廻船問屋かいせんどんやの行商人は、「ご無沙汰しております」とわらの被り笠を外して、深々とお辞儀をする。

「いやいや、挨拶は良いから早く中へ」と行商人を家に入れる庄屋さん。

 その時ちらりと五作の方を振り返り、

「五作、ありがとうな。我が家の大事な客人を案内してくれて、後でお礼はするからな。あと娘のハナがお前に頼みたいことがあるそうだ。ちょっとそのままで娘を待っていてやってくれ」

「はあ」


 しばらくして杖とかすり着物の旅支度姿で娘さんが五作のところにやってきた。

「五作さん、町までかんざしを買いに出たいのですが、一人で行ってはダメと言われまして、今日は伴の者もおらず、生憎人手が足りずに困っていました。町まで一緒に行ってくれますか」と言う。

 嫌だとは言えない五作。

「はい」と言って庄屋の娘ハナを連れて、峠を越えた町までの道のりを歩き始めた。


「五作さんはこんなにみんなに親切にして、優しいのになんで結婚しないんです」

 道すがら不思議そうにハナは五作に尋ねる。

「お嬢さん、おらはしないんじゃなくて出来ないんです。ご縁がない。どんくさくって、のろまだし、気が利かねえから」

「あら」とくすくす笑うハナ。

「なんか、可笑しかったですか」と五作。

「私と一緒」

 笑いながら返すお嬢さんは箸が転げても笑う年頃だ。

「お嬢さんはそんなことないでしょう。機転が利くし、頭もいい。おらと一緒は申し訳ない」

 五作は笑って言う。

「ううん。私は姉さんたちにどんくさい子、ってしょっちゅう言われます」

「そうですか。なら、おらはその倍以上どんくさいのです」

 その気を遣った言い回しが面白くてハナはまた笑う。

「でも嘘はつかないのでしょう」

「それはいけねえ。嘘はだめだ。馬鹿にされるのは仕方ねえ。一生懸命やって出来ねえのは仕方ないけど、嘘やズルはだめと死んだうちの爺さんと婆さんが言ってんだ」

「そうね。だから五作さんは皆に愛されているのよ」

 町に着くとお目当てのかんざしの店があるようで、そこの前で五作はじっと待っていた。


 夕刻、ようやく庄屋様の家に着くと、「はい、これ」と庄屋の娘さんは五作に竹の皮の包みを渡す。

「なんですか、これ?」

「さっき町で買ったおまんじゅう。お家で食べてね」と五作の胸に押し付けて、一礼する。そしてハナは顔を赤くして、たったっと、走って家に入っていった。


 翌日、庄屋様とお医者様のヘチ貫さん、それに庄屋の娘のハナが三人で五作の家の戸を叩いた。

『ドンドン』

「あい」と言って戸を開ける五作。

 皆が揃ってやってきたので、

「どうしました?」と五作が尋ねる。


「五作、ウチのハナがな。どうしてもお前の嫁になりたいというのじゃ。正直で誠実なお前の人柄が好きだと言ってきかない」

「へ?」

「悪い話じゃないぞ、五作。お前にはもったいないくらいの良縁だ。私が仲人をやってやるからな」とヘチ貫先生も言う。

 横でハナはうつむいたまま五作の袖をつまんではなさない。

「どうしてこんなことになった? おら急病の婆さんを連れていき、その足で行商人の道案内をしただけじゃ? 嫁? へ?」


 こうして正直者の五作は器量も気立ても良い、働き者で正直者の嫁を手に入れたとさ。めでたしめでたし。

                (了)


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