17-6 ~ 都市計画の見直しその1 ~


「さて、あなた。

 このデータが流出してしまった以上、都市計画の見直しが必要となります」


「……いや、そこまでの……」


 俺が頭の中に入って来た他者の精液データ(個人情報付き)に吐き気を堪えている間にも、我が正妻ウィーフェは正気を取り戻してくれたらしく……リリス嬢はいつもの冷静な声色でそう告げる。

 肝心の俺は未だに全くの他人事であり、そもそも精子が多い少ないで何かが変わるというすらなかったので、ただ首を傾げるだけだったが。


「まず、都市面積を現計画の50倍へと拡大、居住区の建築も併せて進めると共に、必要な経費を計算して中央政府に補助金の申請を行わなければなりません」


 そんな俺を置き去りにしたまま、金髪碧眼の優秀な正妻ウィーフェはその眼前に仮想モニタを幾つも並べ、何らかの計算を続けたままそう告げる。


 ──50倍って、そんな大げさな……


 何をどう計算したのかは分からないし、聞かされたところで分かるとも思わないが、現在俺が住んでいる海上都市『クリオネ』は、以前聞いたうろ覚えの記憶ではあるが、基礎面積だけなら、「人口1万人が暮らせる都市としての必要十分な面積」を確保していた、もしくはそれを目標に建造を進めていた筈である。

 彼女が計画しているのはその50倍……50万人が暮らす都市である。

 たったの2,000人程度でしかない現在の人口を考え、「幾ら何でも一気に飛躍し過ぎだ」と俺が思うのも仕方のないことだろう。

 我が正妻ウィーフェは、そんな俺の考えを察したらしく、彼女の眼前に展開されていた仮想モニタをこちら側でも見えるように操作した上で、その50倍の数値根拠について静かに説明を始める。


「基本的に都市面積というのは移住希望女性の数によって決定するものですが、先日までの移住希望者の中で、移住許可が出せそうな素行良好者は凡そ8,000人。

 ……現在の人口の4倍となります」


 この時点で、現在の都市面積が完全に埋まります、とリリス嬢が語った直後、彼女の手が動き俺の眼前に仮想モニタが展開される。

 そこに映し出されたのは、模式的な我らが海上都市『クリオネ』だった。


 ──居住区が、赤、かな。


 その画像を一目見るだけで、現在の海上都市が如何に歪な発展を遂げているのかが分かる。

 何しろ広々とした都市の基礎ばかりが広がっていて、実際に建造物が存在するのは中心部……面積にしてほんの3割程度でしかないのだから。

 

「こちらが、人口1万人になった時点での予想都市図であり……」


 そう告げたリリス嬢の操作によって、仮想モニタ上の今ある都市の表層部は完全に赤色で埋め尽くされる。

 このシミュレーション画像が面白いのは、コンマ一秒で全てが着色された訳ではなく、5秒かけてゆっくりと都市が拡大していく様子を映し出したことだろう。

 俺のBQCO脳内量子通信器官がさり気なく、この状況は凡そ半年後の予想計画図と告げていたが、たったの半年でこの海上都市は人口が5倍に膨れ上がる、らしい。


 ──無茶苦茶だ。


 基本的に21世紀初頭の田舎でありがちの、「人口はじわじわと減っていくばかり」という感覚が残っていた俺としては、人口が増えるシミュレーションを見せつけられている時点で違和感しか覚えない。

 ……だけど、我が正妻ウィーフェの話はまだまだ序盤でしかなかった。

 何しろ、そうして眼前に展開された仮想モニタを見る限り、人口が一万人を超えた時点での都市基礎の大きさは、その数倍に広がっているのだから。


「男性も若年の間は……精通から一年くらいの、実際に子供が生まれるまでの間は様子見の女性が大半を占めます。

 なので、当初の計画では、平均的な都市人口である5万人を目標にしておりました。

 勿論、あなたの人気が現状のまま続いた場合、ではありますので、希望者が急減した場合に備え、段階的に基礎を広げていくこととなりますが……」


 優秀な正妻ウィーフェの言葉を聞かされた俺は、反射的に何か言葉を挟もうとするものの……欠片の反論も出て来なかった。

 自分から望んだ訳ではないとは言え、一緒にゲームをやるだけで変な人気を獲得してしまったことは紛れもない事実であり。

 現在の人気を基準にして都市計画を立てるのは、至極当然の結論である。

 そして……出た理由も分からない人気がいつまでも続くとは限らないのだから、その不測の事態に備えるのも、また政治としては当然の行動だろう。


「ですが、このデータ流出によって話が変わってきます」


 そうして反論の余地を持たなかった俺の納得を、優秀な我が正妻ウィーフェはあっさりと切って捨てる。


「基本、人望や容姿によって若干の変動はありますが、人口の最大値は市長の生殖能力がほぼ全てを決定すると言っても過言ではありません。

 勿論、そこから市長の好みや都市計画によって、人口をことになりますので、それのみが人口の決定要因とはなっておりませんが……」


 そこからつらつらと続くリリス嬢の言葉を要約すると……

 ・都市人口の最大許容値は男性の生殖能力で決まる。

 ・市長の好みや都市計画で、その最大値は自由に下げられる。

 ・そして現在人口はインフラと人気に左右される。

 ……とのことである。

 数分に渡る彼女の説明を聞かされたものの、それが完全に理解の限界を超えていた所為で脳みそがオーバーフローを起こしてしまった俺は、そうして「都市人口をゲームの設定として捉える」ことで、ようやく彼女の説明を何となく理解出来たのだった。


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