17-3 ~ 脚 ~


「……何で、こんなことが出来るんだ?」


 「気絶解消までの時間設定」などという訳の分からないパラメータを知った俺は、眼前で意識を失っている我が正妻ウィーフェリリス嬢の安らかな寝顔を眺めながら、思わずそんな呟きを零していた。

 正直な話、「女性の意識覚醒残り時間を操れるなんて、一体どこのエロ漫画だよっ!」と、21世紀人をやっていた俺の感性が叫んでいる訳だが……ふと気になってBQCO脳内量子通信器官を少しばかりいじくってみたところによると、市長権限を使えば「市民として登録されている全女性の意識を、この場から強制シャットダウンできてしまう」ようだった。

 未来社会では、もう女性の人権が存在していないどころか……男性には「女性を好き勝手に孕ませて構わないというとんでもない許可証」が出ているとしか思えないこの状況に、俺は天を仰いで溜息を大きく吐き出す。

 そうして視線をもう一度、我が正妻ウィーフェへと戻した瞬間、不意に一つの疑問が脳裏を過っていた。


 ──一体どこの馬鹿が、こんな設定を付け加えたんだ?


 基本的にどんな社会システムも、誰かが必要としたから生まれた訳であり、俺はこんなアホな設定を付け加えた……いや、付け加える経緯を作り出した、過去実在しただろう馬鹿について、ふと疑問を抱いてしまったのだ。

 その直後、未来の万能検索システムBQCO脳内量子通信器官さんがまたしても見事に要らぬ気を利かせてくれる。


 ──ニコラウス。


 サンタクロースの由来となった聖人と同じ名前を持った、150年ほど昔に生まれたこの男性は、クリスマスという古の行事を兎に角好んでいたらしい。

 だから、だろう。

 毎年12月の24日の夜、自分の都市内限定ではあるが、眠りに落ちた女性の自宅へと自ら足を運び、という行動を己の義務とした、とのことである。


 ──で、そのプレゼントは、だったと。


 正直、金がなくても生活には困らないのがこの未来社会であり……税を納めなければ都市は追い出されてしまうものの、それだってある程度の猶予期間はあり、そして追い出されたところですぐさま死を迎える訳ではない。

 何しろ最低限の食事……ミドリムシのアレは無償で提供されるため栄養には困らず、餓死することはないのだから。

 そんな彼女たちが欲しているモノと言えば……当然のことながら、ナニである。

 都市に暮らしている女性は、全員が妊娠希望者……要するに精子を求めるあまり、高い税金を払ってまでわざわざ都市へと引っ越した人たちなのだから。

 そこで、ニコラウスというその男性は、サンタクロースにちなんで女性が寝ている間にプレゼントを彼女の……


 ──俺の暮らしていた時代だと、キリスト教徒に火炙りにされそうだな、コイツ。


 まぁ、性犯罪に該当するからそれ以前の問題か。

 しかしながら、この未来社会においては……150年近く昔でまだここまでふざけた男女比になってない時代とは言え、その行為は受け入れられたというかのだろう。

 少なくともこうしてシステムとして機能が残されてしまい、この未来社会の全男性はいつだって寝ている女性を好きに出来るのだから。


「……コイツ以降の使用者、ほぼいないじゃねぇか」


 尤も、女性受けが良かったからと言ってそれを男性が実行するかどうか言うと、そんな訳もなく。

 どうやらこの時代の男性にとって、寝ている女性ですら性的興奮の対象にならないという悲しい現実がここにあった。


 ──その手のが好きな人なら、幾らでも好き放題出来るんだけどなぁ。


 俺の体感としては兎も角、実時間軸上では大昔になってしまうのだが……冷凍保存される前に好きだった絵師さんが「寝ている女性に色々とする作品」を書いてたのを思い出した俺は、それも全て過去になってしまっている事実に少しだけしんみりしながら、眼前で寝ている正妻ウィーフェ様の身体へと視線を落とす。

 いや、別に寝ている彼女に対して何らかの行動を起こすつもりはない……ないのだが、俺の身体にようやく復帰した性的興奮という衝動がゆっくりと右手を彼女へと伸ばしたくなってしまう。

 ついでに言うと、リリス嬢がセーラー服っぽい服に身を包み、しかも三姉妹の言動が尾を引いているのか、スカートが異様に短いのが……いや、あのパンチラ上等の三姉妹よりはマシではあるが、そんな恰好でぶっ倒れた所為で御御足おみあしが姿を現されているのが現状では大きな問題なのだ。

 ちょいとばかり俺の手が伸びて、彼女のスカート内部を視認したくなったとしても、相手は俺の妻な訳だし、そこまでの悪行ではないだろう。

 勿論、俺の痴漢行為……この未来社会においては恐らくに類されるとは思うが、その行動は実現することはなかった。

 何故ならば、彼女が意識を取り戻すまでの残り時間を、俺がしっかりと確認していなかった所為である。

 まぁ、要するに……残り時間を延長したつもりが、決定の意思確認をしていなかった……21世紀の事務作業に例えると、エクセルデータを修正し保存しようとした後の、上書き確認が抜かっていたような状況である。


「……へ?」


「……ぁ?」


 ……幸いにして俺の行動が非難されることはなかった。

 何故ならば、悲鳴を上げるなど、何らかのリアクションを取るべき当の正妻ウィーフェ様本人が、俺の手がスカートの端を摘まんでいるのを見た瞬間、再度意識を失ってしまったから、である。

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