世界を救済するダークナイトに転生したが、思っていた異世界生活と違う

黒鐵桜雅

はじまり

 目の前に白いドレスを着た黒髪の女神がいる。先ほどまでビル群が聳え立つ大都会で、トラックに引き殺された高校1年生の岩崎魁人16歳は、黄色い空にまるでヨーロッパの大神殿跡みたいな場所に立っている。

 彼女は青い瞳を俺に向けてただじっと見つめている。気づいたときから目と目が合っているわけだが、RPGみたいに話しかけない限りはストーリーが進行しない世界なのだろか。長い沈黙も飽きてくるので、恐る恐る話しかけてみる。

「いや呼んだ側なら話しかけろや」

「あ、喋った」

 あ、喋った。じゃねえよ。やっぱり俺が話しかけないと口を開かなかったじゃねえか。

「いや、よくあるパターンだよ?事故ったり刺されたりで死んだ奴が異世界転生前に女神に会ってステ振り(ステータス振り分け)する瞬間。でも普通は呼んだ側が話しかけて歓迎するものでは?」

「見た目に反して饒舌なのね。あたしは女神、あなたを異世界へ転生するわ」

 だめだ、会話が成立しないタイプのやつだ。言葉のキャッチボールを習得していない女神だ。この言葉が通じないオブジェクトとどのように会話するのだ。諸君教えてはくれまいか。

「君は失礼だな、人様に向かってオブジェクト、いや物扱いとは」

「心の中も見透かすことができるんだな、女神ってスゴイナー」

「少しは会話をさせてはくれないか、少年」

 全然こっちのセリフだけどね!帰るぞ!あ、俺死んでたんだった、帰る場所ねーや、ガーハハハハハ~。

「一人漫才は気が済んだかい?」

「本当に殺めるよ?んで、俺を異世界転生したいんだったな。俺を選んだ理由はあるのか?」

 大体異世界転生するときはなんかしらの要望やら理由があるはず。まあ、出会って数分のことだがどうせ適当に選別して送り込もうという魂胆だろう。なんか、女神がぶるぶる震えて額から大量の汗が垂れているが、心の中読めるから図星なのかだろうか。あ、頭抱えてブリッジし始めた。

「ま、まああたしの心を読めたことをほめてつあくぁす」

「焦りすぎて噛んでるじゃねえか。女神を名乗るのやめちまえ」

なんだこの女神は、もっと神々しく美しく華やかなやり取りを想定していたのだが、まるでパロディ女神ではないか。

「さて、君にはパラディ大陸の一国の王子になってもらい、勇者として世界を魔王の手から護ってもらいます」

「嫌です」

 俺が即否定した瞬間沈黙が訪れる。それもそのはず、道徳心や人間性があれば誰もが勇者として世界を救う道を選ぶだろう。だが俺はそうしなかった。

「もう一度言いますね?魔王を倒して世界を救ってください」

「いやだから、嫌です。お断りします、却下します、めんどいもん」

「全否定しないで!あと、めんどいという理由で断らないでください!」

 皆の衆は勇者になって魔王を倒して世界を救うシチュエーションにあこがれはあるだろうか。男のロマンであり一度は頭の妄想の中でシミュレーションしたんじゃなかろうか。けど俺は勇者に憧れがなかった。むしろその逆だった。

「別に勇者じゃなくてもよくね?」

「どういうことですの」

 女神が質問してきた。心の中読めるなら聞かなくてもわかるんでは。

「俺は暗黒騎士になりたいんだ。勇者などという肩書は別に要らないから、陰から名も顔も知られない救済者となるのが俺の憧れだ。その一手に協力させてやるよ女神さん」

「随分と図々しくなりましたね、神に付き従う女神が闇の力を持ち合わせておりまして?」

「おいおい、今更何を言っているんだ。気づいていないと思っている方が図々しくないか」

 俺はこの女神を知っている。黒髪で白いドレスを身にまとってはいるが、中身は夜の女神として君臨するラートリー女神だということを。彼女は星や夜に関する女神だが、夜を照らすは闇と共にあるということだ。

「夜の女神となれば勇者より暗黒騎士を生むのが性に合っているぜ。それに、闇を司る者が世界を救う展開は希少だろ?」

 どうも納得いっていないご様子だが、説得しようにもしきれない表情をしている。

「本当は勇者になってほしいのだけれど、まあいいですわ。あなたを暗黒騎士として送り出しましょう」

 話が速くて助かった、正直ベッドダイブして寝たい気分だった。

「もうすぐそのベッドダイブも叶いますよ」

「あんたが欲しているおやつタイムもな」

「なんでばれているんですの!」

 だって椅子の後ろに隠しきれっていない菓子台があるから…。いや今から隠しても無駄だよ?最初から見えているし匂い強いし。

「ごほん、では早速送りますわ、よろしくて?」

「構わん、存分に送り込むがよい」

「あ、OK」

 瞬く間に光に包まれて青空と共に温かく心地よい風が頬を撫でる草原に移動した。

「移動はや…。てか一国の王子って言っていたけどその設定すらなくすのね」

 振り向けば壁に覆われた国らしき建築物は見えるが、流石に転移雑すぎないか。とりあえずあそこの国に行って冒険者ギルドとか宿屋に行くのが定番だよね。それにしても不思議な女神だったな、特に想いれはないけど。

 俺は約10キロはあるだろう道のりを歩き始めた。にしても遠すぎやしませんかね?

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