第十六章 「復活の日」

16-1 ~ 反響 ~


 翌日。

 俺は天井に映し出されている青い空を見上げながら、現実逃避に勤しんでいた。


「この通り、移民希望者数がまた7割ほど増加したことを受け、我が都市ではまず警護官の再募集という形に踏み切りました。

 あなたの身を護る最後の砦となる者たちですので、また面接を行って頂きたいと……」


 そんな俺の隣には上機嫌の正妻ウィーフェ様が侍っていて……いつもより距離が近く、まさに『侍っている』と表現するのに等しい状況である。

 どうやら昨日の勃起祭りの放送中に抱き寄せてしまったことで距離感がバグってしまったらしい。

 まぁ、それは自業自得と言えなくはないし、美少女を侍らすことは男の夢なので別に構わないとしても……問題は彼女が告げた通りである。


 ──何故、アレが受ける?


 あんな酷い演説を流していながら、移住希望者が「7割に減った」訳じゃなく「7割も」という事実が未だに理解出来ない。

 何しろ俺の常識では、市長……所謂政治家や自治体の首長が酒に酔っぱらったり、公衆の面前で女に不埒な真似を行ったら、どちらか片方だけで大炎上ものである。

 俺は公式の演説の場で、それら大炎上要件二つに加えて暴言まで吐いているだけに、あの暴挙が女性に嫌われていないどころか、むしろ好かれているという現状に首を傾げざるを得なかったのだ。


「……何故、アレが受ける?」


 やはり納得がいかず、内心の疑問をそのまま口にした俺だったが……


「それは、その、しっかりと殿方がいらっしゃるというだけで、女性はいくらでも働けるのです。

 私などは、昨日の演説の後、地球圏都市で最も幸せな正妻ウィーフェとまで言われておりますし」


 当の正妻ウィーフェ様が頬を染め、微笑みながら呟いたその一言で撃沈せざるを得なかった。


 ──そりゃ、ま、そうだろうけれども。


 BQCO脳内量子通信器官を経由するまでもなく、この世界の野郎共はそもそも女性なんて見もしていない。

 その辺りの関係は、21世紀のアイドルとファンの関係に似ている気がする。

 ……ファンが幾ら貢いだところで、アイドルは彼ら彼女ら一人一人にまで目を向けることがない辺りが、特に。

 だからこそ、俺がやらかした「俺のために働け」「褒美をやる」とあの行動は、彼女たちの琴線に触れたらしい。

 ……そう。

 結局のところ、俺がやらかしたと頭を抱えた暴言も、セクハラ行動も、この未来社会の女性たちにとってはに過ぎなかったのだ。


「……腐ってやがるぜ、この世界……」


 余りにも酷い男女格差の現実をまたしても思い知らされ、天を仰いだままの俺の口からそんな愚痴が零れ出たのは、仕方のないことだろう。

 俺もこの時代にはそれなりに慣れて来たと思っていたのだが、まだ認識が甘かったようで……たまにこうして感覚の差異を実感させられる出来事に遭遇してしまう。


「何か、仰いましたか?」


「いや、何も」


 幸いにして俺の愚痴は正妻ウィーフェ様の耳には入らず……俺の呟きを聞き逃した彼女の問いに、俺は首を振って答えていた。

 しかし、好きの正反対は無関心と何かで見聞きしたことがあったのだが……殆どの男性が女性に無関心を貫くこの時代だからこそ、俺のあんな演説でも受けてしまったのだと今であれば理解が出来る。


「……あ~、警護官は、取りあえずこの3人を追加する方向で進めよう。

 で、これからの都市開発プランは?」


 下らない愚痴を聞き咎められたバツの悪さから、俺は先ほど問われていた警護官の面接を適当に終えると、話題を逸らすためにそう訊ねてみた。

 ちなみにではあるが、俺がBQCO脳内量子通信器官経由の仮想モニタで適当に警護官を選んだこの行為が、この時代では『面接』と呼ばれるらしい。

 言われてみれば確かに、前回警護官を選んだ時も仮想モニタで適当にポチッたら決定していた覚えがあるが……恐らく『面接』という行為について、「俺の認識」と「この時代の常識」との間に大きな齟齬があり……それこそが、俺が『面接』という単語に首を傾げる事態を招いた原因だろう。

 これは現在使われている翻訳システムが、言語から他言語に通訳するではなく、BQCO脳内量子通信器官を経由して「凡そのニュアンス」をそのまま他言語へと通訳してしまう、21世紀では考えられないほど便利なシステムだからこそのエラーであり……非常に珍しい案件だと思われる。

 閑話休題。

 それはそうとして……話題を逸らすためとは言え、適当に「都市開発プラン」などと口にしてしまったのは、失敗だったらしい。


「は、はいっ。

 こういう事態を予想しておりましたので、現状で都市面積そのものは過不足ないと考えております。

 幸いにして電力はまだ2割ほどの余剰が御座いますが、下水の浄化能力と配電の設備が整っておらず、住居の新設が困難となっているのが現状です。

 勿論、こちらの工事も24時間体制で進めてはおりますが、残念ながら資材の供給が追いついておりません」


 当然のことながら、都市開発は正妻ウィーフェたる彼女の専門分野であり……その最も得意とする分野に俺が興味を示したことで、当のリリス嬢は目を輝かせてそう語り始めてしまったからだ。


 ──あいたたたたた。


 その口調があまりにも早口で、しかも鼻息荒く語りかけて来るものだから……21世紀の飲み会の時、あまり興味がなかったにもかかわらず、アニメ好きの後輩相手に迂闊にも話題を振ってしまった時のことを思い出し、俺は少しばかり居た堪れない思いになってしまう。

 ……まぁ、それは兎も角として。


 ──資材の供給が追い付かないって何だ?


 これほどの生産能力過剰と言うか、高層ビルすらも一晩で構築されていく未来社会で「物資が足りない」なんて事態が起きることそのものに疑問を覚えた俺は、まだ語り足りない様子の正妻ウィーフェ様を片手で制すると、BQCO脳内量子通信器官経由で検索をかける。

 そうして出た検索結果は、相変わらずコンマ数秒の内に、俺の頭脳へと転写されていて……普通に何かを思い出すよりも検索した方が早い未来社会の現実に、俺は少しだけ恐れを抱いてしまう。


 ──これに慣れてしまうと、考えなくなるどころか、よなぁ。


 ある意味、便利になった未来社会の弊害と言うか、普通に未来人の記憶機能が退化してるんじゃないかと危惧を覚えた訳だが。

 まぁ、そんなことよりも、今は資材供給の検索結果である。


「……原材料がない、なんだそりゃ?」


 検索結果を理解した俺が、そう呟いてしまったのも無理もないことだろう。

 何しろ、BQCO脳内量子通信器官からは、『リサイクルするための原材料がない』とかいう、そんな訳の分からない検索結果が伝わって来たからだ。

 ……このビルが一晩で建つような、魔法と見紛うばかりの科学技術が発展した未来社会で、である。

 尤も、その答えはすぐに正妻ウィーフェ様の口からもたらされたのだが。


「ええ、地球で産出されている鉱物や石油等の地下資源は、環境保護の観点から基本、これ以上の採掘を禁じる国際条約が結ばれておりますので。

 地球圏内で新たな都市を建造する場合、廃棄都市の材料を用いることが多いのですが、ここまで急激な発展を遂げてしまうと……」


 言われてみれば当たり前の話ではあるが、リサイクルという言葉は文字通り、であり、それには『元々使っていた資材』が必要である。

 だからこそ我が正妻ウィーフェが口にしたその内容も分からなくはないのだが……とは言え、それが新規都市の発展のボトルネックになってしまっている現状を考えると、ちょっとばかりどうかなぁと思ってしまうのは、俺があの使い捨て上等だった20世紀末を・リサイクルが始まったばかりの21世紀初頭を生きていた元おっさんだから、だろうか?

 正直な話、俺にとっては彼女たち未来人が自分で決めたルールで自分の首を絞めているようにしか思えなかったのだった。


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